玖夢 止まらぬ時を進め
懐かしい道を行く。車通りの少ないアスファルト、コンクリートのない小川。よく夏に行っていたせいか、現実ではまだ早い蝉の鳴き声が辺りに響いている。
思い入れのある場所なんて一つしかない。田舎の家とあって一軒一軒が広い土地と大きな家を持っている。その中で懐かしい大きな木造建築の家に辿り着いた。祖父母の家だ。
「ここに……いるのかな」
今の所、ザコキャラの姿もなく、不穏な空気も感じられない、しかし、敷地に足を踏み入れると、急に辺りが静かになった。先ほどまで鳴いていた蝉の声は消え、さんさんと照付けていた太陽が厚い雲に覆われ、しばらくもしないうちに雨が降ってきた。
「ホラーじゃないんだからおどろおどろしいのやめてよね!」
内心びくびくしながら私は家に向かって走り出した。どくどくと脈が速くなる。向かう先に何かがいるのは明白だった。
「むー!」
頭の上の獏が鳴く。ハッとして頭上を見上げる。大粒の雨が目にあたり、視界がぼやける。その雨の間、黒い細長い影が見えた。
「マズイっ」
空にあった細長い影がものすごいスピードで落ちてきて目の前に現れる。咄嗟に風の力を借りて大きく跳んだが少しだけ足りなかった。落ちてきたものの風圧で身体が飛ばされ家の外壁に背中を打ち付けた。
「う、うそでしょ……これって龍ってやつだよね……」
ラスボス感たっぷりなんですけど。私の目の前にはよく昔話やアニメに出てくる細長いタイプの龍が鋭い爪を地面に突き刺しながらこちらを睨んでいた。爛々と光る赤い眼。対照的な蒼く鈍い光を放つ鱗。鋭い牙と爪、振り払われたら木っ端みじんになりそうな尻尾。どこをとっても勝てそうにない。
「獏ちゃん、どうにかならない?」
「…………む?」
牽制の視線に私は目をそらすこともできず頭上の獏に問いかけるが、当てにならなそうだ。夢だから死んでも大丈夫。だけど、もうあんな経験はしたくない。それにどのみちこれをやっつけなければ私の平穏は訪れない。意を決して私は立ち上がり薙刀を構える。考えよう。相手はリーチが長い。下手に突っ込むと尻尾にやられそうだ。ここまできた経験を振り返りながら戦いの方法を考えていく。
「獏ちゃん、怖かったら家の中で隠れていてね。おばあちゃんたちはいないけどきっとこの家の中なら安全だよ」
夢の中であってもこの家を傷つけるわけにはいかない。そのためにも私がここで頑張らなければ。獏はどうやら離れるつもりはないらしく、一層私の頭を強く掴んだ。その力に私はぐっと唾を呑みこんだ。
「はぁぁぁっ!」
まずはこの龍の行動パターンを見分けなければ。思い切り地面を蹴り、龍の正面へと駆け出す。先に動いた私に反応して龍も咆哮をあげ首をもたげた。龍の牙が迫る間一髪のところで踏みとどまり横に飛ぶ。つかさず龍の爪が空を切るが、なるほど、あまり近づかなければこちらはそんなに怖くない。
「ってい!」
素早く龍の死角に入り龍の胴体に薙刀を振り落とす。しかし硬い鱗に金属の噛み合う音とともに弾かれてしまった。手がその反動でじんじんした。
「じゃあこれなら!」
身体を大きく回し、今度は下から上へ薙ぎ払う。狙うは鱗のない腹部。
「グググっ」
読みは当たり薙刀の刃が腹部の柔らかい肉を裂く。ただ、攻撃が効いたとはいえ重い手ごたえにさほど致命傷は与えられていなかった。
「っうわっぷ!」
龍が痛みに暴れ、ついでに尻尾がハエを払うように打ちつけ、今度は畑に吹っ飛ばされた。その衝撃で狐面もどこかへ吹き飛んでしまった。
「あーどうしよう。どうしよう……刃物効かないじゃんダメじゃない? ううん、諦めちゃだめだ……」
怒りに狂暴性を増した龍が宙に浮き、私の方へ飛んでくる。そうだった。そもそも龍空飛べるじゃん。勝ち目がどんどん減っていく。それでも立ち上がり構える。
何度かトライしたものの、一向に決着の目処がつかない。それどころかこのままでは自分が体力負けしてしまう。龍の方も長くこうしているつもりはなく、いつケリをつけようか算段しているようだった。
そしてそれは来た。
龍が空高く昇り、そして急降下してくる。真っ先に目に付いたのは龍の角。角が私目がけて迫ってくる。槍で貫かれた感覚が脳裏に蘇る。このままでは龍の角が私を貫くだろう。
また死ぬのか……。私が動いてもあのスピードでは逃げ切れない。立ち尽くす私に、頭上にいた獏が小さく鳴いてぽーんと前に飛び出した。
「むむー!!」
決死のダイブだった。獏の白い小さな身体は見事龍の眉間にヒット。突然の衝撃に軌道がずれた龍の頭は少しずれ、私の横腹を掠めた。
「獏ちゃん!」
横腹に焼き付く痛みを抑えながら宙に弾き飛ばされた獏を呼ぶ。しかし獏は怒りに震える龍の爪に引き裂かれ小さな光とともに消えてしまった。
悪い夢から守ってくれ、凶事の檻も破ってくれた獏ちゃん。私は涙が出そうな気持を抑えて必死に頭を回転させた。何かあるはずだ。そしてアマテラスが教えてくれた陰陽五行説を思い出す。
確か私の気は木。木は何から生ずる? 露と消えた獏のためにも死ぬわけにはいかない。私の勘が合っていれば勝ち目は龍の中にある。私は風の気を集めた。龍が再び迫ってくる。後には引けない。前に、進むだけだ。
「ったぁぁぁぁ!」
集めた風に乗り、速度を上げる。龍の頭突きを交わし、龍に手を伸ばす。新しい旋風を巻き起こし空中で方向転換すると大きく開いた龍の口に薙刀の刃を切り込む。しかし龍の口が閉じ刃が止まる。薙刀の刃先が龍の奥歯に噛まれガチガチと音を鳴らす。折れないで……。私は間近にある龍の目に睨まれながら薙刀を通じて龍の力に集中する。
「こい!」
私の呼び声に龍の口腔から風が吹き出し、龍の口が僅かに開く。その瞬間を見逃さず私は薙刀を力の限り押した。もがく龍の爪が迫る。その時、
パリンッ……
何かが割れる音がした。爪が身体に差し迫るすんでのところで龍の体から光が迸る。その眩しさに目が眩み、光が弾けるとともに私の身体も弾けた。
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