伍夢 平穏は泡沫のように


「おはよー。なんか寝不足?」

「ぎゃっ」

 

 朝の始業数分前。自席について欠伸をしていると目の前に黒髪ロングの女の子が顔を覗き込んできて、一瞬アマテラスかと思って結構オーバーにビクついていしまった。


「ごめん驚かすつもりじゃなかったんだけど……」


 困ったように微笑を浮かべる女の子の名前は榮倉紫苑えいくらしおん。高校に入学してまだ二か月。新しくできた数少ない友だちの一人である。私とは対照的に大人しくて頭がよくて美少女然とした感じだ。


「こっちこそごめんね。ちょっと夢見が悪くて寝たのに気持ち的に疲れてるー」


 溜息が自然と出て笑うと、紫苑ちゃんも「なにそれ」と笑ってくれた。

 しばらくしてチャイムが鳴り紫苑ちゃんも席に着き一日が始まる。

 夢を見ているというこは寝てはいるということ。でも夢を見るということは眠りが浅いということ。アマテラスは実害はないと言っていたがたぶん、ある。私は昼休みまであと一歩のところで授業中舟を漕ぎ、速攻で先生に注意されたのだった。




 解放された校舎の屋上。天気が良く風がとても気持ちがいい。このままぐっすり眠りたい。でも寝たらまたアレが始まるかもしれない。私はじわじわ来そうな眠気逃がすように欠伸をした。


「本当に眠そう。少し寝たら?」


 お弁当を食べ終え食後の珈琲牛乳を飲みながら紫苑ちゃんが言った。私もブラックでも珈琲飲もうかな。


「大丈夫、大丈夫。寝るのもまた良くないんだよこれがね。そうだ、紫苑ちゃん、勉強の神様って分かる?」


 紫苑ちゃんは顎に手を当て少し考えている。


「勉強のっていうより、学問の神様なら、天神様かな? 有名なのは菅原道真かな?」

「スガワラノミチザネ……?」

「去年とかお詣りに行かなかった? ほら受験生と言えば」


 紫苑ちゃんの言葉にやっと気づいた。高校受験の祈願に確かにお母さんとお父さんと行ったわ。お守りも買ったわ。私は紫苑ちゃんに頷いた。


「東風吹かば匂いおこせよ梅の花主なしとて春を忘るな。ってね」


 紫苑ちゃんが柔らかく笑う。さすが紫苑ちゃん。優雅に歌を詠みあげる。なのに私は、


「(道真でミチさんねー)」


 そんなことを考えていた。





 部活も終え、帰宅する。一日が終わるのがいつも以上に早く感じる。何とか午後の授業は寝ることもなかったが、部活を一生懸命してきたおかげで自分の部屋についた途端、急激な眠気に襲われた。夕飯までもう少し時間がある。確か短い時間ではしないと言っていたから今寝てもアマテラスが現れることはないだろう。なんの根拠もないけど私は眠気に抗うことなく静かに落ちていった。



 その先で、私はげんなりした。


「スイやる気満々ですネー! ボク嬉しいです! じゃあ早速……」

「ち、違う違う!! 夕飯食べたいし、普通にゆっくり寝たいの!」


 手にしていた紙束と筆を片付け、キラキラした眼差しを向け、腕を引っ張り、今にも夢渡をしようとするアマテラスを全力で制止する。アマテラスはぱっと手を放してくれた。


「ですよね~。じゃあ夜のためゆっくり休んでくださいナ」

 

 珍しくこっちの言い分を聞いてくれた気がしてほっとする。もしかしたらアマテラスも何か作業中だったのかもしれない。


「……一つだけ質問があります」


 私は意識が遠のく中、アマテラスに話しかけた。


「何ですか?」

「なんで神様なのにそんなしゃべり方なんですか?」


 そんなしゃべり方。とても神様とは思えないちょっとおかしいフランクなしゃべり方。


「神ってもっと堅苦しいのを思い浮かべます? まあそんなヒトもいますけど、なんていうか、長くいると深く考えるのもあれだし。それに既に人間とは切っても切れない関係なので影響も多少は受けるんですヨ。色んな時代のがね。例えると色々な方言が混ざって何語なのそれっていう感じデス」


 なるほど、と思っていると、さあ、まあおやすみなさいよ。とアマテラスの声が闇に消えていく。

 私はひと時の深い眠りに誘われた。



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