第5話 アカリを知る少年

「つまり、探し物屋は行方不明になっている人を必ず見つけたいと思っている人に出会えば、その人が探している人のいる場所がなんとなく分かるんだね」

「ええ、そうよ。そして、なくした物を探している人がいる場合は、その人を見たり、話を聞くと、なくした物のある場所がなんとなく分かるの」

 なんとなくばかりじゃないか。

 曖昧すぎるぞ、探し物屋。

「……そうだ。メル、聞きたいことがあるんだけど」

「なにかしら? なんでも聞いてちょうだい」

 メルが人間の言葉をしゃべる理由を聞いても教えてくれなかったくせに……。

 まあ、いいや。

「なんで、あの二人が探しているアカリって人が、困っている人なの? どう見ても、あの二人のほうが困っていると思ったんだけど」

「ああ、そのことね。探し物屋はね、この物語の中で困っている一人のキャラクターに呼ばれるものなの。あの二人は確かにアカリって子を探していたけれど、その子は一ヶ月前から行方不明になっている。そして、警察が探し物屋を頼るってことは、アカリって子がヒロトをこの物語の中に呼んだキャラクターなのよ」

 へ、へえ……。

 単純そうなのに、なかなか複雑そうだなあ。

 つまり、メルの言ったままなんだけど、僕をここに呼んだのはアカリさんってことだ。

 理由は知らないけど、一ヶ月前から行方不明になっていて、後ろ姿が僕に似ているらしい。

 あの二人は、警察から探し物屋にしかアカリさんを見つけられないと言われたとかなんとか。

 父さん、母さんって言ってたから、あの二人はアカリさんの兄弟なんだろう。アカリさんも、あの二人みたいに文句を言ってくるような人だったら嫌だなあ。

 関わり合いになりたくない。けど、アカリさんを見つけないと僕は帰れないから、探すっきゃないんだよな、これ。

「探し物屋はね、自分をこの世界に呼んだ人と出会った時点で、その人が探し求めているモノの場所がどこなのか分かるの。なんとなく、だけどね」

「なんとなくが多すぎないか、この仕事」

「それは私も思った。でも、これってけっこう感覚的な仕事だから、なんとなくって言うしかないのよ~。私だって、ちゃんとコレはコレだって、はっきりと言い切りたいんだけどさあ!」

 なるほど、メルもメルでいろいろ悩み事があるんだな。

「うん、まあ……。それなら仕方ないね。はい、続き続き」

「うぅ~」

 メルは器用に頭を抱えて、唸る。

 かわいいけど、そのまま寝ないでね。

「つーまーりー、探し物屋は困っている人に呼ばれて、その人の困りごとを解決しないと元の世界に帰れないんだけど、その困っている人を見つけるまでが難しいの。その人がどこにいるかは、探し物屋が自力で見つけ出さなきゃいけないからね」

「でも、見つけたらと言うか、その人に出会えさえすれば、その人の探しているモノを見つけることができるんだよね? 人でも、物でも」

「ええ、そうよ。分かってくれて嬉しいわ~!」

 言われたことを反復してるだけだよ、メル。

 ご機嫌なメルのアゴから首もとをなでると、ゴロゴロと喉を鳴らす。うん、かわいい。

「んー、ってことはあれだ。アカリさんは、なにかなくした物があるってことだよね? それを探しに出たまま帰ってこないから、アカリさんの兄弟が探しに出てきたってわけだ」

「そういうことになるわね。もし、あの二人がヒロトをここに呼んだキャラクターなら、ヒロトは今ごろアカリさんの居場所を見つけているはずよ」

 自信ありげに言うメルだが、僕がほんの数十分に探し物屋になったわけでして……。

 本当に、その人を見ただけで分かるものなのかなあ?

 まあ、ここで立ち止まっていても体に雪が積もるだけだ。

 暗くならないうちに、町の人にアカリさんを知らないか聞いてみよう。

「それじゃあ、メル。僕と同じぐらいの年頃のアカリさんは、町の中ならどこに行くと思う?」

「え? そうねえ……。女の子だってんなら、雑貨屋さんに本屋さん、カフェに花屋さん。大穴でゲームセンターとか?」

 大穴って……。確かに、ゲームセンターには老若男女問わずいるけどさあ……。

 警察が探し物屋を頼るのに、町中のゲームセンターに隠れているってことはないだろ。

「ありえない話じゃないけど、なんか違う気がする」

 その時、背後から小さい男の子の声がした。

「おにいちゃん、アカリちゃんを探しているの?」






 振り返ると、そこには女性と手をつなぐ、オレンジ色の手袋をした金髪の男の子だった。

「えっと……」

「ええ、そうよ。このお兄さんは、アカリって名前の女の子を探しているの」

 言いよどむ僕の代わりに、メルが男の子に返事をした。

 男の子は「猫がしゃべった……」と驚いたのか小さくつぶやく。

 さっきの二人もメルがしゃべったことに驚いていたし、お姉さんが驚かなかったのはもしかしておかしいのか?

 お姉さんは普通にメルとしゃべっていたからなあ……。

「えーっと、君はアカリさんを知っているの?」

「うん。ぼくのしってるアカリちゃんが、おにいちゃんの探しているアカリちゃんかは分からないけど……。ぼくのしってるアカリちゃんは、昨日、ぼくのおうちに泊まったんだよ。ね、お母さん!」

 男の子が隣にいる女性、男の子のお母さんに言うと、女性は困ったような表情をしながらうなずいた。

 そう言えば、僕ってなかなかあやしいよね。

 人間の言葉をしゃべる猫を連れているし……。

「えっと、あの。僕はヒロトと言います。探し物屋の見習いで、一ヶ月前から行方不明になったアカリさんという女の子を探しているんです」

「あら。まあ……、探し物屋さんだったの」

「はい。えっと、この子はメルって言って、僕をサポートしてくれるんですよ」

 僕がメルのことを紹介すると、メルはドヤッと自信満々そうな顔をする。

 僕は飼い主だからなんとなく分かるけど、男の子と女性にはどんな表情なのか分からないと思うよ、メル。

 マフラーで顔がちょっと隠れてるから、どっちかって言うと怖い顔に見えるよ?

「ぼくはコガネって言うんだよ! 今日はお母さんと一緒に、ぼくの手袋を買いにきたんだ~」

「ああ、雪が降って、とても寒いもんね」

「うん! 去年の手袋はちいちゃくなっちゃったから、新しい手袋を買ってもらうんだよ!」

「それはいいわね~。私もさっき、服屋さんでマフラーを作ってもらったの」

「メルちゃんはちいちゃいから、売っているものじゃ大きそうだもんね!」

 コガネくんは、メルと楽しそうに話している。

 これは、コガネくんから話を聞くより、コガネくんのお母さんから話を聞いたほうが早いな。

 メル、コガネくんの相手は頼んだ!

「あの、僕たち、アカリさんに呼ばれてここに来たんですけど、アカリさんに会わないと、アカリさんが探しているものを見つけてあげられないんです。今、アカリさんがどこにいるか知っていますか?」

 僕がたずねると、コガネくんのお母さんはさっきよりも困った顔になってしまった。

 なにか、あったのだろうか?

「ごめんなさいね。アカリちゃんが今、どこにいるかは分からないのよ。昨日、突然雪が降ったでしょう? どうしても必要なものがあったから、買い物に出かけて、その帰りに寒さで震えるアカリちゃんをコガネが見つけてね。泊まる場所がないって言うから、うちに泊めてあげたのよ。でも、朝起きたら、アカリちゃんたら手紙を置いていなくなっちゃってたの」

「そう、なんですか……」

 ここは、元の世界と同じで、昨日から雪が降り続いている。

 アカリさんは寒さに震えていたということは、一ヶ月前から家に帰っていないせいで薄着だったのかもしれない。

 コガネくんの家に泊めてもらったアカリさんは、今朝、いなくなっていた……。

 急いでいるのかな?

「アカリちゃんはねえ、探し物をしているんだって~」

「探し物? それはどんなもんか分かる?」

 コガネくんは、メルにアカリさんが探し物をしていると言う。

「なんかねえ、すっごい綺麗な赤いものって言っていたよ! 大事な物をなくしちゃったから、それを探して港町のほうから来たんだって~」

 すごい綺麗な赤いもの……、かあ。

 赤いものって言うと、いろいろありすぎて分からない。食べ物ならリンゴ、トマト、サクランボ。食べ物以外なら夕日、宝石、バラとかね。

 すごい綺麗なって言うぐらいだから、宝石とかそういうものなのかなあ?

「そっかあ~。港町って言うのは、どこにあるの?」

「港町? あのね、この町の隣にある町だよ! この道の先にあるバス停でバスに乗って十分ぐらいしたところにあるんだ」

「そうなんだ! コガネはいろんなことを知っているのね」

「えへへ~」

 メルの言葉に、コガネくんは照れていた。

 それにしても、いい話を聞いたぞ。

 アカリさんが今、どこにいるかは分からないけれど、港町へ行けばアカリさんを知っている人が見つかるかもしれない。

「あまり、役に立てなくてごめんなさいね」

「いえっ! これからどうしようかって困っていたので、本当に助かりました! コガネくんも、ありがとうございます」

「えへへ~、お母さん。ぼく、おにいちゃんとメルの役に立てたよ」

「ええ、そうね。……それじゃあ、新米探し物屋さん。お仕事頑張ってね」

「もちろんよ!」

「はい!」

 と、その前に……。

「コガネくんのお母さん。もし、探している人がいるなら花屋さんに行ってみてください」

「えっ? ちょっと、待っ」

「それじゃあ、ありがとうございました―――――!」

「ばいばーい!」

「おにいちゃん、メルばいばーい!」

 僕はメルをしっかり抱きしめながら、その場から走り出した。

 目的地は港町へ行くためのバスが出ているという、この道の先のバス停だ。






「ねえ、ヒロト。コガネのお母さんが探している人って、もしかして見えたの?」

「ん? うん、そうだよ。なぜかは知らないけど、知らない女性の姿が見えてさあ。その女性の姿がどんどん小さくなって、いつの間にか隣にコガネくんのお母さんが小さくなったような女の子と一緒に遊んでいる映像が見えたんだ~」

「そっか……。そうか、そうか! それは、立派な探し物屋になる一歩だよ!」

 ふうん、そうなのか。

 僕にはよく分からないというか、初めてのことだから、その映像が見えた時は驚いてしまった。でも、コガネくんのお母さんと話をしている途中だったから、必死で表情を変えないように我慢したんだ。

 しかし、あれが探し物屋の能力。魔法みたいなものだって言うなら、なんだか見たくないものまで見てしまいそうだなあ。

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