第3話 ヒロト、探し物屋になったらしい
さて、まずは情報をまとめてみようと思う。
今日の放課後、僕は小学校の図書館で本を読んでいた。図書館は、正式には図書室と言うんだけれど、この情報は関係ないから置いておこう。
窓際の席に座って、校庭で雪遊びをするクラスメイトや生徒たちの声を聞きながら、なぜか無性に読みたかった本を読んでいると、突然、本から文字という文字が消えてしまったのだ。
表も裏も、横も中も、カバー裏は確認していないから分からないけれど、見える範囲の文字は消えてしまい、真っ白な紙だけが僕の目の前に広がっていた。
誰もいない図書館。
白い光。
知らない場所で、雪に埋もれながら眠っていた僕。
人間の言葉をしゃべるメル。
メルの様子に驚かないお姉さん。
うん、まとめようと思ったけれど、うまくまとまらないね!
まだ頭が混乱しているのか、後半は箇条書きのようになっちゃったよ。
「お待たせしました~。毛布とホットミルクです」
「あ、ありがとうございます」
「ありがとうねー!」
「いえいえ。それと、毛布にくるまる前にこのタオルで、雪でぬれたところをふいてね。ふき終わったら、背もたれにかけておけばいいから」
「分かったわ!」
お姉さんはにっこり笑って、店の奥……キッチンへ戻っていった。
二枚の毛布とタオル。そして、ほかほかのホットミルクが入ったマグカップとお皿が、それぞれ一つ。
……あれ?
「メル。猫舌なのにホットミルクを飲んでもいいの?」
「えっ……。そっ、そうね! 忘れてたわ」
忘れることじゃないと思うんだけど……。
「冷ませば大丈夫よ! きっと!」
そうかなあ?
お姉さんに渡されたタオルで頭をふきながらメルを見ると、へたくそな口笛を吹き出した。
うん、ごまかせていないぞ。メル。
「お姉さんに、冷たいミルクを注文し直したら?」
「ええっ? だ、大丈夫よ。ほんとに!」
……メルがそう言うなら、いいか。後悔したって知らないけどね。
「うあっちぃ! ちょ、あ、これあっつい!」
……言わんこっちゃない。
メルはソファから飛びおりて、お姉さんのほうへ向かって走って行ってしまった。
はぁ……。
さて、話を戻すことにしよう。ここがどういう場所か分からないし、もう少ししたら五時になるところだったから、早く家に帰らないとおじいちゃんとおばあちゃんが心配してしまう。
六時ごろにお父さんが帰ってくる予定だって言って、お母さんも昨日から家族全員そろった夕食を楽しみにしてるんだ。
早く帰らなきゃ……。
「お待たせ! あの子に頼んで常温、温めていない状態のミルクをもらってきたわ」
「それは、よかったね。……それで、お皿は?」
「はっ! キッチンに忘れてきちゃった」
「メル……」
「そんな目で見ないで!」
いや、見たくもなるだろ。
しっかりしているのか、ぬけているのか。よく分からない子だなあ。
恥ずかしそうに前足をクロスさせて顔を隠しているメルを見つめていると、キッチンからお姉さんが現れて、温めていないミルクの入ったお皿を持ってきた。
「ごめんなさいね~。猫ちゃんは猫舌だってこと、すっかり忘れていたわ」
「あー、うちのメルがすみません」
「いいのよ~。今日は雪でお客さんも少なかったし、かわいいお客さんたちは気にせずゆっくりしていってね」
お姉さんはそう言って、ホットミルクの入ったお皿と、温めていないミルクの入ったお皿を交換して、キッチンへと戻っていった。
よく分からない人だけれど、優しい人でよかったなあ。
「ああ、おいしい。生き返るわ~」
お皿からミルクを飲むメルは、ご機嫌そうに尻尾をふっている。
毛布を肩にかけて、テーブルの上に置いてあるマグカップを手に取ると、ふわり。温かな湯気とともに、ミルクのいい匂いがした。
「さて、そろそろ説明しないといけないわね」
ドヤッ!
なぜかは知らないが、メルは自信満々といった顔をしている。
「そろそろって言うか……、もう一時間は経ってるよね?」
「うっ……、そ、そうね!」
図星をつかれたのか、メルは僕から視線をそらした。
じーっ。
じ―――――っ。
「うっ………………」
ごまかせそうとしているのか、視線をそらしたままのメルをじーっと見つめていると、メルはどうしようかと視線を左右に動かし始めた。
これは、これ以上せめても話してはくれないんだろうなあ。
「はぁ……。一時間も待った理由は聞かないでおいてあげるよ。一時間前の僕は雪にまみれて体も冷えていたし、話を聞くどころじゃなかったかもしれないからね」
「そ、そうよね!」
助かった!
……とばかりに、ひきつり気味の笑顔を見せるメル。なんだか、僕が悪いことをしてしまったようじゃないか。
まあ、今はとにかくメルの説明を聞こうじゃないか。
ここはどこで、三代目探し物屋とはなんなのか。そして、メルが人間の言葉をしゃべるのはなぜか。
最後に関しては、教えてくれなそうなんだよなあ……。
「それじゃあ……。まずは、ここがどこかという疑問に答えるわ」
「うん、よろしく」
「ええ、任せて」
そして、メルは一つ深呼吸をすると言った。
「ここは、ヒロトが図書館で読んでいた本の中――の物語から生まれた世界。いわゆる異世界というものね」
おっと、なんだかファンタジーなことを言い出したぞ。
でも、否定はできない。なんたって、図書館にいたはずの僕が、気づいたら雪の積もった知らない町に瞬間移動するだなんて、現実的な話ではない。
とにかく、メルの説明をしっかり聞いて、早く元の世界に帰らなきゃいけないな。
「つまり、狐や猿やトンボや雀なんかがしゃべる世界ってこと?」
「いいえ、そうじゃないわ。物語から生まれた世界は、物語そのものじゃあないの。ヒロトが言ったように、狐や猿みたいな動物はいるわよ? けれど、物語の中に出てきた動物たちは、そのままの……動物の姿をしているわけじゃないの」
つまり、僕が読んだ物語の中に出てきたキャラクターたちは、そのほとんどが動物の姿をしてたけれど、この世界では人間の姿をしているかもしれないわけだ。
物語から生まれた世界が、物語そのものじゃないってことは、もしかしたら、動物たちが人間の姿になってしまったから、物語とは違う生活をしていることも考えられる。
ううん……、これじゃあ誰が物語の中に出てきたキャラクターから生まれたかなんて、分からないじゃないかなあ。
「物語の中に名前の出てきたキャラクターから生まれた、人間の姿をしているキャラクターを見分けるのは私に任せてちょうだい!」
「メルは見分けることができるの?」
「ええ、もちろん! ヒロトもそのうち、できるようになると思うんだけど……。慣れが必要だから、今は気にしなくていいわ」
え、僕もできるようになるんだ。
それは驚いたなあ。……って言うか、慣れればできるもんなんだ?
「私も最初はできなかったもの。大丈夫よ!」
僕の膝の上に乗ってきたメルは、前足で僕の肩をぽすぽすっと叩いた。
励まそうとしてる、のかな?
「うん、ありがとう」
メルがかわいいから、なんとかなるか。
そう思いながらメルの背中をなでると、もっとなでろーって感じで僕の鼻にメルが顔をすりつけてきた。
ご機嫌なのはいいけれど、説明の続きが聞きたいのでやめさせると、メルは不満そうな顔をする。
仕方ないだろ。まだ説明は、始まったばかりじゃないか。
「はぁ……。説明の続きをするわね。次は探し物屋についての説明でいいかしら?」
「うん。って言うか、それが本命」
「そりゃそうよねえ」
メルはどこか遠くを見つめるような仕草をしたあと、僕に視線を戻して話し始めた。
「探し物屋って言うのは、簡単に言えば、この世界で困っている人たちを助けるお仕事よ」
「困っている人?」
「ええ、そう。この世界は物語から生まれた世界だけれど、物語と同じ道を通った世界じゃないの。けれど、なぜか物語と同じように行動してしまう子がいるのよ。そういう子は、気づかないうちに迷子になってしまって家に帰れなくなったり、なくした物が見つからなくて探しに出たまま家に帰らなかったり……。なーぜーかー、行方不明になるのよねえ」
もしかして、僕はその……行方不明になった人を探さなきゃいけないのか?
……どうやって?
「気づいていると思うけれど、探し物屋の仕事は物語の中で行方不明になった人や、なくした物を見つける探偵みたいなものよ。探し物屋が物語の中に連れてこられるのは、物語の中で困っている人がいる時。今、ヒロトがここにいるってことは、この物語の中のどこかで、誰かが困っているということなの」
つまり……。
「それを解決しないと、元の世界には帰れないんだね」
「そういうこと! 大丈夫。不安でいっぱいでしょうが、ヒロトには私がついているわ」
メルは器用に前足で自分の胸をポンッと叩いて、言った。
それから幾つかの説明を聞いたが、メルが人間の言葉をしゃべる理由については教えてもらえなった。
まあ、メルの説明がないと僕がここで生きていないから、いつか教えてくれるものとして放っておこう。
探し物屋は、困っている人を助ける職業らしい。
それは誰でもなれるわけじゃなくて、なんか気づいたら選ばれて巻き込まれるらしい。
初代も、二代目もそうやって探し物屋に選ばれて、様々な物語の中で困っている人々を助けてきたそうだ。
ううん……。困っている人を助けるのは、探し物屋として仕方がないと思うんだけれど、正直なところ、僕が一番困っているような気がするんだよなあ。
できるだけ早く困っている人を見つけて、解決しなきゃ。
「それで、メル」
「なあに、ヒロト」
「この物語の中で、困っている人はどこにいるの?」
「え……?」
えっ……。
この反応はもしかして……。
「ごめんなさい。私、探し物屋のサポートは初めてだから、そこまでは分からないわ。この世界にいるってことは分かるんだけど……」
困っている人は探し物屋であるヒロトにしか分からないのよねえ……。
なんて言うメルを見て、前途多難な気配を察知する僕であった。
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