第2話 ヒロト、探し物屋になる

 しんしんと降る雪が、いつもは騒がしい校庭を白く染めている。

 まあ、ここは小学校なので昨日から降り出した雪にはしゃぐ生徒たちで校庭は雪合戦やら、雪だるま造りやらで騒がしいし、生徒たちに踏まれた雪は白どころか茶色くなっている部分が多い。

「いやあ、元気だね。みんな」

 あんなに寒いのにー。

 なんて思いながら、僕は図書館の窓際の席に座って本を読んでいた。

 僕は夏井大斗なついひろと。ヒロトって呼んでね。

 寒さに強いわけでも弱いわけでもなく、適度に寒さが好きな僕は、雪遊びをするのもいいけれど、今日はなんだか無性に本が読みたかったんだ。

 どれでもいいってわけじゃなくて、これが読みたいって本があったんだけれど、どうしてその本が読みたくなったのかは、分からない。

 ううん、分からないと言うか……。気づいたら手に取っていた、みたいな?

 凄い矛盾してるよね!

 でも、本当になんとなく「この本が読みたいんだよなー。よっし、これ読もう」っていう感じで、この本を手に取ったんだ。

「まあ、おもしろいからいいんだけどさ……」

 目の前に広がる文字の羅列から浮かび上がる雪景色は、外に広がる雪景色とは少し違うけれど、サクサクと雪を踏んで歩く音が聞こえるようだ。

 手袋を買いに行く小狐の話に月を見上げる話、動物たちの話など様々な物語がつまったこの本は、絵本と違って挿し絵はないけれど、読んでいると不思議とキャラクターたちの姿や景色が目に浮かぶ。

 友達に言うと、「なに言ってんだ?」とかバカにされたような目で言われるけれど、浮かぶものは浮かぶんだ。仕方ないだろ。

 それにしても……。

「昨日からずっと降ってるけど、やむ気はないのかな? 雪」

 しんしん、しんしん。昨日から降り続く雪は、いまだやむ気配がない。

 大雪というほどではないけれど、さすがにこれ以上降るのは交通機関に支障が出るんじゃないだろうか。

 雪の日の特急電車は、特急と言っていいのか分からないほど、ゆっくり進むことだってある。

 今日は父さんが出張から帰ってくる日なんだけれど、ちゃんと帰ってこれるのかなあ?

「高く積もってはいないから、なんとかなるか」

 頑張れ、父さん。

 他県にいる父さんにエールを送って、また読書に戻る。

 戻ろうと……した。

「うん? なんだこれ」

 さっきまで目の前に広がってた文字の羅列、この本の世界は、いつの間にか消えてしまった。

 ページを前にめくっても、後ろにめくっても、最初から最後までパラパラと連続でめくっても、どこにもない。

「文字が……、消えた?」

 題名も、作者の名前も、出版社も、バーコードも、本の中の全ての物語を構成する文字たちも、全てが消えてしまっていた。

「え、ドッキリ? これ、ドッキリだったりする?」

 驚いて辺りをキョロキョロと見回した。

 しかし、なぜか図書館の中には僕以外、誰もいない。

 絵本コーナーで楽しそうに、小さな声でお話していただろう低学年の子たちも、貸し出しカウンターに座っていた先生も、少し離れた机で本を読んでいた生徒たち。皆、消え去ってしまっていた。

「な、にが起きてるんだ?」

 キラリ。

 視界の端で光り輝くものがあった。

 それに視線を向けようとすると……、白い光が僕を包み込んで……。

 フッと消えると、図書館には小さいながらもざわめきが帰ってきた。






 ペシペシ。

 ペシ、ペシペシ。

 なにかが、僕のほっぺたを叩いているような気がする。

「ヒロトー。ヒーロトー」

 しかも、僕の名前を呼んでいる。

「ヒロトやーい、おーい。起きなさいなー」

 ペシ。

 んんん、寒い。とても寒い。なんでこんなに寒いんだろう。

 両腕で体を守るように抱きしめて、猫のように丸まると……。

 ザシュッ!

「いったああああああ! え、痛い!」

 なにかが、僕のほっぺたをひっかいた。それはもう思いっきり。

 痛みに驚いて起き上がると、目の前にうちの家で飼っているキジトラ猫のメルがちょこんと座っていた。

「やっと起きたわね、ヒロト!」

「メールー! 痛いだろ!」

 ひっかかれた左のほっぺたを触ると、三本の線が入っているのが分かる。

 ううう……、ヒリヒリする。

「あら、起きないヒロトが悪いのよ。雪が降ってるのに外で寝ちゃうだなんて、凍えて死んでしまうわ」

「起こすなら! もっと違う方法がっ…………?」

 え、どういうことだこれ。

 なんで僕、気づかなかったんだ?

「どうしたの?」

 メルが……、猫なのに人間の言葉でしゃべっている。

 どういうことだっっっっ?

「ああ、そっか。ワタシが人間の言葉をしゃべっているから驚いているのね」

 僕の表情を見て気づいたのか、メルはこてんと頭を傾けたあと、「ごめんなさいね、忘れてたわ~」なんて軽く言う。

 こんな大切なこと、忘れるとか本気で言ってるのかな……。

「うん、はい……。その通りです」

 言いたいことはたくさんあるけれど、なんだかもう疲れてしまってメルに文句を言う気分にもならない。

 どうにでもなーれっ!

 ……なんて投げやりなことを言っても、話が進まない。寒いし、まずは移動しないとなあ。

 立ち上がると、僕の体に少し積もっていた雪が地面に落ちていく。

 僕の腕の中に飛び込んできたメルをそのまま抱っこすると、メルは僕の頭の上や肩の上に小さく積もっていた雪を前足でぽすぽすと落としてくれた。

「ありがとう、メル」

「どういたしまして!」

 メルの頭をなでると、嬉しそうに笑った。……と、思う。






 メルに案内され歩いていると、ペット入店可のカフェがあった。

「えっと、ここでいいの?」

「ええ、ここでいいの! さあ、中に入った入った!」

「うん。それじゃあ……、ごめんくださーい」

 カフェの扉を開けると、カランコロンと扉についていたベルが鳴った。

 店の中にはお客さんの姿が一人もいなくて、営業中なのかあやしいところだ。

「はーい!」

 奥から出てきたのは、いわゆるメイド服を着たお姉さんだった。

 ミニスカートではなく、正統派とかなんとか言われているロングスカートのメイド服を着た、金髪巻き毛にエメラルドのような瞳のお姉さんは、僕とメルと見て「いらっしゃいませ」と微笑みながら言う。

「外は寒かったでしょう? 夜のうちに降って、朝起きたらたくさん積もっていたの」

「ええ、ええ! 思ったより積もっていたから、驚いたわ!」

 僕の腕の中でくつろいでいるメルは、お姉さんと話し始めた。ペット入店可と看板に書いてあったけど、ケージの中に入っていない状態でも入店できるのか……とか。

 ……うん?

 ちょっと待て。

 なんで、お姉さんはメルが人間の言葉をしゃべっていることに驚かないんだ?

 普通だったら、驚くよね?

 ……ね?

「あら、どうしたのヒロト。早く暖炉の前の席に座りましょ。さっきまで雪をかぶっていたんだから、体が冷えてとーっても冷たいわよ」

 確かに、雪の中に寝転んでいたから体は冷えている。

 図書館からそのままこっちに来たから、手袋もジャケットも帽子もなくて寒い。

「まあ! 雪が降ってはしゃぐのはいいけれど、風邪をひいてしまったらいけないわ。毛布とホットミルクを用意するから、それまで暖炉の前でゆっくりしていてね」

 メルの話を聞いて驚いたお姉さんに背中を押され、僕とメルはいつの間にか暖炉の前にあるソファに座っていた。

 なんとなく、お姉さんには逆らってはいけないような気がしてならない。

「やわらかいわ~! それに、温かい!」

「うん、そうだね……」

 ここはどこなのか?

 どうしてメルは人間の言葉をしゃべるのか?

 お姉さんがメルのことを気にしていないのはなぜか?

 聞きたいことはいろいろあるけれど、どれから聞けばいのか分からない。

「ヒロトー。ヒーロートー?」

「……ん? なに、メル」

「ぼんやりして、大丈夫なの? 眠いなら、ここで眠ってもいいのよ。少しの間だけど」

 僕の膝の上に乗ってきたメルが、心配そうな顔で言う。

 なんだか、家にいるメルとは違うような気がするんだけど……。なんでだろう。

 これは、夢……なのかなあ?

「もう! しっかりしてよ、ヒロト。あなたはこれから、三代目探し物屋として困っている人を助けていかなきゃ行けないんだから!」

「へえ、そうなん……だ?」

 うん?

 それはつまり、どういうことだ?

「あーっ、これから楽しみね! いろんなところを旅することができるもの~!」

 ちょっと待て。待って!

 え、なにそれどういうことなの。探し物屋……?

 しかも三代目って……、え?

「うふふ、困ってるわね。だいじょーぶ! メルさんがしっかり説明してあげるわ!」






 こうして、僕は探し物屋としての一歩を踏み出し……てないな。強制的に踏み出さざるを得ない出来事に巻き込まれてしまったのでした。

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