幕間
「雫の力で世界を変えるだとぉ?人間風情が大きく出たではないか」
アザミ様がここまでの物語を拝見して呟く。
「妾から力を与えられただけの存在が、妾を超えると申すとは、本に人間は楽しませてくれる」
言葉に怒りが滲んでいるように感じられるが、少なくとも退屈の色はうかがえない。
我が主もこうなることを望んでいたのだろう。
「アオイよ、ここでひとまず休憩を挟もうではないか。…ティータイムだ。ポテチと炭酸飲料を用意せよ」
「アザミ様、それはあまりにも品がないかと…。上等なコーヒー豆が手に入ったのです。それに合ったティータイムと致しませんか?」
アザミ様の、あまりにも品がないティータイムを拒否する。
少しの間「ぶーぶー」と子供のように口を尖らせていたが、しぶしぶ承諾したようで自然とおとなしくなる。
私は席を外し、ティータイムの準備を始めた。静かな空間に、金属音の心地好い調べ。
もちろんコーヒーのお茶菓子には、ポテチではなくクッキーを選択する。
準備を終え、アザミ様の下に戻ると、何やら不敵な笑みを浮かべている。
「どうされたのですか、アザミ様?」
コーヒーを器に注ぎながら質問する。
「いやなに、アオイを待つ間退屈だったからの。ここまでの物語を、妾の中で整理していたのだ。すると、ありふれた展開で進んでいるかのようなこの物語に、いくつか腑に落ちん点が出てきてな」
アザミ様がここまでの短い物語の中から、真剣に疑問点を浮かべたことに驚く。
もちろん動揺しましたが、コーヒーをこぼすようなミスは犯しません。
コーヒーを注ぎ終えると、我が主に促されるままテーブルを挟み、正対する形で席に座る。
「それでは、美味しい茶菓子を楽しみながら質問タイムといこうかの」
アザミ様がコーヒーに少し口をつけ、嬉しそうにそう宣言する。
少なくとも、コーヒーの味には満足していただけたようで安心する。
「嘘は駄目だぞ?質問には必ず真実を答えよ。…だが、必ず答える必要はない。興が削がれるとアオイが判断したなら、【答えられない】と回答して良いものとする」
質問タイム。
可愛らしいタイトルのこの時間は、その印象通りの可愛らしいものではない。
アザミ様の1つ1つの質問が、私の回答1つで、この物語を破綻させかねない可能性を秘めているのだ。
…かと言って、1つも回答しないのではアザミ様が退屈してしまうでしょうし…。
私の言葉に世界を委ねるなんて、とんだ厄介事を我が主は押し付けてきたものです。
「では、最初の質問じゃ。【物語に出てきたアザミとアオイとは、妾たちのことである】」
私の了承などお構いなしに、第一の問いが提示される。
当然、この点に疑問を感じるはずでした。
アザミ様が、物語の登場人物である彼らに、恵みを与えたことなどないのですから。
「【答えられません】」
「ん~そうか~答えられないか~」
いきなりの濁し回答。
しかし、私の答えを聞いたアザミ様は、大層嬉しそうな表情を見せている。
「では、これは確認になるんだがの…。【絶賛良い仲にみえる、環千無と桜木命の恋は成就しない】」
「【はい、間違いありません】」
この点を裏切ってしまえば、そもそも物語は成立しない。
逆に言えば、恋が成就しないという制約が、必ず物語を縛るということだ。
「うむうむうむ。…では、これはどうじゃ?【雫で出来ることには制限がある】」
「【はい。アザミ様の提案通り、雫には限界が設けられています】」
我が主が設けた設定で、雫の能力は行使され、制限されている。
雫は、一見するとただの水の玉である。
だが、願いを基とした一文字が浮かび上がっており、その文字の性質に沿った能力が行使出来るようになっている。
雫に関しては、私や我が主のものも同様である。そのため、アザミ様には新たな疑問が生まれたでしょう。
「しっかりと断言するか…。であるならば、【環千無はどのようにして、分身を作り上げたのだ?】」
環千無の、自分と瓜二つの分身を作るという芸当。
無理難題を上手く行使したのか、それとも、『無』の雫の他の可能性を見出したのか。
いや、そのどちらでもない。出来るはずがない。
我が主の設定の下では、分身を作るという能力は存在し得ない。
「【答えられません】」
今はまだ、という意味である。
不確定情報が多すぎる。偽りが混じる可能性がある。
物語は、私にも捉えられないものになってきているようだ。
「ふむ。まあ設定自体は遵守しておるようだし、あまり気にしないでおくか。…そろそろ続きも気になる。……最後の質問といこう」
やっと終わるのかと、胸をなでおろす。
『答えられない』を多用しましたが、我が主は納得してくれるでしょうか。
そんな私の気苦労などいざ知らず、アザミ様が今までの質問よりも間を取って続ける。
「…【桜木命は生き返った】」
間を取ったアザミ様の質問に、私はそれ以上の間を取らざるを得なかった。
その点に疑問を感じさせる描写はなかったように思う。しかし、当てずっぽうで質問しているようにも見えない。
完全に気が抜けていた私は、精一杯思考し、回答を模索する。
「………【答え…られません】」
だが、またもやワイルドカードを切ることしかできなかった。
今まで一口も口をつけなかったコーヒーカップに手を伸ばす。
冷めてしまったためなのか、上等な豆で挽いたコーヒーの味を感じることは出来なかった。
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