壱夢 悪夢の始まり

 私の名前は興梠翠こおろぎすい。いたって普通の女子高生。強いて言えば、って言っても何も出てこない。平凡。平凡で十分。楽しいことは楽しく。なるべく面倒くさいことはしたくないし。

 そう、思っていたんだ。うん。思っている。今でも。なのに、運命のなんたらとか、必然とか偶然とかそういうものが私にも当たってしまったのだ。それはある夜のこと……。



――――――



「(ん? ああ、夢か……)」


 最後に覚えているのはベットの中でスマートフォンいじりながら迫りくる睡魔に落ちた記憶。だから、今ここは夢の中。私はよく明晰夢めいせきむを見る。明晰夢とは簡単に言うと自分の夢の中を自由に動けるってことかな。っていっても夢の流れはちゃんとあって、何もしなければ何もしないで現実世界と一緒で流れていくんだけど。で、今夜もぼんやりした夢じゃなくて少しだけはっきりした、そしてこれは夢だと認識した明晰夢だということ。そんなことをふと思った矢先。それは現れた。


「ビンゴ! やあ~今日も運がいい。さすがボク」


 パチン、と手を叩く音がしてその方向を見やると、そこには何といっていいのだろう。簡単に言うと巫女さんのような服装。だけど少しだけ豪華。首には宝石がじゃらじゃらついている首飾りを付けている。歳は何とも言えない。この前何かで出てきた妙齢が当てはまりそう。妙齢の女性。日本人、黒髪ストレート美人。それがその人に対する第一印象。でも妙齢の女性がボクってちょっと変。


「……君、今何か失礼なこと考えたでしょ」


 妙齢の女性はにこにこしながら、でも私でも分かる少しイラっとした表情をした。


「すみません。で、ううむ、私の夢なのになんかおかしいけど、あなたは誰ですか?」


 自分の夢なのに主導権はこの女性のようで、違和感を覚えながらもとりあえず謝った。過去の明晰夢の中でこんなにも対等に話合うことができただろうか。

 私の言葉に女性はさわやかに笑った。


「よくぞ聞いてくれましたネ! 私の名前はアマテラスです! かの有名な天照大神ですヨ!」

「……………………で?」


 自信満々に言い放ったアマテラスという女性に、私はピンとこなくて聞き返すとアマテラスさんは目を丸くした。


「でって! まさか君知らないの!? え? 日本人だよね? 日本に住んでるよね? 一度くらい神社行ったことあるよね? あ、ゲームとかしない?」


 焦ったようにまくしたてるアマテラスさんに私は夢の中でぼやける頭をフル回転させた。アマテラス、天照大神……。


「あ! 神棚に入っているお札とか? お札ってことは神様ってこと?」


 ピンと来たのは家にある神棚。確かいつもお正月に買いなおしてたっけ。

 私がそういうとアマテラスさん、違うか。神様だからアマテラス様、は、やっと安堵の表情になった。


「そうです! ボク神様。一応一番すごい神様ね。伊勢にいる神様ね。まあどこにでもいるし行けるんだけどネ。人間がゲームを開発してからちょこちょこ使われてるんだけどまあそれはいいか」


 やっと思い出された神様は落ち着きを取り戻したようだった。


「すごい! 私、神様が夢に出てきたことないっていうか、この明晰夢で出会うなんてこの先いいことあるのかなぁ!」


 ちょっと失礼なことしちゃったかもしれないけど、私は素直に喜んだ。だって神様の中でも一番偉い神様だよ。夢見は良い方がいいに決まっている。浮足立つ私にアマテラス様も嬉しそうにしている。


「そんなに喜んでもらえるなんてボクも嬉しいです。じゃあ、さっそく行きましょうか」

「え? 行くってどこに?」


 先の見えない発言をしたアマテラス様に首を傾げると、アマテラス様が私の手を取って地面を蹴った。ふわりと身体が浮く。完全に主導権を奪われ、驚く私にアマテラス様は言った。


「悪い夢、凶夢に侵されたの中へ」


 

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