捌夢 白い動物にはご利益がある

「対策って……特に昨日の夢は何もなかったけど……」


 私は昨日のことを振り返った。最後の仕事だと思って勇み出た先で刺されて、起きて寝ても続きはなかった。夢らしい夢も見ていない。アマテラスの声もしなかった。ああ、今朝神棚に拝んだおかげかな。そんなことを思っていると、アマテラスが呆れたような顔をしている。

 

「そんな一回のお詣りでボクの心を掴めると思っているんですカ? まあ冗談はさておき……勝利の鍵はその子デス!」


 バレていた。しかし別に掴もうとなんて思っていない。まあちょっとくらいいいことあってもいいかなとかは思うけど。誤魔化し笑いをして私は手の中に収まる白い動物のような生物を見た。


「ん?このゾウブタ?」

「ゾウブタって……この動物はばくですヨ。知りません? 夢を喰べる獏。とくに悪夢である凶夢を喰べてくれるんです。覚えていませんか? 昨日ずっとアナタと一緒にいたんですよ」


 そう言われれば、全体像は分からなかったけど、白くてぽにょぽにょしたものが近くにいたような。


「悪い夢を食べる……だから安心して眠れたんだ」

「むむー!」


 獏はぽにょぽにょ触る私の手がくすぐったいのか身をよじり手から抜け出し、今度は頭の上に乗った。この獏の力があればこの凶夢も無くなるのかと思っているとアマテラスは首を横に振った。


「でも全部は無理ですヨ。この獏はまだ小さい。食べれるのも上面うわつらくらいです。凶事の素を断つのはアナタの仕事ですから。この獏で檻を抜けて一気に敵を叩きますよ!」


 アマテラスが私の頭の上の獏を手に取り何かを吹き込むと、豪速球で夢の境に投げた。


「むーーーーーー!!!」


 悲痛な獏の叫び。動物虐待!

 しかし夢の境の手前。獏がピタッと空中で止まり大きく息を吸った。


「すごい……」


 夢の境に揺らぐ靄が獏に吸われていく。靄かかっていた景色が鮮明になっていく。壁が取り払われていく、胸の内がすっきりしていく感覚がして改めてここが自分の夢だと認識した。


「む!」


 すべての靄が晴れ、いつもの夢の中に置かれた私たちはほっと胸を撫でおろした。任務を終えた獏は空中を駆けながら誇らしげに鳴くと、私の頭に戻ってきた。


「作戦成功です。これで自由に動けますヨ! それにしても獏がそっちに行くとは……これはいいネタに……メモメモ」


 ぐっと拳を作ったアマテラスは次の瞬間にはどこから出した紙束に筆を走らせていた。一体この神様は何がしたいのか。悩んでもしょうがないので先に恐る恐る一歩踏む出した。

 私の夢の中。景色は知っている。どこか懐かしい田舎の風景。これは、どこかで見た。本当につい最近。


「ここは……一番最初の夢と、同じ?」


 思考を巡らせる。アマテラスと会った明晰夢から、夢渡した最初の夢。懐かしい田舎の風景と森の中。初めて会った凶事の黒猫。


「私も知っている……まさか、ここは、おばあちゃんの所?」


 そう思った瞬間、すべてが噛み合った。そうだ、昔何度も行った祖父母が暮らす田舎町の風景だった。今は二人とも他界し、もうしばらく行っていない。


「スイの知っている場所なら話が早いネ。スイ、アナタにとって思い入れの強い所に行くのです。きっとそこに凶事の素があります」


 思い出に浸っているとメモを取り終えたらしいアマテラスがすっと横に並んだ。


「ではボクは駒をダンジョンに送ったので消えます。いいですかスイ。今回の敵はとても強い。行動は慎重に。その獏の使い方は決めていないのですが、連れて行ってください。健闘を祈りますヨ」


 アマテラスはそう言って私の頭に軽く触れると空気のように消えていった。

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