第2話 ためいき

 私がまだ高校生だった頃のこと。

 学校の校外学習で、信州に旅行に行った。



 宿泊したのは、ありふれた旅館。


 8畳ほどの和室、窓側の板の間にテーブルとソファが置かれている。

 小さなテーブルが中央にあり、それを挟むように一人がけのソファが二脚、向かい合うように配置されていた。


 一方のソファの背後には、冷蔵庫。

 もう一方のソファの背後には、洋服を掛けるクローゼット。


 和室とソファとの間には、障子が間仕切りになっていた。


 二人用の客室だと思われるが、学校での団体旅行のため、8人ほどが一部屋で寝ることになった。



 夜、誰からともなく、怖い話をしようと言い出した。

 学生時代の旅行ならでは、お決まりのパターンである。


 百物語のように、皆で順番に怖い話を語っていった。


 ある友人が語り終わったタイミングで、障子の向こうから


「はあっ」


 という、大きな溜息が聞こえた。



 皆、一瞬、息を呑む。


 これを聞いたのは自分だけなのか?

 皆に言ってもいいのだろうか?


 逡巡するしばらくの間。

 しかし、皆の視線は明らかに障子に向けられていた。


「いま、溜息が聞こえたよね?」


 勇気を振り絞って友人の一人が、口にする。


「聞こえた」

「私も、聞こえた……」

「私も……」


 一人が声に出すと、そこにいた全員が「溜息を聞いた」と告白する。


 皆で顔を見合わせ、「確認してみよう」と障子へと向かう。


 恐怖のため自然に皆が寄り添い合って、おしくらまんじゅうでもするように、障子の傍に立った。


「えいっ」


 全員で障子に手を伸ばし、全開にする。


 誰もいない。


 グループのうちの一人が、また口を開く。


「さっきの溜息、クローゼットの中から聞こえなかった?」


 皆が、頷く。


 誰もが、最初から気付いていたことだった。

 でも、クローゼットの中から溜息が聞こえてくるなんて、物理的にあり得ない。

 だから、理性が否定して口に出せなかった。


 しかし、先ほどと同じように、一人が口にすると、皆が同意する。


「開けて見よう。誰かが私たちをおどろかすためにクローゼットに隠れてたのかもしれないじゃない?」


 そんなことあり得ないと思いつつも、「そうであって欲しい」という願いから、皆が


「うん、そうだね」

「きっと、そうだよ」


 と、同意する。


 今度も、おしくらまんじゅう状態でクローゼットの前に固まった。


「開けるよ」


 扉を開ける。


 ――誰もいない。



 ただ、誰もいない空間から


「はあっ」


 という溜息だけが聞こえて来た。

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