第16話 探し物と探し人・2

 それから私は、一ヶ月をかけて川沿いを下りながら、川の中に入って簪を探した。

 端から端まで探しても、どこにも簪はないし、冬の川に入るとはバカじゃないのかと怒って、私を川から引きずり出す人も何人かいた。その人たちは私を家に泊めてくれたり、ご飯を作ってくれたり、着なくなった服をお下がりとしてくれたこともあった。

 最初に泊めてくれたのは、ジュンくん。簪をなくした日に、薄暗い中、川沿いをフラフラ歩いている時にぶつかってしまった子。

 私がぶつかってしまった時に、ジュンくんは大切な宝物をどこかに落としてしまったんだ。辺りはもう薄暗くて、月が出ていたけれど、月明かりや街灯だけではジュンくんの大切な宝物を見つけることはできなかった。

 私とぶつかったせいで大切な宝物をなくしたのに、ジュンくんは笑って、明るくなってから探せばいいと言って、泊まる場所を探している私を家まで連れて行ってくれたんだ。

 ジュンくんの家にはジュンくんのお父さんとお母さん、おじいさんがいた。ジュンくんが私を連れてきたことに驚いていたけれど、目を真っ赤に腫らしている私を見て、なにも言わないでくれたのは嬉しかったなあ。

 翌日、ジュンくんと出会った場所に行って、ジュンくんの大切な宝物を探し始めた。その宝物は、ジュンくんのおじいさんが小さいころに拾ったと言う一銭銅貨。その価値がどれくらいのものか、私には全く分からないけれど、それはジュンくんにとって大切な宝物だと言う。その姿が、簪をなくして悲しむお母さんの姿に見えて、泣きそうになった。

 一時間ほど経ったころ、土手の途中で一銭銅貨を見つけることができた。

「ありがとう、ありがとう! これ、とってもとっても大事なものなんだ!」

 ジュンくんは一銭銅貨を両手で大事そうに握りしめて、そう言った。

 次に泊めてくれたのは、川を少し下ったところにある大きな町に住む、赤いワンピースが似合う日菜子ひなこお姉さん。この町の大きなお屋敷に住む大旦那様のお孫さん、芽衣子めいこお嬢さんとお友達なんだって。

 日菜子お姉さんは小さいころに芽衣子お嬢さんと出会ってから、芽衣子お嬢さんは日菜子お姉さんに会うため、長期休暇はいつも都会のお屋敷から大旦那様のお屋敷にお泊まりに来てるって言ってたよ。

 芽衣子お嬢さんは、日菜子お姉さんが大好きなんだね。そう言うと、日菜子お姉さんは照れくさそうにしながら、自分も芽衣子お嬢さんのことが大好きだって言っていた。相思相愛ってやつかな?

「アカリちゃん、今日は寒いからもうやめよう?」

「アカリちゃん、風邪をひいちゃうよ」

「アカリちゃん、夕飯ができたから川から出ておいでー!」

「ちょっと、アカリ。日菜子に迷惑をかけるのはやめなさい!」

「ちょっと、アカリ。風邪をひくって言っているでしょう!」

「ねえ、アカリ。こんな寒い日に川の中に入るのはおやめなさい」

 日菜子お姉さんも、芽衣子お嬢さんも、私にとってもとっても優しくしてくれた。

 風邪をひいてしまった時は、日菜子お姉さんの家じゃお世話をするにも大変だからって言って、芽衣子お嬢さんの泊まっているお屋敷でお世話にもなった。大旦那様に芽衣子お嬢さん、芽衣子お嬢さんのお世話をしている山田さんや、メイドの人たちはとっても優しくて、家に帰れない私はホームシックで泣いたこともある。

 本当は、家に帰ってお母さんとお父さんに謝りたかった。

 お母さんの大切なお守りを、お父さんにもらった大事な思い出の簪をなくしてしって、ごめんなさいって……。でも、できなかった。

 簪を見つけるまでは、家に帰れない。帰ったらいけないと思ったんだ。

 それから私は、川沿いの道を下りながら、川の中に入っては簪を探し続けた。途中の町や村でお世話になった人たちは、口をそろえて川に入るのをやめなさいと、家に帰ろうと言ったけど、それでも私は探し続けて――いつの間にか港町にいたんだ。

 港町に来るまで一ヶ月、私は歩き続けた。時には車に乗せてもらうこともあったけど、私は簪を見つけるためだけにひたすら歩き続けて……結局、港町にも簪はなかった。






「アカリさあ、バカでしょ」

「え、な、なんで……」

 港町で出会ったロロお姉さんは、ロロお姉さんの作ってくれた夕食のカレーを食べている私を見つめながら、そう言った。

「うん、やっぱりバカだよ」

 それ以上、ロロお姉さんはなにも言ってこなかったけれど、きっと……ロロお姉さんは、私のワガママが理由で簪が見つかるまで家に帰らないと言っている私のことをバカだと言ったんだと思う。

 私も、バカだと思う。私の不注意でお母さんの大切なものをなくして、それを見つけるために一ヶ月も家に帰っていない私を、バカと言わずしてなんと言うのか。

 お母さんもお父さんも、心配していると思う。光一と三希も心配してくれてるかな。……してくれると嬉しいな。

 家出したって思われちゃったかな?

 誘拐に合ったと思われちゃったかな?

 警察にはもう連絡しちゃった?

 でも、連絡してたら私はすぐに見つかってたよね。なんたって一ヶ月かけてゆっくり川沿いの道を下っていたんだから。

「ふぅ……。アカリはなくし物が見つかるまで、帰るつもりはないんでしょう?」

「うん、帰らない。帰れ、ない」

「それじゃあ、なくし物をした場所に戻ってみたらどうしら。川に落としたって言うけど、そう簡単に流される物なのかは分からないけど、原点回帰は大切よ?」

 ロロお姉さんにそう言われた時、そういう考えもあるんだなって思った。

 私はずっと、簪は下流のほうへ流されてしまったと思っていたから……。ロロお姉さんの言葉で、もしかしたら簪が落ちた川の真ん中にひっかかっているかもしれないって、思ったんだ。

 それでも、見つからなかった時は家に帰ろう。お母さんとお父さんに謝ろう。簪をなくしてしまってごめんなさいって、一ヶ月も家に帰らなくてごめんなさいって……。






 翌日は雪が降っていて、山道を通るバスは運休となっていた。

 ロロお姉さんの家を出て、隣町のバス停まで来たはいいけれど、南美橋方面行きのバスがないってことは、今日は前に進めないってことだ。

 しんしんと降る雪は、落ち込む私にどんどん降り積もっていく。

 ああ、寒いなあ。冷たいなあ。お母さんとお父さんと光一と三希のいる家に、帰りたいなあ……。

「おねえちゃん、大丈夫?」

「……うん、だいじょーぶだよ」

「ほんとに?」

「ほんとだよ」

 町角でうずくまっていると、三希よりも年下の男の子が話しかけてきた。その後ろには、男の子のお母さんらしき女性がいる。

「ウソはダメだよ~。おねえちゃん、すっごい寒そうだもん」

「うん、さむいなあ」

「寒いかあ。ねえ、お母さん! このお姉ちゃんをおうちに連れて行ってもいい?」

「え? ええ、いいけれど……。お嬢ちゃん、家族の人は近くにいるかしら?」

「いない、です。山奥の町から、来たんで」

 私がそう言うと、男の子のお母さんは困っているような顔をしていた。

 家族は、家にいる。でも、その家は遠くにあって、山道を通るバスが止まっているため帰ることができないと言うと、男の子のお母さんは「それじゃあ、今日はうちに泊まりなさい」と言った。

 男の子は、なんでか知らないけれどとても喜んでいて、私の腕をひっぱって歩き出したんだよね。突然のことで驚いたけど、男の子の手袋に包まれた手が温かく感じて、私はそのまま男の子に腕をひかれるまま着いていった。

 男の子のお母さんは男の子の様子に困った顔をしていたけれど、それでも笑みを浮かべていたから、そこまで困ってはいなかったんだと思う。ただ、男の子の行動に驚いただけで……。

 男の子はコガネ、男の子のお母さんはマユキという名前だと、コガネくんの家に向かっている時に教えてもらった。

 コガネくんは金色の髪をしていて、コガネという名前がよく似合っている。マユキさんはコガネくんと同じ金色の髪をしているけれど、光に当たると雪のように白く輝いて見えることもあった。私みたいな焦げ茶色の髪とは違って、とても綺麗で、なんだか羨ましいと思ってしまったけれど、こればかりは遺伝だからどうしようもないよね。

「ねえ、アカリちゃん。アカリちゃんがなくした物は、どういうものなの?」

「大切なものだよ」

「大切なものなのに、なくしちゃったの?」

「うん」

「そっかあ……。大切なものをなくすのは、悲しいよね」

「うん」

 とっても、とっても悲しいよ。

「見つかるといいね」

 うん、見つけたいなあ。

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