【実話怪談】本当にあった旅先の怖い話

中臣悠月

第1話 うずまき

 母は視える人だ。



 私を出産するため入院していたときも、毎日のように病室を訪れる黒い影に悩まされていたと言う。

 一緒に、テレビの心霊番組を見ていると、画面には何も映っていないところを指さして


「あそこにもいる」


と、言う。

 その後、母が指摘したところを、ゲスト・コメンテーターの霊能者も同じように指摘するものだから、一緒に見ているこちらはたまったものではない。



 そんな母と一緒に、旅行をしたときの話である。

 梅が咲き始める時期。私と母は、京都を訪れた。

 レンタル着物店で、和服を着付けてもらってから、私たちは清水寺に向かった。夜は特別にイルミネーションが行われる時期で、夕方だというのにものすごい賑わいだった。



 清水の舞台に上がった私たちは、そこで記念に写真を撮ることにした。

 まず、母の写真を撮影してから、私は母にカメラを渡し、シャッターを押して欲しいと頼んだ。



 ファインダーを覗いた母が、眉間に皺を寄せる。


「ピントが合わない」



 合わないわけがない。

 母に渡したカメラは、シャッターを押すだけでいいコンパクトデジカメである。

 実際、昨日は「なかなかうまく撮れないわ」とぼやきながらも、母はふつうにシャッターを切っていた。



「どういうこと?」


 私は苛立ち気味に母からカメラを取り上げると、液晶のモニターを覗いた。


 母と同じように、清水の舞台の方にレンズを向けるが、特におかしいところはない。シャッターを半押しすると、自動でピントが合い、当たり前のように撮影できる。


 オートフォーカスのコンデジだから、マニュアルでピントを合わせる機能すらなかった。

 だから、ピントが合わないという発言自体がおかしいのだ。



 試しに、母に私と同じところに立ってもらって、何枚かシャッターを切った。何の問題もなく、撮影できる。壊れていないことを確認できたので、もう一度、母にカメラを渡す。


 しかし、ファインダーを覗く母の顔は、泣きそうに歪んでいた。


「どうしたの? シャッターがおりないの?」


 霊がいるところでカメラのシャッターがおりないという経験は、私もよくするので、そういった現象なのかと私は尋ねた。

 しかし、母はやはり泣きそうな顔をして首を横に振る。


「ピントが合わない」


 と、繰り返すだけである。


「眼鏡の度が合っていないんじゃなくて?」


「違う、そういうんじゃないの」


「どういうこと?」


「渦巻き……」


「――え?」



 私は、自分の耳を疑った。


「渦巻き……って、何?」


「渦巻き……なの」


「だから、何なの? 渦巻きって、そんなものどこにもないじゃない?」


「あなたの顔だけが……、渦巻きみたいに歪んでいて、顔に見えないの!」



 私は、母の言葉に、有名なホラー映画のあるシーンを思い出していた。ビデオを通じて呪いが感染し、テレビから霊が出て来る、あの映画だ。

 その映画の中では、呪いのビデオを見てしまった人を写真に撮ると、顔の部分が渦巻きのようになっていた。



 ――私は死ぬのか? そんなバカな?



 私はスマートフォンを取り出し、インカメラを使って液晶に自分の姿を写してみた。

 私には、いつもと同じように自分の顔が見える。

 試しに、そのままシャッターを押した。

 カメラフォルダを確認してみるが、特に何の問題もなく、ごくふつうの写真が撮れている。それを母に見せた上で、もう一度シャッターを押すように頼んだ。


 しかし、母はやはり泣きそうな顔をして首を振る。


「――渦巻き……」

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