第11話 山の子供たちと疑問・2

「ねえ、あの子たちすっごい睨んでるよ?」

「睨んでないわよお、気のせいだって」

 いや、どう見ても睨んでる子がいるんだけど……。

「ほらほら、ヒロト。川の近くにいる子はあの子たちだけなんだから、もしかしたらアカリさんを見た子がいるかもしれないよ」

「アカリさんが今日、ここを通ったとは限らないけどね」

「そ・れ・で・も、だよ」

 ショッパは、僕の腕をひっぱりながら、子供たちのほうへと近づいて行く。

「こんにちは~」

「こ、こんにちは」

「こんにちはー!」

「こんにちは、お兄さんたち」

 ショッパが話しかけると、一番小さな女の子とニット帽を被ったやんちゃそうな男の子、一番年上だろう女の子が返事を返した。

 僕の腕の中にいるメルが黙っているのは、子供たちの相手をしたくないからだろう。近所の保育園に通う子の遊び道具になってしまったことがあるため、小さい子は苦手で、近くに来るとすぐに逃げてしまうのだ。

 まあ、ここではどこにも逃げられないけどね。僕がいるから。

「僕はショッパって言うんだ。彼はヒロト。猫ちゃんはメルって言うんだ。港町のほうから、人探しのためにやってきたんだけど……。君たちは、なにをしているの?」

 あ、直球で聞くんだ。

 すごいなあ、ショッパ。

「ショッパと、ヒロト。それとメル?」

「メルちゃんって言うんだー! かわいいね!」

「かわいいねえ」

「おにいちゃん、猫さん。なでてもいい?」

 でも、子供たちはショッパの質問には答えず、メルに興味津々だ。

 まあ、こんな雪の中でマフラーをつけて外出している猫がいたら気になるよね。

 メルは子供たちの相手をしたくないため、僕のマフラーに顔をくっつけて、子供たちのほうを見ないようにしている。

「ごめんね。この子、四時間以上バスに乗っていたから疲れてるんだ。だから、今はなでたらダメだよ」

「えー?」

「そっかあ……、残念」

 うん、仕方ない。だって、メルが嫌がってることを僕はさせたくないからね。

「港町からここまで四時間もかかるんだね~」

「俺たちは港町に行ったことないから、よく分かんねえな」

「行くのは簡単だけど、帰りは大変だって聞いたよ?」

「そりゃあ、ここまでの道がデコボコしてるからだろ」

 子供たちの興味は、バスでの移動へと移った。

 そうか、こんなに山奥に住んでいると港町と言うか、都会のほうへは余程のことがなければ行くことがないのだろう。

 行くのは簡単と言うのは、山道を下るから。帰りは大変と言うのは、山道を登るから。 

 男の子の中で一番年上だろう男の子が言う通り、ここまでの道は、それはもう大変だった。

 この村で降りた理由は、お昼ご飯を食べるためとトイレ休憩。そして、メルの酔い覚ましだ。山道に入ったころからバスは揺れっぱなしで、効いているとは言いきれない暖房と乗客の熱気で、バスを降りる十分ほど前からメルが気持ち悪いとぐったりしていたのだ。

 これには僕とショッパも大慌て。次のバス停で降りようと、ものの数秒で決まったよね。

 バスに乗ってから、あまり水分を取っていなかったのも理由かもね。メルってば、揺れる車内では飲みたくないって言って、バスが停車している少しの間に水を飲ませるのが大変だったよ。

「あのさ、まずはボクの質問に答えてほしいんだけど」

 あ、ショッパが怒ったみたいだ。

 子供たちはびっくりして、一番年上そうな男の子と女の子の後ろに隠れた。まあ、見えてるんだけどね。






「アカリー?」

「そう、アカリさん」

「知ってる?」

「知らなーい」

「ぼ、ぼくもしらない」

「あたしもしらないよー!」

 ううん、捜査は難航している模様です。

 笑顔で怒るショッパにおどろいた子供たちを慰めてると、子供たちに懐かれてしまった。

 不機嫌そうなショッパにメルを預けて、僕は子供たちに囲まれながら話を聞いている。

 ニット帽を被ったやんちゃそうな男の子は、エン太くん。

 一番年上だろう男の子は、シシノすけくん。

 一番小さな女の子は、トト乃ちゃん。

 気が弱そうで、シシノ助くんの後ろに隠れている男の子は、キクくん。

 ひょろりと一番背の高い女の子は、カノ子ちゃん。

 一番年上だろう女の子は、キュウ美ちゃん。

 眼鏡をかけた、近眼だと言う男の子は、ユウくん。

 ぽっちゃりした、笑顔のかわいい男の子は、ポンきちくん。

 この村で生まれ育ったそうで、海は絵本や写真、テレビなどでしか見たことがないんだってさ。

「うーん。それじゃあ……、すごい綺麗な赤いものを探している僕やショッパぐらいの女の子はこの村にこなかった? あ、その子は僕と後ろ姿が似ているらしいんだけど……」

 アカリさんの兄弟が、僕をアカリさんと間違えたぐらいだから……。なんとなく似ているんじゃないかと思う。

「エン太。もしかして、アンタがあの花火をもらった人がアカリって人なんじゃない?」

 キュウ美ちゃんがエン太くんに言うと、エン太くんは「どうだろう?」と言って首をかしげた。

 しかし、あれが花火……ねえ。

 キュウ美ちゃんが指さした方向はツキ山という名前があるらしい、丘の上。そこには赤い、火のようなものがユラユラと揺れていた。

 僕たちが来たときよりも、それは小さくなっているから、あれは多分ロウソクだ。

「あっ! そうだ、そうかもしれない!」

 エン太くんは僕の後ろに回ったあと、そう言った。

 僕の後ろ姿を確認したんだね?

「あのね、昨日……じゃない。一昨日ね、ヒロトにいちゃんと似ているおねえちゃんが、この村に来たんだ」

「その子は、どうしてこの村に来たのかな?」

「んー? なんかねえ、バスを降りる前に川岸でなくした物を見つけたんだって。それで、この村のバス停で降りたんだけど、川岸にあったのはおねえちゃんが探しているものじゃなかったんだってさー」

 なるほど。メルがこの村の前で車酔いになったのは、偶然だろうけど、アカリさんがこの村に来たことを知るためには必要だったのかもしれないな。

 ショッパの腕の中で、ぐったりしながら僕を見つめているメルには悪いけどさ。

「その、なくした物がどういうものか知ってる?」

「うん! あの花火だよ!」

 花火……かあ。

 ショッパのほうへ視線を向けると、ショッパとメルもなんとも言えない顔をしている。

 うん、あれは花火じゃないよねえ。

「あー、とりあえず……。丘の上に行こうか」

「えっ?」

「あぶないよー?」

「花火がいつ打ち上がるか分からないから、火が消えてから行ったほうがいいと思うよ」

 僕が丘の上に行こうとすると、子供たちに止められてしまった。

 右手はトト乃ちゃん、左手はポン吉くんにつかまれているし……。

「……ううん。どうしようか、ショッパ」

 ショッパのほうを向いて言うと、ショッパは仕方ないとでも言うように肩をすくめた。

「はあ……。ボクはあれを取ってくるから、ヒロトここで待っていていいよ。メルはヒロトが抱っこしてねー」

 そう言って、メルを僕の腕の中に移動させたショッパは、子供たちが止めるのも聞かずに丘の上へと進んでいった。

 丘――ツキ山はそれほど高い丘ではない。二階建ての家くらいの高さほどで、ソリ遊びをするにはいいぐらいだ。

 子供たちの近くには色とりどりのソリがあったから、あのロウソクに火をつける前はソリで遊んでいたんだろうなあ。

「え、えええ」

「行っちゃったよ……」

「大丈夫かな、あのおにいちゃん」

 僕を引き留めている子供たちは、ショッパを心配してどうしようかと顔を見合わせている。

 ぽすぽす、とメルが前足で僕のほっぺたを叩いた。

 うん、もうちょっと待っててね。

 お腹が空いたのは分かったからさ……。

「ヒロトー」

 お、ショッパに呼ばれた。

「なーにー?」

「これ、花火じゃなくてロウソクだったよ」

 そう言いながら丘を降りてきたショッパの手には、火の消えた赤く短いロウソクがあった。

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