人形娘

「私、動けるようになったの!ねえみてみて!」


私のお気に入りの人形が、朝起きたら目の前で口を開いていた。


「これでお話できるね!優香!」


真っ赤なリボンが似合うそのおさげをした人形は、こちらに近づいてぴょんぴょん跳ねた。

まだ五歳だった私は、きっと魔法がかかったのだと思い、大喜びした。神様からの贈り物だと叫んだ。


それから私は毎日、その人形と遊んだ。


その人形は凄くシャイで、友達の前だと全く動けなくなるのだ


「人形が動くなんて嘘だー。」

「嘘つき!」

「嘘なんかじゃないもん!今は恥ずかしくて動けないだけだもん!」


誰も信じてくれなかった。


そうして月日が流れ、小学四年生になったとき、人形がこう言った。


「私、とても恥ずかしくて人と話せないけど、お外の世界が見たいの。」


その日から私は写真を撮るようになった。

風景の写真、建物の写真、花や動物の写真まで何でも撮り、人形に見せてあげた。すると人形は、手を叩いて笑うのだ。

それが嬉しくて、毎日散歩をした。


中学生になると、忙しくて人形に構っていられなかった。


「ねえ優香、今日はどんな写真を見せてくれるの?」

「ねえ優香、何で遊んでくれないの」

「ねえ、ねえ優香」


イライラして、私はずっと無視した。すると、人形は悲しそうに、トボトボと床に入るのだ。


高校生になって、人形がいなくなった。私はだんだん、人形の存在を忘れていった。


大学生になり、彼氏ができた。素敵な写真家の人。彼に自分が撮った写真を見せたことがきっかけで、お付き合いすることになった。


(私、なんで写真撮ってたんだっけ?ま、いっか)


社会人になり、私は彼と結婚した。周りにくらべれば少し遅目の結婚だったが、それでも幸せだった。


その数年後、私は娘を授かった。もうすぐ四歳になる娘。赤いリボンがとても似合う娘。おさげをすればもっと愛らしい娘。


娘が私にこう言った。


「私ね、おかあさんにたくさんおしゃしん見せてもらったの。おそとのおしゃしん。ねこさんのおしゃしんもかわいかったなあ」

「えっ?」


私が撮った写真は、全て実家においてあるのに、どうして娘が知っているの?

私は何も覚えていなかった。


その日の夕刊を取りにポストを開けると、一通の手紙が入っていた。

赤いリボンで留められた手紙。

真っ白な便箋には、ペンでこんなことが書かれていたのだ。


『優香ちゃん、私ね、やっとお外でお話できるようになったよ』

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