漆夢 Continue
「…………!」
私は文字通り、起き上がった。一気に眠りから覚めることがあっても、こんなにも身体が反応して目覚めと同時に起き上がることが今までにあっただろうか。それほど勢いよく身体を起こしたのだ。自分の死ぬ夢によって。
あまりにも夢の中の感覚が生々しく、私は自分のお腹を見下ろし何もないのを確認するようにさすった。血はもちろん穴も開いていない。吐血した口も、幸いよだれすらこぼれていない。一通り無事を確認して長い息を吐いた。
今寝たらまたあの夢に戻れるのだろうか? しかし、まだ心臓がどくどくと脈打ちすぐには目も瞑れそうにない。アマテラスがコンテニューと言ったからにはまたあの世界に戻ることになると思うけど、そういえば俗にいうセーブとかしていないからまさか最初からやり直しとか……。それだけは本当に遠慮したい。
「………………寝るか……」
そのことを知るためにももう一度寝るしかない。諦めて嫌な汗を掻いた額をパジャマの袖で拭い身体をベッドに倒した。
しかし、もう一度寝た私はアマテラスの声すらなく、夢という夢も見なかった。ただ意識の端で白くてぽにょぽにょした何かがずっと近くで寄り添ってくれて、ざわざわした心を落ち着かせてくれた。ぐっすりと深く眠った。
耳元でアラームが鳴る。ゆっくり目を開けて手を伸ばしアラームを止める。もう一度目を瞑りしばらくベッドの中で動かずまどろむ。って、なんだこの穏やかな朝は。私は目を開け起き上がった。
結局、アマテラスにも会えず、コンテニューがどのタイミングで、どう始まるのか分からないまま、現実の生活が始まった。
「おはよう。早いね。もう少しで味噌汁ができるから待ってて」
珍しく一回目の目覚ましで起きた私に、母が朝ごはんの準備をしながら顔だけ振り返った。テーブルの席に座り、フライングで煮物を突くと「自分でご飯よそいなさい」とたしなめられた。
朝ごはんを食べ終わり、どうせなら早く学校に行こうと準備していると、いつもは気にも留めない神棚が視界に入り妙に意識がそこへ向いた。母が毎日水と炊き立てのご飯をお供えしている。たまには拝んでおくか。私は神社のお詣りを思い出しながら神棚を拝んだ。二拍手して目を瞑っても神様の声が聞こえるとか映像が映るとかないけれど、少しだけ心が落ち着いた。
「スイが珍しい。神様もびっくりだわ」
母がお供えしたご飯を下げるため神棚に来ていた。神様もビックリってそんなに私の行動が意外なのか。確かに信仰心は全くない。
「いってきまーす」
ハハハと自嘲して私は家を出た。
学校はいつも通り、大したこともなく過ぎていった。いつものように紫苑ちゃんとお弁当食べて、部活して、へとへとで帰ってきた。夕飯を食べ終わりお風呂を済ませた頃には心地よい眠気がやってきて、ベッドに横になった。
何もないか、普通の夢を見るのか、それとも―――
果たして、ここはどこなのだろう!
「むー」
むー?
眠りに落ちた先で真っ先に目に付いたのは謎の白い生物だった。まん丸な真っ白な体は両の手を広げれば収まるくらいで、一見ブタのようだけどブタにはない妙な長い鼻はゾウのよう。得体のしれない動物らしきものがふわふわと宙に浮いている。そして鳴いている。
「むむっ!」
まさか、アマテラスがこんな姿になってしまったのか! と私はその白い動物らしきものを掴んだ。白い動物らしきものは慌てたようにもがもがと動いている。
「アマテラスなんでしょ!? わ、私が死んじゃったからこんな姿に……」
「どこがボクじゃい」
白い動物らしきものに必死に問いかけているとスパンと後頭部を叩かれた。その声に勢いよく振り返ると、そこにはちゃんと妙齢の女性たる、アマテラスがいつもの様子で立っていた。
「ア、アマテラス~! よかったー! ちゃんと人の形してるー! あ、まあどっちでもいいけど、アマテラスがいるってことはまたゲームの中?」
「どっちでもいいって君……ボクはどっかの国の神様みたいにコロコロ動物の姿に変わりませんよ。そうです。コンテニューです」
アマテラスは一息吐く。その様子に少し不安になる。初めいなかったこの動物みたいな生き物もいるし。
「そのコンテニューだけど……まさか最初からってことないよね?」
「そこは大丈夫です。後一つでクリアですヨ」
「よかった……でももう死にたくないなぁ……」
その言葉に安堵すると、アマテラスもにっこりとほほ笑んだ。
「あの時はもう少し早く気づいていれば良かったんだけどすまなかったネ。まあ何事も経験ですヨ。でも困ったことがあったんです」
しかしつかさず神妙な顔つきになり私は唾を呑んだ。
「困ったこと?」
「……昨日夢に入れなかったのは、最後の凶夢がアナタの夢だったからです」
「私の夢?なんで自分の夢なのに入れないの?」
眠りに落ちた先は自分の夢だというのに? アマテラスは少し頷いて私を指さした。
「それはアナタ自身が凶夢に侵されているからです。あの時いたのはいわば檻の中ってことですね。夢には入っていたが既に檻の中に閉じ込められていた。逃げようとした結果、凶事にブスっと一発です。まさか最後にここに仕掛けるとは……流石わ……」
「わ?」
「イエ、何でも」
この神様は時々何か言いかけるがすぐに誤魔化される。むしろ言いかけるうっかりを直した方がいいのではと心配になる。
それにしてもこうなっては手の施しようがない。まさに今も私は凶夢の中。自分の夢なのに見動きが取れない状態なのではないか、また殺されるのではと辺りを見渡した。
「でももう大丈夫です。ちゃんと対策は取りましたヨ」
そんな私の不安を察したのか、アマテラスはにっと笑った口元を着物の袖で隠した。
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