第六節
《一問目》
親戚の葬式に、あなたは妹さんと出席しました。
そこで出逢った黒い服に黒い靴、黒い髪をした男性に、あなたは魅力を感じました。
その方は妹さんの理想の男性でした。
その日の夜、あなたは妹さんを殺しました。
さて、殺した動機はなんでしょうか?
マサは質問を読み終えると少し黙り、一度頷いてから答えた。
「殺した動機は……こうすればまた逢えると思ったのかも。もう一度葬式をすれば彼がやってきてくれる、かもしれない。妹さんをお迎えするために」
「お迎え? どういうことだ?」
「彼は死神なんだよ。だから葬式にしか現れないんだ」
「死神……」
なるほど、その発想は無かった。
「この姉妹はきっと大の仲良しで、どっちも優しい人なんだ。お姉さんは妹さんの願いを叶えてあげた。妹さんは自分の命を差し出すことで、お姉さんが関係ない人を巻き込まないようにしたんだよ。ボクはそう思うなぁ」
「な……なるほど」
予想外の答えだったので、そんな返事しかできなかった。
「それで? この答えだとどうなの?」
「えっ、あ……ああ、答えは最後だ。最後にまとめて教えるよ」
「そうなの? じゃあ次ね」
「おう」
咄嗟に誤魔化しちゃったけど、どうしよう、答えを教えるべきなんだろうか……。
オレは一問目の答えを知ってる。答えは、通常だと『妹がその男と交際したらどうしようとか、不安や嫉妬が引き金になる』というもので、サイコパスの場合は『妹を殺せばその男と葬式でまた会えると思ったから』だ。
だからこの場合、より近いのはサイコパスの答えってことになるんだけど、なんだろう、マサのはそれ以上って感じがする。
っていうか、マサの想像力すげぇな。小説家とかマンガ家とか、そっちの才能があるかもな。
《二問目》
自宅マンションのベランダに出たあなたは、男性が女性を刃物で刺し殺しているところを目撃してしまいました。
慌てて通報しようとしたとき、その男性と目が合ってしまった。
すると男性はあなたの方を指差して、その手を一定の動作で動かしました。
さて、何故でしょうか?
「一定の動作……? 殺人を目撃した相手に向かってするんだから……ああ、数えているのかもしれないね」
「何を?」
「部屋の数を」
あ、やばい、またサイコパスの答えじゃんか……いや、違うか。あれは階数だもんな。なんで部屋の数?
「なんで部屋の数? 階数じゃなくて?」
「だって、殺さなければいけないだいたいの人数を調べなきゃいけないじゃない」
「殺さなければいけないって、なんで……? 目撃者だけ殺せばいいんじゃねぇの?」
「だって、その男の人だけが目撃者とは限らないじゃない。もしかしたらまだいるかもしれないよ。だから、マンションの住人全員を殺さなければならないって、計画的な犯人ならそう思うんじゃないかな」
「全員……えっ、ちょっと待て、なんで計画的なんだ?」
「咄嗟に逃げなかったからさ。衝動的な場合は怖くなってつい逃げちゃうかもしれないけど、これが計画的なら、アクシデントなことが起きても冷静に対処するかなって」
「あっ、ああ……なるほど」
また、なるほどとしか言えなかった。
二問目の答えは、通常だと『誰にも喋るなと警告している、どうやって殺そうか考えている、次はお前を殺すと予告している』で、サイコパスだと『自分がいる部屋までの階数を数えている』と答えるんだそうだ。
あれ……? なんかおかしいぞ。さっきマサは「殺人を目撃した相手に」って言ってたけど、それって、自分が犯人のつもりになって考えているってことなんじゃ……?
どうしよう、なんか怖くなってきた。
《三問目》
あなたがある家に泥棒に入ったところ、その家の主人が目を覚まして、あなたの顔を見ました。
すると主人は、あなたが見ている前で、鍵のかからないタンスの中に身を隠しました。
さて、あなたはその主人を、どうやって殺しますか?
もう先に言うけど、三問目の答えは、通常が『扉を固定して燃やす、外から刺し殺す』で、サイコパスだと『じっと待ち、出てきたところで殺す』だ。
相手が弱るのを待ち続ける蛇のように狡猾的な答えや、相手をじわじわと追い詰めるのを楽しむような答えを出すとサイコパスになるんだそうだ。
で、マサはこう答えた。
「火をつけるかな」
「タンスを燃やすのか?」
「ううん、家に火をつける。部屋でもいいけど」
「なんで? 家ごと燃やすってこと?」
「ううん、そうじゃなくて、自分が焼け死ぬのが先か、主人が我慢できずに飛び出してくるのが先かってこと。家の人がいるのにわざわざ忍び込むような怖いもの知らずな泥棒だったら、あえてそういうクレイジーな勝負を挑むかもと思って。チキンレースって言うんだったかな。なんかそんな感じ」
自分まで危険に晒すって……これはどっちなんだ? 想像以上の答えだからどっちかわかんねぇ。
《四問目》
連続殺人犯であるあなたは、窓のあるエレベーターでのみ、人を刃物で刺して逃げます。
さて、それはどうしてでしょうか?
通常は『他人に見せようとした』
サイコパスは『外から苦しむ姿を見るため。死に様を別の視点からも眺めたいから』
他人のことはお構いなしで、常に自分のことしか考えない、利己的、自己中心的な考えの答えがサイコパスらしい。
マサの答えはこうだ。
「窓って、扉についている小窓のことかな? だとしたら、同乗者が下りようとした階に人の姿がなければ刺すかな。そうすれば誰にも目撃されずに逃げられるから。エレベーターという人目につかない閉鎖的な空間を選んでいるということは、慎重でありながら大胆でもある。まず顔を見られているから、確実に殺さなければ証言されてしまうし、今時は監視カメラもあるだろうし。そう言ったことを考慮すると、犯人は自己顕示欲が強いのかも。もし自分がそういう人物だとしたら、きっとそうするね。あっ、犯人が実は管理人だったら面白いかも。エレベーター内の監視カメラで発見されるまでの様子を見られるし、自分が第一発見者にもなれる」
んー、やっぱり目線が違うんだな。犯人のことを分析しちゃってる。答えも、今回はどっちでもない感じだ。
そういえば、自己顕示欲ってどういう意味だっけ……?
《五問目》
あなたは街中で突発的に人を殺しました。
するとタイミング悪く、一台の車が通りかかり、異常を察した運転手が降りて近寄ってきました。
あなたは車の中を見て、他に人が乗っていないことを確認すると、その運転手を殺しました。
さて、それは何故でしょうか?
通常は『口封じのために殺した』
サイコパスは『車を使って逃げるため』
マサはこう答えた。
「運転手を犯人に仕立て上げる、もしくは無理心中をしたように見せかけて、自分に疑いが向かないようにするため、かな。死体は車に乗せて山奥に運ぶ。富士の樹海とか」
「じゃあ、車も乗り捨てるのか? そこから歩いて帰る?」
「うん。大変だろうけど、仕方が無いよ。無計画に人を殺してしまったんだから。それぐらいの代償は払わなきゃね」
やっぱり、犯人になりきって考えている。オレとは見ている方向というか、角度が違う。
《六問目》
あなたが殺さなければいけない相手が、目の前の断崖にぶら下がっています。何かに掴まってようやく生きている状態です。
さて、あなたはどのようにして、その敵を断崖の下に落としますか?
通常は『足で踏みつける。ぶら下がっている何かや、手首を切るなどして落とす』だけど、サイコパスは『指を一本ずつ放す』といった残忍な発想をするらしい。良心が異常に欠如していて、他人に対して非常に冷淡なんだそうだ。
マサはこう答えた。
「助ける」
「え……助けちゃうの?」
「うん。だって、崖の下に落ちても死なないかもしれない。殺さなければいけないんだから、もっと確実な方法を取らないと。ちゃんと死んだかどうかの確認もしなきゃいけないからね。だからまずは助けて、その後に確実な方法で殺す」
「……殺し屋みたいだな」
「うん、殺し屋だよ」
笑顔で言うなよ……。
《七問目》
サンタクロースが、男の子にサッカーボールと自転車を与えました。
ところが、その男の子は喜びません。
さて、それは何故でしょうか?
通常は『既に持っていたから。求めていない物だったから』
サイコパスは『足が無かったから』
マサはこう答えた。
「血が付いていたから……かな」
「血……? 血って、誰の血?」
「サンタさんの血だよ。そのサンタさんはね、実は父親で、プレゼントは盗んできたものなんだ。出血しているのは逃げている途中で撃たれたから……。父親は刑務所を脱獄したんだよ、息子さんにプレゼントを届けるために。死刑囚だから、今年が最後のチャンスだったんだ……」
なんだよそれ、なんて悲しいんだよぉ。実の父親の血が付いたプレゼントって、そんなの喜ぶわけねぇよ……。
《八問目》
あなたの前に、戦時中に怪我をした軍人の肖像画があります。
さて、どこに怪我を負っているでしょうか?
二か所答えてください。
通常は『頭、腕、足など』
サイコパスは『目、胸、心臓など、致命傷となる部分』
マサはすぐに頭と胸を指差した。
「記憶と心かな。頭に傷を受けて大切な思い出を失くして、残ったのは悪夢のような現実だけ。心はそれに耐えられずに壊れてしまい、命令に従って人を殺す、ただそれだけの機械になってしまった……」
また悲しいことを言った。今度は顔も悲しそうにしている。今にも泣きそうだし。
どうして……?
《九問目》
ある一軒家で殺人事件が行われました。
若い夫婦とその子供の遺体はダイニングで発見されました。
不思議なことに、犯人は犯行後、一日以上この家に滞在していたことが、捜査の結果で判明しました。
さて、犯人は一体、なんのためにこの家に留まっていたのでしょうか?
通常は『まだ住人が残っているかもしれないから待ち構えている』
サイコパスは『家族団欒の様子を眺めて楽しむ』
マサはこう答えた。
「その一軒家は犯人が子供の頃に住んでいた大切な家だったんだ。だから邪魔者を排除した。そして、失ってしまった家族の代わりを住人にさせて、楽しかった頃の思い出に浸っていたんだ。彼にとって住人は、独り遊びをするための人形みたいなものなんだ」
うひぃ、怖いよ、想像するだけでゾッとするよぉ。
《十問目》
あなたには可愛い猫が一匹います。
動物愛護を訴えるサイトを作りたいのですが、どんな写真を撮り、どのように載せますか?
もっともアクセスが増えるようにしてください。
ただし、サイトを訪れた人たちに“犯罪”ではないかと疑われるようなことをしてはいけませんよ。
通常は『猫の可愛らしい姿を写真に撮り、掲載する』
サイコパスは『弱っていく猫の様子を写真に撮り続けて、順序を逆にして掲載する。弱った猫を保護して世話をしているように演出するため』
マサはこう答えた。
「猫の様々な姿を写真や動画で撮り、飼うことで得られるメリットとデメリットをわかりやすく紹介したり、経験談を元にしたアドバイスをするとかいいかも。飼いたいと思っている人にもいいし、飼いたいけど無理な人も楽しめるんじゃないかな」
最後はどんな答えをするのかとすげぇ不安だったけど、意外にも普通だったので逆に驚いた。
「正義って、猫好きだっけ?」
「好き! 大好き!」
マサは子供みたいに無邪気な笑顔を浮かべた。
「可愛いって言うのもあるけど、マイペースなところとかも好きだな。犬も嫌いじゃないんだけど、なんかグイグイ来る感じだから疲れちゃいそう」
「あー、確かにな。うちのとかもそうだけど、なんか必死っぽい。そういうところはちょっとめんどくさいな」
「あれ? 犬飼ってたっけ?」
「ああ、去年からな。親戚に頼まれて引き取ったんだ」
「いいなぁ。見てみたい」
「撫でるのも抱きしめるのをオッケーだけど、抜け毛がひどいぞ。そういやぁ、マサんところはペット飼ってねぇの?」
「母さん、きれい好きだから……」
「ああー……」
そうだ、マサの母親は潔癖症だった。
今日もそうだけど、初めてこの家に遊びに来たときも思ったんだ、なんか人間が住んでいる家じゃねぇって。
そういえば、オレがコイツと遊ばなくなったのって、あの母親が原因かも。目つきが怖くて苦手だった。睨まれている気がしたんだ。いま考えると、あれってオレの存在がこの家を汚くするから、疎ましく思われていたんじゃねぇかな。まぁ確かに、昔のオレは汚いほうだった。風呂に入るのが嫌いだったし、靴はだいたい泥まみれだったし。
「あれだな、セントバーナードみたいなヨダレのすげぇ犬とか、マサの母さん、大っ嫌いだろうな」
「だろうね。ヒステリーどころの騒ぎじゃないかも。小さな蜘蛛一匹出ただけでもすごいもん」
「あー、想像できるわー」
やべぇ、びしょ濡れのセントバーナードをこの家に放り込んでみたいって、つい思っちゃったよ。そうなったらもう阿鼻叫喚だな。どういう意味かは知らんけど。
「あ、お代わりいる?」
オレンジジュースの残りを飲み干すと、マサがすかさず聞いてきた。
「欲しいけど、遠慮したほうがいいか?」
「別にしなくていいよ。また両方?」
「いや、コーラだけで」
「うん、わかった」
マサはおぼんを持ち、部屋を後にした。
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