第4話 ナガレボシ三兄弟…光一、三希

「とにかく、探さないことには始まらないわ」

「うん、まあ……。そうなんだけどさあ」

「ぐ、ぐぅ……。悪かったわねえ!」

 いや、悪いとは言ってない。

 ただ、頼れると思ったら、思いのほか役に立たないことが判明したってだけで……。

 あ、これ悪いって言っているのと一緒か。

 口に出してないから大丈夫。なんとかなるさ!

「あら? もしかして、もう行っちゃうの?」

「あ、お姉さん」

 キッチンから出てきたお姉さんは、ケーキをのせたトレイを持っていた。

 チョコレートのケーキだ。

 それと……、猫用のカリカリ?

「おやつにはまだ早いけど、ケーキと猫ちゃん用のカリカリを用意したんだけれど……」

「カリカリ!」

 お姉さんの言葉に、メルが反応した。

 これは、カリカリを食べないと困っている人を探しには行けない予感。

 現に、メルがウルウルした目で僕を見つめてくる。

 ……はあ、仕方ないか。

「えっと、ちょっとお腹がすいたから、食べてから行こうかなー」

「ありがとう、ヒロト!」

「あらあら。優しいのねえ、ヒロトくん」

 お姉さんは笑いながら、ソファの前にあるテーブルにトレイを置き、トレイからチョコレートケーキののったお皿と、カリカリの入ったお皿を、それぞれ僕とメルの前に置いてくれた。

 チョコレートのスポンジに、チョコクリーム。トッピングにココアパウダーとチョコレートづくしの美味しそうなケーキだ。

 飲み物はすでに冷めてしまったホットミルクの代わりに、僕には温かいココア。メルには、温めていない、そのままのミルクが入ったお皿を出してくれた。

「ありがとうございます」

「ありがとう!」

「いえいえ、どういたしまして。それ、私の自信作なのよ」

 お姉さんが指さすのは、僕の前に置かれたチョコレートケーキ。

 つまり、これはお姉さんの手作りということだ。

「とても美味しそうで、食べるのが楽しみです」

「本当? それはよかった。それじゃあ、猫ちゃんも急がずゆっくり食べていってね。外はまだ雪がちらほら降っているから、急いで外出しないように!」

 コクリ。うなずくと、お姉さんはにっこり笑って僕とメルの頭をぐしゃりとなでて、キッチンへと歩いて行った。

 面倒見がいいんだろうなあ。

 初対面なのに、なにも聞かずに優しくしてくれるし……。

 もしかして、お姉さんも物語のキャラクターだったりするのだろうか?

「ねえ、メル」

「んぐんぐ、んぐっ! なあに、ヒロト」

「あのお姉さんは、物語のキャラクターなの?」

「んんん~? いいえ、違うわ。あの子はキャラクターから生まれた子じゃない。お人好しというか、面倒見がいいだけでしょ。おかげで私たちが助かってるわけなんだけどさ」

 そっかあ……。そうなんだ。

 てっきり、お姉さんもキャラクターだと思っていたんだけれど……。うん、気にしないでおこう。

 お姉さんは優しい人だから、僕たちを助けてくれた。それでいいじゃん。






 それから十分もしないうちにケーキとカリカリを食べ終えた僕たちは、お姉さんにお礼を告げてカフェから出ることにした。

 ここのお金を持っていないことに気づいた僕だったけれど、メルがしっかりと財布を持っていたので助かった。

 お金は元の世界と似ていて、コインと紙幣に分かれている。コインは一エンから五百エン、紙幣は千エンから一万エンまで。お金の単位は円ではなく、エンだったけれど、漢字かカタカナかの違いだけで、お金に関しては特に困らないことが判明した。

 まあ、お金を払おうとしたのだけれど、お姉さんは受け取ってくれなかったんだけどね。

 ホットミルクもチョコレートケーキ、ココア、メルのミルクやカリカリも、全部お姉さんのサービスなんだってさ。

「またのご来店、お待ちしてま~す」

 雪の降る日でお客さんも僕たちが来る前に数名いただけだから、「気にしないで」とのこと。

 僕としてはちゃんとお金を払いたかったんだけれど、お姉さんの好意に甘えることにした。

 ひゅるる~。

 カフェから出ると、冷たい風が吹いている。

 上下左右。ななめからも、クルクルと。

「う~、寒いわねえ」

 そう言うメルは、お姉さんからもらったポンチョを羽織る僕の首元から顔を出して、辺りをキョロキョロと見回していた。

 首がくすぐったいなあ、もう。

 これから僕たちがやらないといけないことは、まずは防寒具を買うことだ。

 なぜか長靴は履いていたけれど、ジャケットに手袋、帽子がないから、とにかく寒い。お姉さんがポンチョを貸してくれて助かったよ……。

 あとで返しに行かなきゃなあ。お姉さんは次に来店する時でいって行ってくれたけど、お姉さんが外出する時に必要になると思うし……。






 しばらく歩いていると、服屋さんを見つけた。

 お店の中に入ると、店員のおじさんが薄着の僕に驚いていたけれど、仕方ない。

 ここに来ることを知っていたら、防寒着はしっかり持ってきていたよ。

 まあ、ここに来るだなんて思いもしなかったから、今更と言うか、どうしようもないんだけどね!

 おじさんはどうやら店長さんだったようで、僕がジャケットと手袋に帽子を買おうとすると、半額で売ってくれた。

 雪が積もっているような日に、手袋も帽子もなかったから、訳ありだと思われたのかもしれない。

 まあ、間違っていない。

 店長さんにお礼を言って、僕は店の入り口で大人しく待っていたメルを抱き上げて、店の外に出た。

 お姉さんのポンチョはストールみたいなものだったので、今は僕のマフラー代わりだ。ちなみに、メルは店長さんがその場でパパッと作ってくれたマフラーをしている。

 猫にマフラーとは、これ如何に。

「さて、暖かくなったことだし、困っている人を探しに行きましょうか!」

「……どこに?」

「うっ、そ、それは……。歩いていれば見つかるわよ!」

 なんと、投げやりな。

 でも、困っている人は迷子だったりするらしいから、僕が探しに行かないといけないんだよなあ。

 ……わあ。体力もつかな?

 メルを抱っこしながら、ぼんやり考え事をしながら町中を歩いていると、背後から急に肩をつかまれた。

「アカリッ!」

「……は?」

「えっ、アカリじゃない!」

「はー? 人違いかよ。紛らわしい」

 肩をひかれて振り向くと、そこには僕と同い年ぐらいの男の子が二人立っていた。

 いや、僕より少し年上かな?

 アカリという人に間違われた僕は、なぜか二人に「紛らわしい格好するな」とか文句を言われている。

 いやいやいや、話しかけてきたのはそっちだし、まずアカリって誰だよ。

「はぁ……。そっちから話しかけてきて、文句を言うのはお門違いじゃないの~?」

 メルがあきれたように言うと、二人は驚いたようにメルを見ていた。

「猫が……」

「しゃべった……?」

「あら、猫がしゃべっちゃダメなのかしら。そこら辺の町行く猫たちだって、しゃべるのに」

 ちょっと待って。それは初めて知った。

 そこら辺の猫も人間の言葉をしゃべるんだ……。

「うん? ちょっと待て。お前もしかして探し物屋か!」

「探し物屋だってっっっっ?」

「えっと、まあ……。新米ですけど」

 つい数十分ほど前に、三代目に強制就任させられた新米も新米。シロウトですけどね。

「それじゃあお前! アカリを探してくれ!」

「身長はお前ぐらいで、ショートカットの女の子だ!」

「一ヶ月前に散歩に出かけたっきり、家に帰ってこないんだよ」

「父さんと母さんが警察に連絡をしたけど、探し物屋にしか見つけられないって断られたんだ!」

 えっ、え―――――?

 いやいや、待ってくれ。

 なに言ってくれちゃってんだ警察―――――!

 えっ、探し物屋ってそんなに物語の世界ではメジャーな職業なの?

「探し物屋なら、すぐにアカリを見つけられるだろう?」

「え、いや、その……」

「なんだよ。新米とか言ってたけど、すぐに探せないってのか?」

 えええー、なんだこの人たち。

 失礼って言うか、俺様って言うか……。うん、やっぱり失礼だ。

「あのですね、僕はついさっき探し物屋を継いだところなんです。今すぐ探せって言われも、見習い同然なので探せませんよ」

「はぁ? なんだよ、役に立たねーな」

 うっわ、本当に失礼。

 めちゃくちゃバカにしたような目で見てくるし、メルが怒って僕の腕に爪を立てている。

 痛い。メルさん、それは痛い。ジャケットごしに腕から血を流させようとしないでくれ。

「行こうぜ、三希」

「はーい」

「やっぱり、警察も探し物屋もアテにならねえな。俺たちで見つけ出さないと」

「寒さに弱いんだから、部屋にこもっとけばいいのにさあ」

 二人はぶつぶつと文句を言いながら、人混みの向こうへと消えていった。

 いやあ、なんと言いますか。とにかく失礼な人たちだったなあ。

 役に立たないのは分かっているけれど、困っている人を助けないと元の世界に戻れないから、人探しを手伝おうと思ったのに……。

「……つけた」

「メル?」

「見つけた! 見つけたわ、ヒロト!」

「えっと、なにを?」

 メルは興奮したように、僕を見て言う。

「困っている人よ! きっと、あの二人が探していたアカリって女の子が、私たちの探している子よ」

「そうなの?」

「ええ、そうよ。きっと!」

 それなら、あの二人を追いかけたほうがいいのだろうか?

 でも、今から追いかけても追いつけないと思うんだよなあ。

 ……それにしても、探し物屋にしか見つけられないか。

「メル」

「なあに? ヒロト」

「探し物屋が、どうやって探し物を見つけることができるのか……。い・ろ・い・ろ、教えてくれる?」

「あら、そう言えば教えてなかったわ。ごめんね!」

 こいつ……。全く反省してないだろ。

 とにかく、探し物の見つけたかたについて聞かないと、このまま先に進むのは危険だろうなあ。

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