第15話 探し物と探し人・1
「はなして! はなしてよっ!」
「待てってば! 冬の川に入るなんて、バカだろ!」
「うるさい! アンタには分からないでしょ!」
早く、早く。見つけないといけない。
お母さんから預かった、お母さんの大切な赤い飾りのついたかわいい簪。
お父さんからもらったと言う、お母さんの大切な簪。
寒さに弱いくせに、外に出ると言った私に持たせてくれた、大切なお守り。
探さなきゃ、探さなきゃいけない。
それなのに、なんでコイツは私の邪魔をするの?
私がお守りをなくしたのはコイツのせいなのに。
私がお守りを探すために、家に帰らず一ヶ月かけて港町まで行ったのはコイツのせいなのに。
お守りを川の中に落としたのは私のせいだけど、それを川の真ん中に投げ捨てたのはコイツなのに!
なんで、なんで?
どうして!
「はーなーしーてー!」
「嫌に決まってるだろ!」
「政紀!」
「ジュン! 大人の人は呼んできたかっっっっ?」
「大人じゃないけど、助っ人は呼んできたよ!」
ジュンくん。ジュンくんも、私の邪魔をするの?
その二人の男の子たちも?
「アカリちゃん、気を確かにー!」
「うるさい! ジュンくんもはなして!」
「嫌だよ! 風邪をひいたらどうするのさー!」
な、なかなか力が強い。
ジュンくんが連れてきた男の子たちも加わって、私はみるみる内に土手の近くまでひっぱられてしまった。
もうすぐ、もうすぐ川に入れたのに!
「どうして、どうして邪魔をするの!」
バシーン!
すると、私のほっぺたを誰かが叩いた。ジュンくんだ……。
痛い。ヒリヒリする。なんで、どうして。私は……。
「あのさ、アカリちゃん。アカリちゃんが大切なものをどうしても見つけたいのは分かるよ。オレもこの前、大切なものをなくした時、すっごく悲しかった。アカリちゃんが探すのを手伝ってくれたの、本当に嬉しかったんだ。でも、でもね。水かさが増してる川の中に入るのは、バカだよ。アカリちゃんのバカバカ!」
ジュンくんは、何度も私に向かってバカと言う。
でも、見つけないと……。水かさが増したなら、今度は本当に海まで流されてしまうかもしれない。早く見つけないと、お母さんに返せなくなる。
「あのー、ちょっといいかな」
アカリさんは、もうすぐ川の中に入るといったところで政紀くんに引き留められていた。
ものすごく暴れている様子が、走っている僕たちの目に映る。
「これ、危ないんじゃないの?」
「危ないに決まってるよ! 今日は太陽が出ているから、雪解け水で川の水かさが増してるんだ!」
「それは危ないね!」
早く行かなきゃ、アカリさんが風邪どころではなくなってしまう。
「南美橋の近くは突然深くなっている場所があるから、水かさが増した時に入るのは危険なんだ!」
それなのにアカリさんは、川の中に入ろうとしているの?
危険すぎるよ!
「政紀!」
ようやく、僕たちはアカリさんと政紀くんのところについた。雪の積もった土手を駆け下りた時は、さすがに転ぶかと思ったけど、なんとかなったよ。
落としそうになってごめんね、メル。
「ジュン! 大人の人は呼んできたかっっっっ?」
「大人じゃないけど、助っ人は呼んできたよ!」
「ヒロトって言います!」
「ボクはショッパ!」
「私はメルよ!」
「猫までいるのかっ? 猫はさすがに戦力外だぞ!」
「うるさいわねえ、知ってるわよ!」
アカリさんを土手のほうへ連れて行くため、ジュンくんを筆頭に僕、ショッパ、そしてメルは政紀くんに自己紹介をしながらアカリさんの腕や服をつかんでいく。
政紀くんは僕たちより少し年上に見えるけど、十歳前後の男子四名プラス猫一匹にも負けないアカリさんの力はどうなっているんだろう。火事場のバカ力ってやつかな!
「アカリちゃん、気を確かにー!」
「うるさい! ジュンくんもはなして!」
「嫌だよ! 風邪をひいたらどうするのさー!」
それでも、特にジュンくんの頑張りによって、なんとかアカリさんを土手のほうまで連れて行くことができた。
アカリさんは川の中に入れなかったことをとても怒っており、ジュンくんはそんなアカリさんを見て更に怒っている。うん、ジュンくんすごいぞ。
ひとしきり怒って落ち着いたのか、ジュンくんはアカリさんに向かってバカと言い続けている。ジュンくん、それ以上言うのはやめよう。アカリさんのやったことは確かにバカだとは思うけど、地味にダメージとして蓄積するタイプの罵りだから。やめよう?
アカリさん、泣きそうになってるじゃないか。
「あのー、ちょっといいかな」
ジュンくんに任せると話が進まないので、僕はアカリさんに話しかけた。
「……なによ」
「えっと、僕はヒロトって言います。探し物屋の見習いで、アカリさんのなくし物を見つけるために、ここまで来ました」
僕が言うと、アカリさんだけじゃなくて、ジュンくんと政紀くんも驚いたように僕のほうを見た。
「探し物屋……?」
「え、ヒロトって探し物屋だったの?」
「うん、見習いだけどね」
「じゃ、じゃあ! あなたなら、私が探している物を見つけられるよねっ? 私の、お母さんの大切なお守り!」
アカリさんは僕の肩をつかみながら、そう言った。
メルは驚いて、ショッパの腕の中に逃げたようだ。
「見つけて! ねえ、お願いよ! あれが見つからないと、私、家に帰れない!」
うん、そうだね。知っているよ。メルから聞いたから。
僕も、アカリさんのなくし物を見つけないと元の世界に帰れないんだ。だから、絶対見つけてあげるね。
それは、一ヶ月前のことだった。
三人兄弟の中で、と―――――っても寒がりな私は、兄の光一と弟の三希に追いやられるように、暖房の効いた暖かい自分の部屋でベッドにごろりと寝転がっていたんだ。
そこへお父さんがやってきて、お母さんが光一を産む前は私みたいにとっても寒がりで、夏以外は長袖や暖かい服を着たり、毛布を被っていることが多かったんだって。
私も光一や三希もそんなこと、全く知らなかったんだけど、お父さんは私があまりにもお母さんに似すぎているから心配で、お母さんが寒さを克服した時のことを教えてくれたんだ。
それが、南美橋まで毎日歩いていって、家まで帰ってくること。
お母さんは、赤ちゃんを産むには体力が必要だからって、私の家から歩いて三十分。往復で一時間ぐらいの距離にある南美橋まで、毎日一往復していたんだってさ。それを続けていたら、いつの間にか極端に寒さを感じなくなったんだって。
春や秋にも半袖の服を着るようになったし、家にこもって毛布を被ったまま過ごすこともなくなったって言っていた。
寒いから、外に出るのは嫌だ。
でも……、家に引きこもってばかりで、光一や三希にバカにされるのは、もう嫌だ。
運動が苦手なのをバカにされるのも、引きこもりって言われるのも、布団おばけってからかわれるのも、全部、全部嫌なんだ。
私は、自分を変えるために外に出た。
南美橋まで歩く。――それが寒がりの私にとっては、とても大変なことだけど、寒さに弱い私に打ち勝つためには必要なことなんだ。
当時、お母さんが持ち歩いていたという、お父さんからのプレゼントをお守りとして預かった私は、これをお母さんに返すために頑張ろうって思って家から出たんだよね。
まさか、南美橋の上から川をのぞいていたら落とすとは思わなかったんだけど……。
お守りを落とした場所は、それほど深い場所じゃなくて、冷たいだろうけど、少し水の中に入ればお守りを取ることができる場所だった。
「あああ、どうしようううう。流されないよねっっっ?」
そう言いながら急いで南美橋を渡りきり、土手を降りていくと、そこには釣り竿を持った男の子がいた。
男の子の手には、私の大切なお守り。
拾ってくれたんだ!
「ねえ、それっ」
「これ……、お前の?」
「うん、そうだよ! 間違って落としちゃったの!」
だから、返して。……そう、言おうと思ったんだ。
でも、男の子は「俺が拾ったんだから、俺の物でいいよね?」と笑った。
なにを……、言っているんだろう。
「私の物だよ! 返して!」
「なんで? 落としたんだから、俺がもらってもいいじゃん」
「よくない! 返してよ!」
私がそう言うと、男の子は面白くなさそうな顔をして……。
「じゃあ、自分で取ってこいよ!」と言いながら、私のお守りを川の真ん中へ投げてしまった。
――ボチャン!
大きな音と水しぶきをあげて、私のお守りは川の中へ沈んでしまった。
私は悲しくて、悔しくて男の子を睨みあげた。けれど、男の子はなんでもないような顔をして、私を見下ろしていた。
最悪だ。最っっっっっっ悪だ!
「返してよ! 私のお守り!」
「はぁ? だから、自分で取ってこいよ! 自分で落としたんだから、自分で拾えばいいだろ!」
「アンタが向こうまで投げたんでしょ!」
どうしよう、どうしようどうしよう!
お母さんの簪。お母さんがお父さんからもらった、大事な思い出のお守り。とても綺麗な赤い飾りのついた、かわいい簪。
なくしてしまった。私の不注意のせいで、コイツのせいで!
川の流れが速いから、きっともう、あそこにお守りはない。流されてしまった。どうしよう。追いかけなきゃ。探さなきゃ。見つけなきゃ。
なくしてしまった、大切な簪を!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます