第8話 港町とロロ・2

 お姉ちゃんのあとについて行くと、そこは港の近くにある二階建ての家だった。

「ここが私の家。パパは遠くの町の漁に参加しているから、しばらく帰ってこないし、ママは夜勤で今日は帰ってこないから、気にせずに入って」

「えっと、えーっと……。お邪魔します」

「お邪魔しまーす」

 メルも、お姉ちゃんのカバンの中から「にゃあ」とつぶやいた。

 きっと、僕とショッパと同じことを言ったのだろう。

 両親が仕事で家にいないからと言って、初対面の僕たちを家に泊めようかと提案したり、家に呼ぶって……。お姉ちゃんに危機感ってものはないのかな?

 お姉ちゃんの家に着くまでの間に、お姉ちゃんの家に泊まることが決定した僕やショッパが言えることじゃないけれどね。

「ここがリビングで、ヒロトとショッパとメルは――ここ。客間を使ってね」

「ありがとうございます」

「はーい! ロロさん」

 ロロさんと言うのは、お姉ちゃんの名前だ。

 ロロさんの両親が出会った日や結婚記念日、そしてロロさんの誕生日も狼の日と呼ばれる満月の日で、狼に縁があるのだろうということで、その名前になったらしい。

 つまり、ロロさんの名前を漢字にすると『狼狼』と言ったところか。雄々しい名前だけど、カタカナならかわいい名前だよね。

「ふぅ~、やっとゆっくりできるわぁ」

 ロロさんが部屋に荷物を置いてくるということで、メルはようやくロロさんのカバンの中から出てきて、僕の膝の上にだらりと寝そべった。

 少し、毛並みが荒れているのは、路地裏で漁師さんに追いかけられたからだろう。

 頭をなでて、そのまま首からアゴの下。背中、腰、尻尾の付け根まで何度かなでると、メルはご機嫌そうにゴロゴロと喉を鳴らしながらお腹を見せる。

「あー、きーもち~」

「ふふっ、お疲れ様。メル」

「大変だったみたいだね~」

「ええ! それはもう、大変だったわ! 私は魚を盗んでいないのに、驚いて逃げ遅れたからって私にえん罪をふっかけるだなんて、最低な野郎だわ!」

 メルさんや。言葉が汚くなっているよ。

 自分が悪くないのに、魚を盗んだ犯人……猫だから犯ニャンかな。と同列にされたのが気に入らないんだよね。

「あ、そうだ。ロロさんと出会った時のことを教えてよ」

「そうそう! 僕も知りたいな~」






 私が路地裏に入ると、すぐにこの町に住んでいる猫に出会ったの。

 今年、十歳になるおばあさん猫で、すぐ近くの家で飼われているそうなんだけど、私と違って完全室内飼いじゃなくて、外に散歩に行くタイプの子ね。

 冬になると寒くてあまり外出しないみたいなんだけど、今日は調子がよかったとかなんとかで、レストランのゴミ箱の上で寝ていたそうなの。

 野良猫なら、どこかに追いやられているでしょうねえ。

「ねえ、あなた。私、ついさっきこの町に人探しにやってきたんだけど、情報収集するのにいい場所はないかしら?」

「う~ん? あら、これはまた遠くからやってきたのねえ」

「分かるの?」

「ええ、ええ。分かりますとも。あーた、探し物屋さんの猫でしょう?」

 おばあさん猫が、どうやって私を探し物屋の猫か気づいたのか分からないけれど、話が早く進んだからいいわね。

 ちょっと、ヒロト。まずは自己紹介から?

 そ、その時は急いでいたから忘れてたのよ!

 あとで、ちゃーんと自己紹介したわよ!

 ショッパも、疑わないのー!

 まあ、いいわ。それじゃあ、話の続きね。

「ええ、確かに私は探し物屋の猫よ。よく分かったわね」

「うふふ、分かるわよお」

 おばあさん猫は、私にも聞こえない大きさの声でなにかつぶやいていたけれど、さーっぱり聞こえなかったわ。

「この道をまっすぐ行ったところで、ちょうどこの界隈に住む猫たちの集会があるわ。あなたは新参者で、いじめられるかもしれないから、私と一緒に行きましょう」

「い、いいの?」

「ええ。まあ、あなたが探し物屋の猫だって知ったら、あの子たちも快く手伝ってくれるでしょう」

 あとから聞いたんだけど、あの路地裏界隈の猫たちのボスは、おばあさん猫の息子だったの。

 だから、まあ……。なんて言うのかしら。

 運がよかったってことかしらね?

 それで、おばあさん猫と一緒に集会場へ行くと、たーっくさんの猫がいたわ。母猫に連れられてきた子猫も、ひとり立ちしたばかりだろう猫も、ふてぶてしい猫も、ハーレムを作り上げている猫も……。とにかく、たくさんの猫たちが、ね。

 ……うん?

 オス猫にからまれなかったかって?

 大丈夫よお。おばあさん猫がいたから、新参者の私に近づいてくる猫はおばあさん猫の友人のおじいさん猫やおばあさん猫。それに、おばあさん猫の子供たちや、その友人にボスぐらいだったわ。

 そこで、まあ、おばあさん猫と仲の良い猫たちに、すごい綺麗な赤いものを探して港町にやってきたアカリという少女を知らないかって聞いたの。

 最初は知っている子が見つからなくて焦ったけど、十六匹目の猫が一昨日、この町からアカリが出て行くのを見た子がいたわ。

 その子のつながりで、アカリが一週間前に港町にやってきて、しばらくロロの家に泊まっていたってことが分かったのよね。

「それじゃあ、ロロって子の家を教えてくれないかしら?」

「うん~? 別にいいけど、探し物屋さんと一緒に行くんでしょう?」

「突撃訪問は嫌われるわよ?」

「多分、大丈夫。だって、新しい探し物屋は、十歳の見習いだから、なんとかなるわ!」

「子供だからと言って、知らない子が突然やってきたら驚くだろう」

 ロロの家の場所は教えてもらったけど、せめて連絡を入れてから行きなさいって言われたのよ。

 連絡先が分からないのに、どうやって連絡しろって言うのかしら。

 まあ、いろいろ面白い話が聞けたからよかったんだけどね。

 面白い話?

 それはまあ、旬の魚とか……ね。

 食い意地はってなんかないわよう!

 ヒロトもショッパも笑わないで!

 と、とりあえず話を戻すわ。

 そのあとすぐに鮮魚店で魚を盗んできた猫が走ってきてね。あまりの勢いに驚いて固まっちゃっていると、周りにいた猫たちは波が引くように、一斉にザーッと走り出したの。

 竹箒を持った男の人がやってくるのが見えて、やっと私も逃げないとって思って走り出したんだけど、完全に逃げ遅れた私は男の人に追い回されてねえ。

 そこを助けてくれたのが、ロロなの。

「猫ちゃん、こっち」

 そう言って、カバンの中に入れてくれて、男の人に「魚を盗んだ猫を見かけなかったか」って聞かれた時は、「見ていないから、別の道を曲がったんじゃないか」ってごまかしもしてくれたのよ。

 本当、助かったわあ。

 そのあとは、カバンの中に隠れながら自己紹介したり、アカリを探していて、アカリの情報を知っているだろうロロの家を探しているって話をしたら、私を助けてくれた子がロロ本人だったって話ね。

 とりあえず、まあ。私、寝てもいい?

 走り疲れてすっごい疲れたの。

 あら、いいの?

 ありがとう!

 それじゃあ、しばらく寝かせてもらうわね~。






「なんていうか、さあ」

「ね。メルって、とてつもなく運が良いよね」

 僕とショッパは、僕のマフラー代わりにしてお姉さんのポンチョの上でぐっすりと眠るメルを見つめながらつぶやいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る