第6話 正八との出会い

 バス停は、思ったより遠くにあって、コガネくんのお母さんから逃げるように走ってきた僕は、バス停に着いたころには息も絶えだえ。

 思わず咳き込んでしまったほどだ。

 雪が地面に積もっているのに、よく走ることができたなあ。

 たまに、うっかり滑ったり転んだりするのに……。メルも抱っこしていてバランスが悪い状態で、よくここまで走れたな。

「吸ってー! 吐いてー! 吸ってー!」

「メル、もう大丈夫だから、そんなに大きな声を出さなくてもいいよ」

「あら。そうなの?」

「うん」

 目的地であるバス停に着いてすぐに僕は咳き込んでしまったため、メルはものすごく心配してくれて、「私の声に合わせて深呼吸よ!」と言っていた。

 別にメルの声に合わせなくてもなんとかなると思ったんだけど、とりあえずメルの声に合わせて深呼吸を何度か繰り返した。

 うん、メルの言う通りにしてよかったと思います。

「ふぅ……。それじゃあ、港町行きのバスが何時に来るか確認しようか」

「港町行きのバスなら、五分後に来るよ」

「へえ、そうなんだ。……って、誰?」

 バス停にある時刻表を確認しようとしていると、僕の隣にいつの間にかいた、僕と同い年ぐらいの少年が立っていた。

 ニット帽に、もふもふのついたジャケット、手袋と温かそうな格好の少年は、ニコニコと笑っている。

「ボクは正八しょうはち。ショッパって呼んでよ」

「ショッ……パ?」

「うん。あだ名なんだ」

「へえ、そうなんだ。僕はヒロトって言うんだ。よろしくね」

「ヒロトか。よろしくね~!」

 正八。……ショッパでいいか。なかなか変なあだ名だと思うんだけど、ショッパが気にしてないならいいのかな?

「私はメルって言うの! よろしくね、ショッパ」

「……へえ、メルって言うんだあ。よろしくね~」

「ええ!」

 ああ、ショッパもメルが人間の言葉をしゃべったことに驚いたようだ。

 アカリさんの兄弟にコガネくん母子、ショッパは、お姉さんや服屋の店長さん、町にいる人たちとは違ってメルが人間の言葉をしゃべっていることに驚いている。

 もしかして、メルに反応する人はここの――物語の中のキャラクターから生まれたんじゃないかなあ。

 でも、それが見分ける方法だったら、そのうちメルに危害を加える人が現れるかもしれない。

 僕はメルが大好きだけど、動物が嫌いって言う人もいるし、もしかしたら化け物って言われてしまうかもしれない。

 ここではメルだけが頼りだし、メルをしっかり守らなきゃ……。

「ヒロト~。なにをぼんやりしているの?」

「うん? ああ、ごめんね。港町への路線を確認していたんだ」

 メルが腕の中から僕を見上げていた。

 心配かけないように気をつけないとなあ……。

「港町までの道にはバス停が四つあるんだね」

「そうだよ~。ここから五つ目のバス停が港町の町中にあるんだ」

 一つ目のバス停は、ここから少し離れた場所。

 二つ目のバス停は、この町の一番端っこ。

 三つ目のバス停は、この町と港町との間にある小さな村の中心。

 四つ目のバス停は、港町の入り口。

 そして、五つ目が港町の町中にある、僕たちの目的地だ。






 ブロロロ。

 音を立てながらやって来たバスは、思ったよりも小さい。

「港町行きー、港町行きー」

「よし、乗るわよヒロト!」

「うん」

 僕とメルがバスに乗ると、バスの中は数人の乗客がいた。

 どこに座ろうか……。

「おーい、ヒロト。こっちに座ろうよ!」

 って、あれ?

 ショッパがいる。

 もしかして、ショッパも港町に行くのかな?

 ショッパの座っている席はバスの一番後ろ。バスが走り出す前に急いで行くと、ショッパは笑顔で「ここならメルもゆっくりできるよ」と言った。

 それはありがたい。

 ずっと抱っこしていたから、腕が疲れていたんだ。

「ふぅ、やっと座れたー」

「お疲れ様、ヒロト。ずっと抱っこしてくれてありがとう」

「いいよー、メル。だって、雪は冷たいからね」

 雪の中で遊ぶ猫もいるけれど、雪の積もった地面をメルに歩かせるのは、ちょっとねえ。

 それに、ここでメルとはぐれたらいけないし、抱っこして一緒に行動したほうが一番いいと思ったんだ。

「ふふっ、仲が良いんだね」

「ええ、そうよ。ヒロトと私はとっても仲良しなの!」

 どっちかって言うと、メルはおばあちゃんと仲良しだと思うんだけど……。

 お母さんが拾ってきて、でもお母さんは忙しいから、おばあちゃんとおじいちゃんが育てて、僕はなでたり抱っこして、たまに一緒に寝るだけだし。

 ……あれ?

 メルって、こんなに人なつっこかったっけ?

「ねえ、ヒロトは町になにをしに行くの?」

「え? あー、人探しだよ」

「人探し? 誰か知り合いでもいなくなったの?」

「ううん、知り合いじゃないんだ」

 そう言うと、ショッパは驚いた顔をしていた。

 確かに、知り合いでもない人を探すだなんて、ちょっとおかしいよね。

 僕もそう思う。

 ただ、これは探し物屋としたの仕事と、元の世界に戻るためにやらないといけないことだからね……。

「知り合いじゃない人を探すって、どういうこと?」

「ヒロトはね、探し物屋なの。おうちに帰るためには、探し物屋を呼んだ人に会わなきゃいけないんだけど、その人が行方不明になってるみたいだから、その人を探している途中なのよ~」

「えっ? ヒロトは探し物屋なんだ!」

「うん、一応ね。今日、探し物屋になったばかりだから、見習いって感じなんだけどさ」

 まあ、見習い期間が本番なんだけどね!

 探し物屋としての力みたいなものは、コガネくんお母さんを見た時にちょっとだけ使ったみたいだけど、突然のことだったし、自分の意思で使えるのかは分からない。

 ただ、メルの話を聞いたかぎりじゃ、自分の意思で使えるものとは思えないんだよなあ。さっきのこともあるけど、どう考えても突然見えるっていうか、分かるって感じだったし……。

 一人前の探し物屋って、どうやったらなれるんだ?

 いや、一人前になろうとは思ってないんだけど、一人前にならないとすぐに家に帰れないっていうか……。

「でも、すごいよ~。探し物屋ってなろうと思ってもなれるものじゃないしさ」

 強制的にならされたんだけどね。

「あ、そうだ。ボクも人を探しているんだけど、ヒロトの探している人が見つかったら、少しだけ手伝ってほしいんだ。ボクも、ヒロトの人探しを手伝うからさ」

「うん? うーん、僕は手伝ってもいいけど……。メル」

「なあに~?」

「アカリさんの探し物を見つけたあとって、僕はすぐに帰るの? それとも、自分が帰りたいタイミングで帰れるの?」

「そうねえ。その時によるとしか言えないわ」

 なんだそれ。

 つまり、アカリさんを見つけて、アカリさんの探し物を見つけて行方不明事件を解決したら、もしかしたらすぐに元の世界に帰るかもしれないし、もしかしたらすぐには帰れないかもしれない?

 ちょっとそれは困るなあ。

「ねえ、ヒロト」

 僕が悩んでいると、ショッパが話しかけてきた。

 さっきまでニコニコと笑っていた時とは違って、真剣な表情をしている。

「どう……、したの?」

「ヒロトが探している人は、なにかなくし物をしているの?」

「え、うん。そうだよ。すごく綺麗な赤いものを探しているんだって。それをなくしちゃったから、もう一ヶ月も家に帰ってないそうなんだ」

 僕が言うと、ショッパは少しうつむいて、なにかを考えているようだった。

 どうしたんだろう?

「ねえ、ヒロト。ショッパったら、どうしちゃったのかしら」

「どう、したんだろうねえ?」

 全くもって分からない。

 ガタゴト、ガタゴト。進むバスの中は、何人かの乗客が降りては何人かの乗客が乗り、三つ目のバス停を過ぎたころには、ほとんどの席が埋まっていた。

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