第12話 山の子供たちと疑問・3
「えっ、それ……花火じゃないの?」
ショッパが持ってきた赤いロウソクを見ていると、エン太くんが残念そうにそれを見て言った。
他の子たちも、同じように残念そうにしている。
この子たち……、本当にこれが花火だと思っていたんだなあ。
「これは花火じゃなくてロウソクだよ」
「どう見てもロウソクだよね。花火とは形が違うもの」
「ちぇー。打ち上げ花火ができると思ったのにさあ」
シシノ助くんはつまらなそうにつぶやいた。
一つ、言わせてもらいたいことがある。
「あのさあ、君たち。これが本物の花火だとして、子供だけで火遊びするのはいけないことなんじゃないの? 誰が火をつけたのかはボクたちは知らないけど、花火で遊ぶなら大人の人がいないと危ないよ」
そう、ショッパの言う通りだ。
僕たちよりも年下のエン太くんたちが、大人が一人もいないのに火を使って遊ぶのは危険なことだ。
「下手をしたら、ヤケドどころじゃないなよ。分かっててやったの? ねえ」
「ショッパ。責め立てるのはダメだよ」
「……でもさあ」
「うん、分かってる。僕だって同じこと考えたもん」
このロウソクを花火だと思い込んだのは、まあ……この子たちが打ち上げ花火の形を知らなかったからだろう。
直径五センチメートルほどの赤いロウソクは、火をつけたことで随分と短くなっているが、元々の大きさは二十センチメートルほどだろうか。見ようによっては、筒型の打ち上げ花火に見えなくもない。下の部分が濡れていることから、土台もなく、そのまま雪の浅く積もる地面にさしたんだろうなあ。
子供たちを見ると、全員が顔を青ざめさせている。
ヤケドをしていたかもしれないと聞いて、怖くなったんじゃないかな。
「エン太くん、シシノ助くん、トト乃ちゃん、キク也くん、カノ子ちゃん、キュウ美ちゃん、ユウ司くん、ポン吉くん。火って言うのは怖いもんなんだよ。自分が怪我をするだけじゃないし、最悪死ぬことだってある」
「人だけじゃないよ。ここは村から少し離れているけど、家の近くでやっていたら家に火が移る可能性だってある。特に空気が乾燥している今、冬は火災が起きやすいんだから、子供だけで火を使ったらいけないんだ」
「ショッパの言う通り。なにかあってからじゃ遅いんだよ?」
まあ、これ……。僕もやったことなんだけどね!
エン太くんたちのことを言えない立場なんだよなあ、ショッパは知らないだろうけど。
数年前の夏に父さんと母さんと一緒に家の庭で花火をする予定だったんだけど、父さんが急に「仕事でトラブルが起きた」とか言って夕方なのにスーツを着て家から出て行っちゃってさあ。母さんは明日、父さんが帰ってきてからやろうかって言ってくれたんだけど、僕はその日じゃなきゃ嫌だと思って……。だから、まあ――母さんが夕飯を作っている間に袋から花火を出して、棚の上にあったライターを取って庭で火をつけて遊ぼうとしたら、おばあちゃんに見つかって、おじいちゃんにものすっごく怒られた。
母さんにも怒られたし、翌日のお昼ごろに帰ってきた父さんにはおじいちゃん以上に怒られたよね……。
うん、やったらいけないって言われたことは、自分で責任が取れるようになるまでやったらダメだね!
「ごめんなさい……」
「ごめんなさぁい」
「ご、ごめんなさいっ」
「俺たちだけで、火をつかうのは二度としない」
「うん。死にたくないもん」
「痛いのも嫌だしね」
「そうだね」
「ごめんなさい。おにいちゃんたち」
それから、まあ……。僕よりも子供たちのことを心配して怒っていた子供たちと仲直り、というわけではないけど、泣きそうになっているトト乃ちゃんやキク也くんを慰めて、エン太くんの家に行くことになった。
ショッパが子供たちの親にはしっかり今回のことを伝えないといけないって言うから、とりあえず赤いロウソクを持っていたエン太くんが代表として最初に怒られることになったんだよね。うん、エン太くんのお母さん怖かったなあ……。僕の父さんぐらい怖かった。
エン太くん以外の子たちは、エン太くんのお母さんが連絡したということで、すでに涙目と言うかキク也くんは泣いていた。エン太くんのお母さんの怒鳴り声、すごかったもんな……。
「それじゃあ、エン太! この子たちを家に送ってくるから、ヒロトくんと正八くんの邪魔はするんじゃないよ!」
「はーい!」
エン太くんの家に来て二十分ほど経ったころ、ようやくエン太くんへの説教が終わったエン太くんのお母さんは、シシノ助くんたちを家に送り届けるために家を出て行った。頑張れ、皆。負けるな、皆。火遊びって言うのは、やっても怖いけど、やったことがバレた時がもっと怖いんだぞ。
ちなみに僕たちが今いる場所は、エン太くんの家のリビングだ。お昼ご飯を食べるために、この村でバスを降りたことをエン太くんのお母さんに伝えた時に、外は寒いからこの家で食べていいって言ってくれたのは、とても嬉しかった。
だって、ここに来るまでの間に雪が降り出してきたからね。次のバスが来るまで一時間ほどあるし、お言葉に甘えてエン太くんの家で休ませてもらうことになったんだ。
目を真っ赤に腫らしたエン太くんに案内されてリビングに向かうと、ヒーターがあって、とても暖かい。メルはロロさんにもらった猫缶のエサを食べて、すぐにヒーターの近くに丸まって寝てしまった。長時間の移動と、体調不良、子供たちに囲まれたストレスで疲れているんだろうな。バスの時間まで、ゆっくり眠らせてあげよう。
ちなみに、僕とショッパのお昼ご飯は、ロロさんお手製のサンドイッチだ。卵とハム、レタスにトマトが入っている、栄養満点でおいしいサンドイッチは、十分と経たずに僕たちの胃の中へと消えていった。
エン太くんは、僕たちがサンドイッチを食べている間にお茶を用意してくれて、お礼を言うと真っ赤に腫らした目でニコリと笑った。
「ええと、アカリさんのことだったよね」
お昼ご飯を終えた僕たちは、エン太くんにアカリさんのことを聞いてみることにした。
アカリさんがこの村に来たのは、一昨日のこと。バスの乗っている時に、川岸になくし物に似たものを見つけてバスを降りたが、結局それはアカリさんのなくし物ではなかったと言うのはすでに聞いている。
「うーんとね……」
一昨日は今日よりも雪は積もってなかったんだけど、朝からずっと雪が降ってたんだ。あっ、外の雪は昨日どっさり降って積もった雪だよ!
その日は学校の図書館で、放課後に居眠りしちゃってさ。起きたころにはシシノ助たち、みーんなオレを置いて帰っちゃってたんだよ。オレがぐっすり寝てるから、そのまま寝かせておこうってさ。どうせなら、起こしてくれたらよかったのに……。
あ、ごめん。アカリさんのことだよね。
それで、一人で家に帰る途中、橋を渡っている時に川岸にボーッと立っているおねえちゃんがいるのが見えたんだ。その人が、多分アカリさん。
……橋?
橋って言うのは、川沿いの道を少し下ったところにある橋だよ。
えーっと、おねえちゃんがなにをしているのか気になったオレは、土手を降りてからおねえちゃんに話しかけたんだ。
「おねえちゃん、こんなところでなにしてるの? この村の人じゃないよね」
「えっと……。うん、港町から来たんだ」
「港町? それじゃあ、ここまで来るの大変だったでしょ!」
「そう、だね。ずっーっとバスに乗っていると、体中が痛くなっちゃうんだ」
おねえちゃんは、その時はなにをしているか教えてくれなかったけど、港町から来たことや、この村よりもっと山奥にある町に住んでることは教えてくれたよ。
なんで、そんな遠いところから来たのかなって思って聞いたら、大切なものをなくしたんだって。
「あのね、お母さんからあずかった大切なものをなくしちゃったんだ」
「それは……、おねえちゃんのお母さんに謝るだけじゃ許してくれないの?」
「うーん、そうだなあ。許してくれると思う」
でもね、おねえちゃんは絶対に見つけたいんだって言ってた。
「とっても、とーっても大事なものなんだね」
「うん、そうだよ。でも、なくしちゃったんだぁ……」
おねえちゃんは泣きそうな顔をしてさ、左手を見てんだ。そこには花火……じゃなくて、赤いロウソクがあってさ、なにか聞いたら、火をつけるものだって教えてくれたんだ。ロウソクなら、ロウソクだって言ってくれればいいのにね。オレが見たことあるロウソクは白くて細くて、もっと短いものだから、それがロウソクとは思えなかったんだ。
「それは、なあに?」
「これ? これは、私がなくし物と見間違えたものだよ。バスの中から川を見ようとした時に、川沿いにあるのが見えてね。赤くて、細長いものだったから見つけたと思ってバスを降りてここまで来たんだあ」
「でも、違ったんだね」
「そう……。違ったの。そうだ! 君にこれをあげるよ」
「えーっ? いらないよ、そんなの」
「でもこれ、火をつけると綺麗だよ?」
「綺麗、なの?」
「うん。暗いところで火をつけるとね、綺麗な色で光るんだよ」
暗いところで綺麗な色で光るって言うからさ、オレってばこのロウソクをすっかり花火だと思い込んじゃったんだ。
おねえちゃんには言わなかったから気づいてなかったかもしれないけど、オレは川岸に落ちていたから火がつかないかもしれないとかそういうことは全く考えてなくて、アイツらと一緒に花火を見たいなって思ったんだ。
え?
オレが友達思いで優しいって?
……へへっ、なんだか恥ずかしいな!
学校には置いて行かれたけどさ、オレはアイツらと一緒に遊ぶのが好きなんだ。
だから、まあ……。アイツらが怒られることになったんだけどな。これはオレが悪いし、あとでしっかり謝るよ。
お、おお?
なんで、二人そろってオレの頭をなんでるんだよぉー!
エン太くんから聞いたアカリさんの情報は、コガネくんやロロさんから聞いた情報とそれほど変わらなかった。
「でも、まあ……。アカリさんが昨日エン太くんの家に泊まって、今日の朝、登りのバスに乗ったことが聞けてよかったね」
「うん。追いついてきたって感じがするね~」
「でも、今日中には追いつけないわね」
すっかり元気になったメルは、相変わらず僕の膝の上に乗ってバスに揺られている。
僕たちは、バス停まで見送りに来てくれたエン太くんとエン太くんのお母さんに見送られて、予定の時間より五分ほど遅れてやってきたバスに乗った。
バスは相変わらずガタゴト、ガタゴトと音を立てながら道を進んでいたが、降り続く雪のせいで、なかなか思ったように走れていないようだ。
「これは、次の町で一回降りて宿に泊まったほうがいいね」
「子供が二人に猫が一匹だけど、泊めてくれる宿が見つかるかなあ?」
「なんとかなるさ! だって、あの村でトイレを借りることができたんだから」
それとこれとは違うと思うよ、ショッパ。
「まあ……、あんたたちならなんとかなるでしょ」
メルはゴロゴロと喉を鳴らしながら、そう言った。
確かに、なんとかなることはこれまでにあったけど、これからもなんとかなるとは限らないじゃん。
あー、宿に泊まれますように!
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