第3話 こじょう
今から20年ほど前。
ドイツのライン川の河畔に建つ古城ホテルに泊まったことがある。
古城ホテルと言っても、お姫様気分が味わえるような近代のロマンチックな貴族の館を利用したホテルではない。中世に戦いのために建てられた城塞(Burg)と要塞(Festung)であり、城館(Schloss)部分をホテルに改築した建物である。
ホテルの隣には、廃墟と化した要塞が残っており、自由に見学することができた。
まるで天然の博物館だ。
廃墟と化したとはいえ、今も城壁や狭間窓の面影は残っている。
戦時に防衛戦を行った際には、ここから弓で敵を狙ったのだろう、あるいはこの窓から煮えたぎった湯や油を敵にかけたのかもしれないと、さまざまな想像をしながら、廃墟の中を探索した。
ホテルは、いわゆる山城として、ライン川を見下ろす小高い丘に建っている。
現在の町は、丘の麓である、ライン川の畔を中心に発展していた。
町を散策していると、小さな人形博物館があるのが目に止まった。
宿泊している古城以外には、特にめぼしい観光スポットなどない小さな町だ。
時間もあったので、私は、その博物館に入ってみることにした。
おそらく、個人が趣味で集めた人形を展示しているのだろう。
博物館と言っても、何か歴史的に価値があるような、珍しい品が展示されているわけではなかった。
(これなら、要塞で遊んでいた方がよかったかな)
半分、後悔しながら最後の展示室へと入った。
西洋のビスクドールの中、一点だけ、趣きの異なる人形がある。
そこには、なぜか一点だけ、日本人形が飾られていた。
しかも、髪の長さが左右で異なっている。
まるで、髪が伸びてしまったかのように見えるのだ。
あるいは、伸びた髪をなんとかしようとしてオーナーが無理やりカットしたのだろうか。
不自然に切りそろえられたように、左右の長さが異なる、ざんばら髪の日本人形だった。
──これは、やばい。
直感的にそう思った。
日本から来たことが、バレてしまったのだろうか。
人形が、見えないはずの目で、じっと私を見つめている。
(連れて帰れないよ! やめて、見ないで!!)
私は、逃げるようにして展示室を後にした。
日も暮れてきたので、ホテルへと戻ると、昼間の清々しかった空気が一変している。
激しい戦争を経験したがゆえの重苦しい空気感か。
その城で命を落とした者たちの無念の思いか。
あるいは、博物館で出会った人形の念か。
何かが、客室の空気を一変させていた。
特に、浴室が怖くてたまらない。
背中に何かが貼り付いているような気配が拭えないのだ。
浴室の扉を開けたまま、シャワーを、ほんの数分で終えると、私はベッドに飛び込んだ。
日本でも、昼と夜でまったく表情を変える場所が存在する。
神社や寺など、聖域と呼ばれる場に多いように思う。
そのホテルも、日が落ちた途端、空気が一変した。
昼間は、なりをひそめていた戦場の亡霊たちが、闇という力を得て、一気に、ホテル中に溢れ出たかのようだ。
そして、朝まで
「連れて帰ってよ」
と日本人形に縋りつかれる悪夢に襲われながら、一夜を過ごすこととなった。
三十年戦争時には激しい戦場となった城塞であり、2万8千人に攻められながら約4千人で防衛戦を行った城でのできごとである。
ちなみに、日本人形の出自については現在も謎のままだ。
実話のため、きちんとした落ちが用意できずに申し訳ないと思う。
それと、もうひとつ。
旅から帰って、写真を確認したところ、このホテルの写真には、別段おかしなものは写っていなかった。
しかし、フランスで泊まった古城ホテルで撮った写真には、一枚、心霊写真とおぼしきものが混じっていた。
ホテルの窓に、ドクロにしか見えないモノが、はっきりと写りこんでいたのである。
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