幕間

 バリッボリッ…バリッボリッ……。空間にスナック菓子の咀嚼音が響く。

 音の出どころは、テーブルを挟んで目の前に座るアザミ様。


「んっく、んむ。…この香ばしさ、食べごたえ、塩気。妾はこれを待っておったのじゃ。特にポテトチップスは最高じゃの」


 アザミ様が喜びの声を上げている。先ほどまでテーブルに突っ伏していたのが嘘のようだ。

 突っ伏していたと言っても、何か嫌なことがあったわけではない。ただ、男女の甘酸っぱい光景を目にしながら、甘いお菓子を召し上がっていただけなのだ。

 何度も吐血したかのような声を出し、それでも甘味に喰らいついていたアザミ様だが、桜木命の食事が決定打となる。

 あの大量の甘味を前にし、遂に一言、「塩気」とだけおっしゃったのだ。


「このコンソメ味もパンチが効いてて良いが、梅味のさっぱり感も捨てがたい。そうは思わんか、アオイ?」


「そうですね。…でも私は、このチョコレートでコーティングされているものが気に入りました」


 そう答え、好みのポテチを口にする私に、無邪気な笑みを向けてくるアザミ様。

 嫌味にも気が付かないほど上機嫌、ということでしょうか。そんなアザミ様を見ていると、私まで嬉しくなってしまう。

 だが、主のためだけでポテチを用意するほど、私も慈愛に満ちていません。


「アオイも座っておるし、そろそろ始めようかの~。………と言いたいところだが、何か譲歩してほしいことがあるのだろう?」


 始まるはずだった催しは、アザミ様考案の『質問タイム』。………もう少し、マシな名前を考えないといけませんね。

 その催しの開会を中断し、アザミ様は私に問いかけました。

 おっしゃった通り、打算でポテチを献上したのです。


「よろしいのですか?」


「くどいぞ、アオイ。妾の機嫌が良いうちに申しておけ」


 そのことに気づきつつも、寛容な姿勢を見せるあたり、相当ポテチの味がお気に召したのでしょう。


「それでは提案いたします。私にも、質問する権限を与えてくださいませんか?」


 『質問タイム』において、私とアザミ様は、勝負をする者という対等な立場。…いや、この物語の設定を知っている私の方が、有利な立場に立っていると言える。

 にも関わらず拭えないあの圧迫感。

 それは、あの全てを分かっているかのような質問攻めのためである。

 だからこそ私も、その権限が欲しかった。その要望が意味することも、理解しているつもりでした…。


「…ふむ。では、此度の質問はそなたが行うとよい。…それで、何を聞きたいのだ?」


 ここまでは、我が主の願った物語が展開されている。

 序章、第一部、そういった部分まで、理想通りに展開されていると言ってもいい。

 多くの伏線も見せられている。…当然、私の予期していない点も多く存在しますが…。


「物語をまとめましょう」


 一番怖いのは、我が主の意向を読み違えていること。

 アザミ様の真意を理解するためにも、これまでの物語を整理する。


「ここまでの物語、アザミ様の挙げた条件に沿う形となっていると思いますが、いかがでしょう?」


「…条件か。まずは【舞台を現実世界とする】だったの。これに関しては当然クリアしている」


 当たり前だ。わざわざ我が主が現実世界に降臨したのだから。

 魔王も勇者もモンスターも存在しない。そんな世界が、この物語の舞台となっている。


「そもそも、どうして異世界を否定されたのですか?…定型化という理由では、現実世界の物語だって多く存在しています」


 アザミ様が最も嘆いていたことと言えば、物語の定型化である。

 最近目につくようになったとはいえ、異世界ものは現実世界ものより少ないのではないか…。

 つまり、異世界もののみを否定する理由があるということ。


「そんなもの決まっておる。自由に設定することが出来るからだ」


「…それを言えば、この物語にも、いくらか自由な設定があるのでは…?」


「それとは少し違うのじゃ。…そもそも、人間はどうして異世界ものを好む?」


 この物語には、我が主の考えた設定が存在している。つまり、自由な設定が出来たということではないでしょうか。

 そんな私の指摘に臆することなく、持論を展開しようとしているアザミ様。


「その物語の世界に埋没したいから、でしょうか?」


「良い考えじゃ。では、どうして埋没したがるのだ?」


 どうして?それは当然…。


「…そうじゃの。…現実世界に…飽きが生じるからだ」


 私の推測を表情から読み取ったのか、アザミ様が答えを自ら述べる。

 …しかしなるほど、その通りかもしれない。

 手からビーム、時間逆行、瞬間移動などの人間離れ業、妖精や超絶完璧美少女という存在は、全て叶わなぬ夢。そんなことは、サンタクロースの正体と共に誰だって理解する。

 それでも夢物語が好まれるのは、そこにしかないもの、現実では失われ得られないものがあるからだろう。


「飽きを生じさせないために、異世界ものは、そもそも現実とはかけ離れた設定が存在する。…だが異世界転生ものには、現実世界の設定が多少なりとも残っている。…であるにもかかわらず、どうして根強い人気があるのか。…簡単じゃの。現実では当たり前のこと、現実では受け入れてもらえない特性、現実では嫌悪される部分が、いくらでも容認されるからだ」


 異世界転生ものの主人公は、現実の人間だ。しかし、簡単に容認される。知識、考え方、容姿、その特異性が、異世界には真新しく映るからだ。

 そんな受け入れられる姿が、現実で生きる者には新鮮なのだろう。


「要するに、神崎凛が述べたところの、恵まれた土壌を作りやすいとも言える。…だからこそ、妾は異世界ものを否定する」


「…その真意とは?」


「妾の世界を嫌うなんて悲しい」


 はぁ…。

 異世界であれば、現実とかけ離れた設定を生み出しやすくなる。そして、現実よりも好かれる物語が生まれてしまう。「○○の世界に行ってみたい」などというセリフは、現実の人間からいくらでも飛び出してきますからね。

 つまりアザミ様は、そんな現状が嘆かわしかったのだ。

 だからこその、現実世界ものですか…。我が主の考案した雫が登場しているせいで、現実世界と呼べるかは曖昧ですが…。

 先ほどまで声高に持論を展開していたアザミ様は、下唇を突き出し、俯いてしまっている。

 今のお姿も可愛いものですが、始めから本音をおっしゃればよいのに…と思ってしまう。アザミ様の我が儘で、とんだ苦労を味わった方がいるのですから…。

 そこからポテチのご当地限定味をちらつかせ、なんとかご機嫌を取るに至る。







「よぅし!では、次の【タイムリープもの】を否定した理由について述べようではないか!」


 私の苦労によって、アザミ様がいつもの調子を取り戻す。

 よほどポテチが気に入ったのか、その調子のまま、次の質問をせずとも話し始める始末だ。


「人間がタイムリープに憧れる理由とは何だと思う?」


「やはり憧れだからではないでしょうか?誰しも一度はやり直したいと思うものですから」


 当然のように投げかけられる質問。

 私が正答できないと分かっていながら行うあたり、余程私よりも優位に立ちたいのでしょう。


「ん~それもあるだろうがな~。タイムリープもので必ず登場する描写に注目すれば、分かるのではないか?」


 必ず…ですか…。

 能力の目覚めには違いがあります。回数があるかどうかも同様。

 戻りたい理由に関しては、恋をやり直したい、人生をやり直したいなど様々。

 ………ああ、思いつきました。…そうだ、必ず…。


「人が死ぬ」


 またしても私の考えを読み取ったアザミ様が先に答えてしまう。


「死ぬんだよ。でも、やり直せるんだよ。…そして、また殺せるんだよ。作者の都合でな」


 主人公の家族が、大切な人が、挙句の果てに主人公自身が…。

 それでもやり直せてしまう。確かにそれは、以前に我が主がおっしゃった、人間離れした行いなのかもしれません。


「人はな、死に対して、畏怖と共に憧憬を持っているものだ。なぜなら、死の間際こそ、人が一番輝くと知っているからの。…その死の描写を多々見せることが出来るタイムリープもの、人間に好まれるのは当然じゃな。…だから否定したんだ。飽いていたと同時に、アオイに難儀して欲しかったからの~」


 要するに、嫌がらせということですか…。それでとんだ苦労を味わった…(以下略)

 少なくとも、先ほどの異世界を否定した理由から、どう足掻いても否定される定めだったのでしょう。

 現実世界では叶わないと知りつつ、誰しも時間逆行には憧れますからね。

 後悔は、人の願いの最たる種ですので…。







「…よく理解しました。…それでは、恋愛描写に関してはどうですか?」


 溜息を1つ吐き、そのように問うた私に、アザミ様が今までと違った表情を向ける。

 今までの楽観的で高飛車な態度が嘘のような冷笑。

 その笑みに、私も思わず身体を緊張させる。


「アオイよ~。お前は、物語における偶然についてどのように考えているのだ?」


 私と同じく1つ息を吐いたアザミ様が、そのようなことを質問した。

 先ほどの私の質問とは随分かけ離れたように思える問い。不意を突かれたその問いに、私はしっかりとした答えを用意できない。


「そう構える必要はない。先ほどまでと同じく、建設的な談笑をしようではないか。…分かりやすく、例を挙げていこうかの」


 そうしてアザミ様は、ここまでの物語の中から、いくつかの設定や場面を挙げていく。


 藤田大和が神都大学を襲ったこと。

 鬼塚笑愛という都合の良い理解者が味方にいること。

 神崎凛が環千無に味方すること。

 引田桐人が神崎凛の妹の写真を持っていたこと。

 …肝心な言葉が、偶然にも遮られていること。


「神崎凛はなかなかの切れ者であるよな~。あやつの考察は、実に面白いものであった」


 そう言って、神崎凛の話から、さらに例を挙げる。


 環千無ら、アオイの雫持ちが劣勢であること。

 そもそも戦いが二手に分かれていること。

 環千無が…主人公のように思えること。

 にもかかわらず、辛い過去や戦う理由が存在していないこと。 


 ここまで挙げられた例は、他の物語においては取り留めもないことかもしれない。

 だがこの物語は、アザミ様の望んだ物語だ。望んでない事柄に関しては、理由が必要となる。


「現実世界における偶然は、何ものも介入していない、純粋な偶然として捉えられる。しかし、物語の偶然は違う。…物語における偶然を、何というか知っているか?」


 現実の偶然と違い、物語の偶然には、作者の意図が介入している。

 そんな作者の意図が介入した、物語の偶然は――


「『ご都合』というのさ」


 —―そう、呼ばれてしまう。

 思考が合致した私を見て、アザミ様がそのまま続ける。


「このご都合を納得させられるかどうかが、物語の質に関わってくるのだ。納得させられなければ、『ご都合主義』と揶揄されてしまうしの」


 これは、アザミ様の宣戦布告。

 それを理解した私は、臆することなく、その瞳を凝視する。


「先ほど挙げた例は、言ってしまえばご都合だ。…アオイは、これらに見合う理由を説明できるのか?」


 出来なければ、どんなに条件をクリアしようと、駄作扱いとなってしまう。

 それでは、アザミ様が人の可能性を再認識する以前の問題です。

 しかし…。


「…申し訳ありません。そのことについての説明は、物語を楽しむうえでの障害になるかと思います。…ですので、今は申し上げることが出来ません」


 努めて毅然とした態度、しっかりとした口調で、アザミ様に申し上げる。

 説明しようと思えばとても容易なこと。だが、ここで明かすのは我が主にはばかられる。

 下げた頭の頭上から突き刺さる豪快な笑い声。


「アッハッハッハッハ。よいよい。少しばかり気になっただけなのじゃ」


 アザミ様の挙げた例。それがどうして気になったのか、そのことについての理解はできている。

 そもそもこの話題は、私が行った恋愛描写についての問いから始まった。  

 それに関するのが、【肝心な言葉が、偶然にも遮られていること】である。

 遮られた言葉とは、おそらく恋の成就をもたらす言葉だろう。もしも、遮られていなかったら、この物語はアザミ様の条件を満たせず破たんしていた。疑問に思うのも当然である。

 その他の例に関しても、偶然で片づけるには疑問が残ってしまう。


「しかしの、説明できないではいささか満足できん。それに、ポテチと交換にしては、妾も譲歩しすぎたところがある」


 当然です。私自身でも疑問に思ってしまう点を、何の説明もなくご都合で済ませようとしているのだから。

 そもそも優位な立場であった私が、譲歩を求めたこと自体がおこがましい。


「そうじゃ!アオイよ、予定を変更して1つ質問じゃ!…此度の質問には“必ず”回答せよ。それでこの件に関しては済ませてやる」


 アザミ様のひと言ひと言に、胃がきりきりしていた。

 そんな私への、胃薬の如きお言葉。飛びつかないはずがありません。


「かしこまりました。偽りを交わすことなく、私は必ず答えます」


 まだ理解していなかった。


「よしよし。…では、始めよう。物語には、お決まりというものが存在するよな~。先ほどのご都合とも関係する話じゃ」


 喜びでいっぱいだった。


「告白の言葉は遮られる。俺TUEEE系主人公の周りに、そやつを認める女性がいる。幼馴染は主人公と結ばれない。妹は兄が好き。主人公は中高生である」


 だから、気づく可能性なんて、全く危惧していなかった。


「絶対ではない。あくまでお決まりのパターンというやつだ。挙げればいくらでも出てくるだろうな」


 いや正確には、気づけるようになっていたと思う。


「そのパターンの1つに、『主人公と最も親密な人間には、秘密がある』というものがある」


 私が、アザミ様の見識を侮っていたということです。


「だから、この物語に置き換えて質問するならば…」


 だから、自身の思慮の浅さを嘆きつつ、甘んじて受けましょう。


「【桜木命は、雫持ちである】」


「【はい、その通りでございます】」


 いつかは気づくはずだった、指摘されるはずだった、その事実を容易に肯定する。

 気づける要素は多く散りばめられていたとも思う。

 だからこそ、アザミ様も大いに喜んだりしない。事実をありのまま受け止めている。


「…であるか。人の積み上げた決まりに沿うのもなんだしの。王道に逆らってみるのも、良い趣向ではないか」


 王道に逆らうつもりなど私にはありません。

 ただ、我が主の想いが、こうして結実しただけなのです。


「ご満足いただけましたか?」


「そうじゃの。それで、この程度では物語に支障はないのか?」


 アザミ様の危惧はもっともです。

 もしも、実は桜木命がラスボスでしたなんてオチだとしたら、この物語は破たんしていました。

 ですが、どんなに予定不調和が起ころうとも、それだけはあり得ないのです。


「はい、大丈夫です。これからも、この物語を楽しんでください」


「…そうかそうか。ならば、桜木命に目を配りつつ、バッドエンドになる様をじっくり楽しませてもらうとしよう」


 楽しみ方は人それぞれです。

 ある意味正当な楽しみ方をするアザミ様に、私はこう言い残す。


「私も…楽しみです」


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