参夢 それは信仰心のある人にお願いします
「まずこの夢の凶事を探すんです。怖い夢といえば何か。そういう風に想像すると簡単かもしれませんね」
アマテラス様に手を引かれながら夢の中を歩く。ふわふわしているけど確かな地面の感触と身体を抜ける風、その空間の匂いがする。どこか懐かしいのどかなこの田舎に何があるのか私は目を凝らした。そもそも他人の夢の中ってどういうことだろう。まあ、私の夢の中の他人の夢ってことでいいのか。そう思っているとぴたっとアマテラス様が歩みを止めた。
「忘れてました。ボクちゃんと戦闘用のチュートリアルも作ってたからもう敵がいましたヨ」
ほら、とアマテラス様が指をさす。うっかり忘れん坊神様だなと思いながら指の先をたどると、木々の根元に真っ黒い猫が数匹うろうろしていた。
「あ、猫ちゃん可愛い!」
「あ、こら、危ないゾー」
もふもふしている猫のどこが危ないのか。私はその猫に駆け寄った。その瞬間、猫が牙をむき、威嚇態勢に入った。
「え? 何々? 私何もしてないのに」
「だから敵ですよ。猫。猫の夢は良くないって言われますからね。さあ、その薙刀をちょっと振ってみてください」
今にも襲い掛かってきそうだけど可愛い黒猫に刃を向けるなんて! と思ったけど、しょうがない。夢だ、許せ猫よ。私はアマテラス様に言われたように初めて薙刀を上から下へ振った。薙刀は思いのほか長く、その切っ先が切るつもりはなかったのに黒猫にヒットしてしまった。
「ああああ! ごめん猫ちゃん! ちょっと神様何させて……猫ちゃんが砂になっちゃった?」
薙刀を振るった先で黒猫が次々と砂の粒子へと変化していった。残った黒猫が威嚇しながら後退り、森の中へ逃げていく。
「さあ、追いますよ。ボスはこの先です。夜明けも近いし急ぎましょう」
アマテラス様が私の問いには応えず、黒猫の消えた森へ入る。しかたなく私も追いかけた。
木漏れ日の射す明るい森の中。黒猫はちょっと狂暴だったけど別に悪い夢じゃないんじゃないかと思う。しかし、
「危ない!」
のほほんと歩いていた私にアマテラス様が大声をあげる。ぐいっと身体を引かれて思わずよろけると、少し前まで私がいたところを鋭い爪が通り過ぎる。昔見たアクション映画のギロチンのようで背筋がぞわっとした。
「ぇええ! 今の何!?」
「ボスのお出ましですネ。今日は初めての……初夢なのでボクも力添えしてあげますネ」
相変わらず笑った顔のままアマテラス様が静かに構える。手に刃がまっすぐの、後に直刀と教えてもらった、すらりとした太刀が握られると、鋭い爪の犯人、先ほどの猫の親分であろう、巨大な黒猫が煙を集めたように現れた。
「こんなの現実じゃないよ~!!」
巨大猫はわなわなと髭を震わせ、唇をひくつかせ、全身を低くし今にも飛びかかってきそうである。一匹の獣に対しても恐れを抱く。人間なんて所詮弱く何もできないものなんだなと思ってしまう。
「夢ですからね。大丈夫です。傷ついても死んでも何とかなります。さあ行きますヨ」
さらっと酷いこと言ったよ神様。たぶんこちらが一歩でも動けばこの巨大猫も動く。と、分かっていてひょいひょいとアマテラス様が動いた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ~」
案の定、同時に巨大猫が地面を蹴り、素早い動きで飛びかかってきた。ただ先に動いたアマテラス様と動けずにいた私のどちらを狙うか一瞬迷った隙が、この私でも巨大猫の動きを察するチャンスであった。
「…………さあ、丸焼きですヨ!」
激しく振り下ろされた巨大猫の剛腕を軽々と避け、聞きなれない何かを唱えたアマテラス様の手から火の粉が撒かれると、次の瞬間巨大猫が火だるまになった。苦しみながらも巨大猫はアマテラス様に爪を伸ばす。その爪を素早く直刀が受け止めた。
「さあ、スイ。今です!」
巨大猫を押さえつけながらアマテラス様が私の名を呼ぶ。そう言えば名乗っていなかったのに、神様だから何でもお見通しなのか。初めての戦闘に戸惑いつつも私はまだ炎が消えやまぬ巨大猫に向かって走り出した。腕を抑えられた巨大猫のどこを狙えばいいのか。一か八か、この長い薙刀を信じて巨大猫の脳天目指して飛んだ。夢の中の浮遊感の心地よさを感じながら、力加減なんて分からず思いっきり力を込めて振り下ろす。
「ぎゃううう!」
薙刀の刃が見事に巨大猫の眉間を叩き切った。巨大猫が悲鳴をあげながら砂へと化していく。先ほどの普通の猫たちと同じように。これがやっつけたことになるのだろうか。地面に着地すると同時に腰が抜けて座り込んでしまった。
「やや、お見事お見事。まあこれからは一人で倒してもらっていかなければならないので修業をしてもらいますけど上出来でしょう!」
パチパチパチとアマテラス様が拍手している。本当に倒せてよかった。夢の中とはいえ痛いのも死ぬのも嫌だから……って、今、何か大事なこと言ってなかった?座り込む私にアマテラス様は温かい手を伸ばし、私はその手を取りながら考えた。
どのくらい時間が過ぎたのかは分からないが、敵も倒したし、夜明けも近いと言っていたしもう夢は覚めるだろう。久しぶりの明晰夢もいつもと違ったけど、なんとなく自分が特別な人間になれたようで楽しかったし悪くなかった。まああんまり見たい夢ではないけれど。でもそれよりも……。
アマテラス様は、これからはと言わなかったか?
「あのー……これで夢は終わりですよね? なんでこれからって?」
怖い気持ちを抑えて私はアマテラス様を見た。本当に相変わらずにこにこしている神様。この日本において、一番すごいらしい神様。そんな神様が慈悲深く微笑んでいる。
「すっかり言いそびれていましたネ。興梠翠。あなたはこれからボクが作ったゲームのキャラクターとして働いてもらいます。プレイヤーはボク、と言っても助言するだけから自由に動いて……」
「ん? え? これ夢ですよね?」
そこまで聞いて私はもう一度聞きなおした。
「うん。だから、君が見る夢の中で、他人の夢に渡って、吉夢にしていくゲームだよ。他人にとっては勝手に進む普通の夢。だけど君にとっては夢であり現実。今夜の明晰夢のようにネ。君は選ばれし人間なんだよ。しかもボクが選んだ! すべての凶夢を吉夢にしたらゲームクリアだからそれまでヨロシク! 因みにこのゲームを作ったのはボクだから何でも聞いてネ☆」
パチン☆と音のしそうなウインクするアマテラス様。いや、理不尽な神様、アマテラスでいい。こんな不思議なことが、こんなラフに進んでいいわけがない。私は抗議した。
「何それ! 夢で現実って意味分かんない! なんで私なんですか!」
「……何となく、テヘ」
テヘじゃない! そんなのもっと歴史とか神話とか信仰心とかある人にしてください!
私は声にならないうめきを叫びながら、本来は元旦に見るであろう、そしてよい夢でありたい初夢から覚めたのだった。
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