第8話 『妄』
千無が立っているのは葵ノ木神社の境内。
おそらく一銭も入っていないだろう目の前の賽銭箱に立っているのは、メイド服を着た女性。
能面のような無表情と黒髪が、メイド服と最高にミスマッチだと感じる。
千無の記憶では、さっきまで大学にいた。そのことに疑問を持ったところで、これが夢であることを自覚する。バカみたいに頰をつねって、痛みを確認する始末。
夢を見る理由について、記憶の整理整頓のため、という有力な説がある。
だが、千無はこの説を今ここで否定する。なぜならば、目の前の女性を全く知らないからだ。にも関わらず、新鮮さを感じていなかった。
「あなたは、誰ですか?」
自分の夢に住まう女性に向け、丁寧な口調で単純な疑問を投げかける。
質問を受け取った女性が浮かべるのは、変わらない無表情。知らない女性の無表情に対し、千無は意味も分からず悲しくなる。
自分の感情の整理も出来ていないなか、目の前のメイドさんが口を開く。
(何でかは分からない。でも多分、俺は…この先の言葉を聞くことができないんだろうな)
千無が目を覚ますとそこには、女性の顔があった。夢の中の無表情な女性とは対照的に、いつも表情をコロコロ変える女性の顔である。
その女性の口が、徐々に千無の口に近づいてくる。
目を閉じている彼女は、彼がすでに目を覚ましていることに気づいていないのだろう。
「何やってんですか、笑愛さん?」
千無は動揺や焦りの感情を押し殺し、努めて落ち着いた声色で口にする。
頭の下の柔らかさ、それ以外の部分のコンクリートの冷たさから、今のシチュエーションが膝枕であることを遅れて理解する。
急な問いに接近を止めた笑愛は、千無の唇まであと数センチという距離の口を静かに動かす。
「何って、キスに決まってるでしょ?」
「そんなこと分かってるんですよ。何でキスしようとしてるのか聞いてるんです」
「んー…。傷ついて眠る王子を起こすのは、姫の口づけでしょ?」
そう言って顔を離した笑愛は、おどけた表情を見せる。
「色々ツッコミ所がありますけど、未遂で終わりましたし、傷の手当てもしてくれたようなので許してあげます」
そう言って千無は身体を起こす。
さっきまでの痛みと疲労が嘘のように軽い。笑愛の雫のおかげだろう。
千無が視線を落とすと、笑愛のショートパンツから伸びる、魅惑的な太ももが目に入る。窓からの月明かりに照らされた美脚に、さっきまで頭をのせていた千無の顔が思わずにやける。
「何でここが分かったんですか?」
欲情を押し殺して発した質問。夜の講義室でなければ、その緩んだ表情が見えていたことだろう。
「いや~、仕事帰りに、千無君の家にご飯をたかりに行こうと思ったら、部屋の電気がついてないんだもん。雫の力を昼に感じていたから、もしやと思って大学内を隈なく探してみたってわけ」
「少なくとも、ご飯をたかるのであれば、ミコトの家の方がいいんじゃないですか?」
もはやご飯をたかるという行い自体に疑問を抱かない。
「だってミコっちゃんは、家によく友達呼んでるんだもん」
その理由であれば、千無には家に誘える友達がいないと思われているということだ。
広い大学内を、わざわざ探してくれたことから、反論はしない千無。決して、言葉にすると余計に悲しくなるからではない。
「私は戦闘用の雫じゃないから、戦いを任せることになってしまう。それでも支えるくらいはできるんだから、もっと頼りなさいよ」
笑愛は今までの明るい調子が嘘のように、トーンを落とし、優しく口にする。
千無も笑愛の言葉についての理解はしていた。それでも、凛のように不意を突かれては、助けを求めるという考えは浮かんでこない。
それにもし浮かんでいたとしても、笑愛に心配させないよう黙っていただろう。
「もう、心配かけちゃダメだよ」
そう言って千無を抱き寄せる笑愛。
心配をかけさせないためには、どの選択が一番いいのだろうと、笑愛の腕の中で考え込む千無。
笑愛は、千無を通して別の誰かを感じている。笑愛の温かさを感じている千無だからこそ、そう感じずにはいられなかった。
そして千無自身も、笑愛の抱擁に、得体の知れない懐かしさを感じてしまっていた。
「………よーし!じゃあ、飲みに行きますか!」
何となく2人の間に流れていた、気まずい空気を払拭するかのように、笑愛が調子を上げて宣言する。
断る理由、断れる雰囲気もないため、素直にお供することにした千無。
その夜の千無は、誰もが振り返るほどの女性と、並んで歩くという優越感を味わえた。
しかし同時に、誰もが嫌悪感を抱くほどの下劣な会話を、店内に響かせることとなった。
そんな慌ただしい夜の記憶を酒に流された千無は、翌朝、どこかも分からないホテルのベッドで目を覚ますことになる。
(………えーと、……あれ?………えぇっ!?)
あまりの衝撃。隣に寝ていたのは裸の笑愛。そして自分は下着姿。
記憶はない。
ベッドの時計を見ると、出席予定の3コマの講義まで1時間。
(…今なら…無かったことにできる)
そう思った千無は、自身の衣服をかき集め始めた。途中で目に入る、乱雑に散らばった笑愛の衣服が、嫌でも昨晩の行為を連想させる。
下着姿のまま部屋を飛び出した千無は、エレベーターに向かいながら服を着ていく。
記憶がなく、訳も分からず焦る千無には、ミコトへの連絡のことなど考える暇もない。
そんな配慮のなさが、あんな騒動を引き起こすことに繋がると、この時の千無は知る由もなかった。
千無がつばぜり合いをしている相手は、姫騎士ライラ=ロランド。
相手の剣を弾き飛ばした隙をついて、杖からビームを放ってくるのは、魔法少女ユリユリ。
そのビームをかろうじて避けると同時に投げた反撃のナイフを、顔色ひとつ変えずにガードするのが、装甲乙女クライシス。
異世界に転生したわけでも、酔った勢いで幻想を見ているわけでもない。彼の目の前には、漫画やアニメでしか見たことのないようなキャラクターたちがいるのだ。
そのキャラクターたちの中心でふんぞり返っている男が、
通称、ヒッキーの引田。千無と同じ経済学部の1年生である。
そんな彼が、同学部であるという共通点しかない千無に接触を図ってきたのは、千無が急いで向かった3コマの後であった。…正確に言うと、食堂にいたイケてるグループを標的とした雫の力に、巻き込まれてしまっただけなのだが…。
現在、標的となった学生たちは、魔法少女ユリユリの睡眠魔法によって眠りにつかされている。
当然ながらの、1人で戦う状況。
昨日の反省を活かして、笑愛に連絡を入れようとしたが不可能。それならと出口を探したものの、それも不可能。
要するに、引田の『妄』の雫で作られたこの空間は、雫持ちの思い通りに働く妄想空間。彼が許容しないことは全て叶わないというわけだ。
「そんな可愛い子たちに囲まれて、羨ましい限りだよ。そんなに幸せそうなんだったら、俺たちを解放する余裕くらいは持ち合わせてないかな?」
神経を逆なでしないように、努めて柔らかい口調で提案する千無。
その意識がむしろ、引田の琴線に触れる。
「そ、そんなことできるはずがないだろ!そこに眠っている奴らは、ぼ、僕のことを入学早々からバカにしてきた奴らだよ。今まで引きこもりに追いやっていたやつらだよ。復讐しなきゃ、は、腹の虫がおさまらないんだよ!こ、この子たちは強いよ?早めに、こ、降参しな?今すぐ謝れば許してやるからさ」
「…すっげー早口」
千無の配慮が嘘のように興奮した桐人は、提案を受け入れる余裕など微塵も持ち合わせていないとばかりに、早口で捲し立てる。
引田と眠っている学生の因縁については、千無の知るところではない。
しかし、引田の降参の提案は、とても魅力的な音で千無の耳に入ってくる。
姫騎士ライラ=ロランドは、卓越した剣技と魔技の組み合わせで、作中無敗を誇っている。
魔法少女ユリユリは、圧倒的な魔力で敵の魔女たちを倒し、最終的には宇宙の理を変えてしまった。
装甲乙女クライシスは、日本の生み出した最終兵器で、体内には太陽エネルギーに匹敵する力が蓄えられている。
どの少女も、一度アニメを視聴していれば、戦おうなんて感情が湧いてこないほどの強キャラである。可愛らしい見た目と裏腹な凶悪設定は、妄想の中だけの特権である。
そんな妄想を可視化することが、アニメや漫画であり、それを具現化することこそが、引田の能力『妄想空間』なのだ。
「ちなみに、俺が降参したら、そこの学生たちはどうなるの?」
「殺すにきまってんじゃん。僕は強いからね~。僕の恨みのすべてをかけて殺しちゃうよ。僕のことを笑ったこと、邪魔者扱いしたこと、全ての恨みを込めて、僕の気に入らない奴を殺すよ!」
その言葉を聞いて千無は確信する。
桐人は危うい。
藤田大和や神崎凛のように、人を殺してでも叶えたい願いが無い。自分のために、人を殺すことが目的となってしまっている。
無差別に選ばれた雫持ちだ。こんな人間がいてもおかしくはない。
「反抗的な目だね~。せっかく僕が降参を勧めたのに、受け入れないんだ。それは困ったな~。どうしよう…そうだ!いいゲームを思いついた!」
相変わらず捲し立てるように言葉を続けた桐人は、千無を指し、少女達を注目させる。
「お前ら、あの反抗的なクソ野郎の全身に、マーカーが見えるね?あのマーカーをとにかくたくさん壊してこい。たくさん壊せた娘には、後でご褒美をやるぞ」
その言葉通り、千無の全身に、赤色の紙風船が12個つけられていた。12という数字で、現在、この空間で眠っている学生の数が12であることを思い出す。
「お前っ!まさか!?」
「そう!僕ほどじゃないけど理解が早くて助かるよ。簡単な話だよね。お前のマーカーが壊されるごとに、そこで眠っているクソ雑魚野郎達を殺す。楽しいゲームだよ」
「楽しいもんか!お前、人の命を何だと…」
千無が反論を言い終わる前に、ユリユリが特大のビームを放つ。
不意を突かれた攻撃を何とか避け、右手に傘、腰に数本のナイフを生成する。
態勢を整えた千無に、クライシスが続けて小型ミサイルを数十発撃ち込んでくる。
「っざけんな!」
爆風によって身を焦がされながらも、間一髪のところで身をひねり、全弾避けることに成功する。
しかし、息をつく暇は与えてもらえない。
避けたミサイルの爆風からライラが現れ、素早い剣撃と魔技のコンビネーションを披露する。
千無も傘を開くことで防御し、素早く距離を取る。
「あれれ?駄目じゃん。自分のことに手いっぱいで、マーカーを守ること忘れてるよ~。…1、2、3。3つ壊れているんで、3人殺しちゃおうか。…まずは誰にしようかな。やっぱり、僕を最初にいじめたこいつらにしようか」
そう言うと桐人は、大きなガラス部屋を3つ用意し、それぞれに選んだ男子学生を1人ずつ放り込む。
桐人が指を鳴らすと、ガラス部屋に変化が起こる。1つには水が溜まり始め、1つには火が灯される。最後の部屋の天井には特大の針が現れ、徐々に天井が下がり始める。
嫌でもそれぞれの部屋の結末が予想されてしまう。
「待ってくれ!今のは…不意を突かれただけだ。マーカーまで気が回らなかったんだ。今度は避けるから!だから待ってくれ!」
「このままリアクションなしで死なれてもつまらないな。ユリユリ、魔法を解除しろ」
千無の頼みなんて何処吹く風。桐人はガラス部屋の学生を起こすよう、ユリユリに命令する。
残りのライラとクライシスは、千無の首とこめかみに、それぞれ剣と銃器を構えている。
ユリユリの杖が光ると同時に、ガラス部屋の学生達が目を覚ます。
「がっ、がぼっ、な、なんっ!?」
「あっち!おい、なんだよこれ!」
「うわぁぁぁぁ!おいおい!冗談じゃねぇよ」
三者三様の悲鳴がガラスを通して聞こえる。
初めはただ驚きを示していた声が、次第にただただ助けを乞うものへと変化する。
千無が目を逸らす前に見たのは、水中で血走った眼を向ける学生と、全身が炎に包まれた学生。逸らした後に聞こえたのは、おそらく全身を特大の針に貫かれた学生の断末魔。
「いや~~~良いもの見た。録画してTouYubeに投稿すればよかった。あ~、お前たち、そのクソ雑魚をいったん解放して。2回戦といこうよ。今度は何人死ぬかな~。テンポよくするために、次からはサクッと首を切り落としていこうか」
「ふざけんなよ!」
「…お?負け犬の遠吠えかな?」
ありったけの怒りを込めた千無の叫びに、全く動じる様子のない桐人。
「ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんな!…何とも思わないのか。人を殺して、目の前で人が死んで、何とも思わないのか!」
どんなに非道な行いにも理由があって、どんな非道な人間にも改心する余地がある。ミコトが以前口にしていた考え方である。
大切な人の考え方では到底理解できない行いを前に、ただただ夢物語を叫ぶことしかできなかった。
「後悔とか悲愴ってこと?…アニメの見過ぎだよ、ハイ論破。…めっちゃ楽しいじゃん。そんな余計なこと考えずに、早く続き始めようよ」
千無は理解した。
この世界には、こんなにも純粋な悪が存在する。取り返しのつかないほど狂ってしまった人間が、存在している。
「…俺は、殺意……なしで、お前を殺す!」
殺意は、冷静な判断を奪う。行動を鈍らせる。
だからこそ、意識を手放す。殺したい相手を前に、殺意を手放す。
「『無意識』」
この人数差。力量差。おそらく通用しない。
それでも千無には、これしか残されていなかった。
ヒッキー。引田桐人の比較的新しいあだ名である。
小中高といじめの対象になってきた。肉が過度に付いた体形、起伏の激しい性格、周りよりも劣った能力。標的となるための条件をある程度満たしていた。
そんな彼の過去を辿れば、“ヒッキー”なんかよりも屈辱的なあだ名は数多く存在している。
しかしそこは、なるべく周りとの不和を避ける大学生のことだ。引田桐人の特徴を捉えつつも、なるべく可愛らしいあだ名を選択したのだろう。
あだ名をオリエンテーションで決めてから1カ月は、桐人もそれなりに大学デビューを頑張っていた。
小中高の顔見知りはいない。そんな状況を作り出すため、高校時代に必死こいて勉強したのだから。
なるべく明るく、なるべく優しく、なるべく嫌われないように、桐人なりに精一杯頑張った。今度こそ上手くいくと思っていた。
それでも、桐人が気づかないうちに、ゆっくりと周りから疎まれ始める。
気づいた時にはもう遅い。桐人でも気づけるほど、周りに嫌われていたのだから。
「何やってんだろうな~僕…」
昨日と何も変わらない今日。変わったのは、カップ麺の種類くらい。
毎日最寄りのコンビニに、テレビで通販番組のみが放映され始める時間から出かけている。
あだ名通りの引きこもりになれればよかったのだが、桐人は一人暮らしなのだ。引きこもっているだけでは生活出来ない。
人目を避け、最小限の会話のみで買い物を済ませる毎日。
家にいる間は、ゲーム、漫画、アニメに埋没する毎日。
現実から逃避し、妄想の世界に強い自分を投影したり、物語の登場人物を同一視しなければ、自分を保っていられなかった。
「仕送り確認して、明日の分のカップ麺買ってこなくちゃ」
時刻はまだ空が暗い4時。
気づけば5時間プレイしていたゲームを中断し、桐人はコンビニに向かう準備をする。
知り合いに会うのは怖いのに、顔を見知った店員のことを何とも思わないのは不思議な話である。
まだ少し冷え込む4月。
念のためジャージを羽織り、静かな外に飛び出した。
「何処に行くのじゃ?」
桐人は思わず悲鳴を上げそうになった。家を出てすぐのところに、女性が立っていたのだから。
本来なら、そんなご近所迷惑を起こしていたはずだ。そうならなかったのは、誰とも会話をしてなかったおかげで、声帯が起きていなかったから。
そんな悲しい事実に感謝するはずもなく、桐人はただ腰を抜かしていた。
「すまんな。驚かすつもりはなかったのだ」
本人にそのつもりはなくとも、この状況でそんな登場をされたら誰しもが驚くだろう。
改めて女性の姿に注目してみても、とても人間離れしている。白装束とかいうわけでなく、何となくこの世のものとは思えない。
「だ…だだ、誰ですか?な…何の用ですか?」
とても情けない声が出たと自覚する桐人。
そんな彼の様子に、女性が笑みを受かべる。
「妾の名はアザミ。そなたを救う者と思ってもらってよい。…いつもはこんなにスムーズにいかぬのだが、今回ばかりは特別だ。…そなたは、認められるべきだからの…」
不遜な態度とは裏腹に、優しい声色で発せられた言葉。
そんなアザミという存在に、なおも筋肉を収縮させたままの桐人。
「ふむ。まあ、そのままでよい。そなたの願いは容易に判断できる。だからせめて、そなたの名を教えてはくれぬか?」
桐人の願い。それは1つだけだった。
いつもそのことを考えていたが、それが叶わないものだと諦めていた。
それが、叶うのだろうか?
「妄想の世界なら、そなたは最強だ。誰にも負けぬし、誰もがそなたを認めてくれる」
桐人の憧れた世界。それが、本当に叶うのなら。
悪魔や死神との契約。そんな禍々しいものに手を伸ばす感覚で、桐人は自身の名を述べた。
誰かに認められたい。
そんな、ささやかな願いを胸に。
地面に叩きつけられた衝撃で、千無は意識を取り戻す。
目にしたのは、ほとんど無傷といっていい3人の少女と、首より上が存在しない7人の学生。
少ない勝算を無意識に委ねるという、アニメの主人公としてはあるまじき行為の選択。そんな選択をしても守れなかった自分の非力さで、涙が溢れてしまう。
「あれれ、泣いちゃったよ~。さっきまであんなに頑張っていたのに。泣くならママのとこに帰りな?…僕は良いんだよ。あと2人、殺しちゃうだけだから」
その言葉を聞いてハッとする千無。
(まだ…残ってんだろ!守らなければいけない学生がいるんだろ!)
再び傘を手にする。
戦う意思を確認した3人の少女。無意識でも把握できなかった連携で、的確に千無を攻め立てる。
だが千無も、現在残っている胸と右肩のマーカーのみを意識し、回避と防御に専念出来る。さっきまでのように簡単にはやらせない。
やがて、少女たちにも乱れが生じ始める。
ユリユリのビームがクライシスを捉え、クライシスの機銃がライラをかすめてしまう。
「お前たち何やってんだよ!さっきみたいに簡単にやれよ。ほら!ほら!」
桐人にも焦りが生まれているようだ。そのためか、少女たちの動きがさらに鈍っているようにも感じる。
出力の落ちたビーム、威力の落ちた重火器、速さの落ちた剣撃。そのどれもが、千無を捉えることを不可能にしていた。
衰えた攻撃の隙を伺う千無。
衰えつつも素早いライラの剣技を捌いていたところに、ユリユリの魔弾。それを横目で確認できていた千無は、ライラをはじくとともに大きく回避する。
回避した千無の背後にクライシス。ユリユリの魔弾が、動きの鈍化した彼女を襲う。
直後に訪れる明らかな空白。
千無は傘を強く握り、魔弾と共にクライシスを強襲する。
残り数歩、クライシスまであと5メートルという距離。千無の胸と右肩に微かな衝撃。
千無は瞬間的に、マーカーが壊されてしまったことを悟った。
3人の少女と桐人にはしっかりと注意を向けていた。
そんな千無の背後に現れ、クナイを首筋に突き付けたのは、くノ一ヒバナであった。
「いつ僕が3人しか呼べないって言いましたか?ルールはちゃんと聞いてくださいね~。僕の下僕たちがマーカーを壊せばいいんだから、新しい下僕でもいいんです。はい、論破!はい、終わり!」
(…論破なんてされちゃいねぇよ。苦し紛れに、自分の都合に合ったイレギュラーぶっこんだだけじゃねぇか)
千無は心の中で桐人に反論する。口にしたところで、虚しくなるだけだと思ったからだ。
現に、今も千無のことを全く気にかけず、眠っている学生たちに刑を執行しようとしている。
「………ごめん」
千無はただ、2人の女学生に謝ることしかできなかった。
思い返せば、雫を得てから、誰一人守ることが出来ていない。
その情けない現実を省みて、再び涙がこぼれる。
「謝る暇があるなら、首だけになってでも、相手に嚙みつく根性を見せたらどうなの?」
空間に亀裂が入る。いや、亀裂というにはあまりにも乱れが無い。
その太刀筋を境目に、空間が瓦解していく。
「あなたが負けると、私はその下劣な男以下ってことになるんだけど…」
間抜けな顔をしている千無に竹刀を向け、神崎凛は優しい笑みを浮かべた。
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