僕とメルと君の探し物屋
功刀攸
第1話 ナガレボシ三兄弟…アカリ
寒い、寒い。なんで、こんなに寒いんだろう。
雪はまだ降っていないのに、風は冷たく、まるでトゲに刺されているような気分だ。
「うるさいなあ。また、寒い寒い言って」
「そんなに寒いなら、こたつの中に閉じこもってたらいーじゃん」
兄と弟がそう言ってくるが、寒いのはどうしようもうない。毛布にくるまって、体をぎゅっと丸めていても、どこからか冷たい風が毛布の中に入ってくるのだ。
「だ、だって……」
こたつの中は確かに暖かいけれど、お母さんが入りっぱなしは体に悪いって言ってたのを二人は忘れてしまったのだろうか。
「近くで寒いって連呼されたら、おれたちまで寒くなるだろ!」
「そうそう。だから、自分の部屋で暖房つけとけば?」
「それなら、寒くないだろ」
二人が私を見て、面倒くさいと言うような顔をしている。これ以上、リビングにいたら二人に無理矢理、部屋までひっぱって行かれちゃうかもしれない……。
私は立ち上がり、唯一、毛布で隠れていなかった顔を隠しながら、自分の部屋へと歩いていった。
その間も、冷たい風がチクチク、チクチク。私の体を刺してくる。
毛布で全身を隠しているのに、どうしてだろう。
私の心も、チクチクする。
バタン。
扉が音を立てて閉まる。
ここ数日、つけっぱなしの暖房が部屋を暖めてくれているため、私の部屋はぬっくぬくだ。
リビングにいる時とは大違いで、毛布を被らなくても寒くなんてない。
ベッドに寝転がると、ふわふわしていて気持ちいい。このままぐっすり、眠れそうだ。まだお昼だから眠らないけどね。
「はぁ…………。
私はアカリ。兄が光一で、弟が三希って名前なんだ。
三つ子じゃなくて、年子ってやつで、私たちの年齢差はそれぞれ一歳しかない。
三年連続で赤ちゃんを産んだお母さんは凄いなって思うんだけれど、子育ては大変だって言うのに毎年赤ちゃんをつくるなんて思い切ったことするよね。お父さんも。
いや、お父さんは不可抗力がどうとか言ってたっけ?
まあ、そんなことはどうでもいい。
問題は、三人兄弟の中で、私だけと―――――っても寒がりなことだ。
寒さに弱い私は、秋から春の間、ずっと寒さを我慢しなければならない。自分の部屋は暖房が効いていて暖かいけれど、それ以外の部屋は本当に寒い冬の間以外、暖房はつかないし、外出なんてしたくないほどだ。
学校や買い物に行くのは仕方ないけれど、それ以外では玄関から一歩も足を踏み出したくない。
「やーい、引きこもりー!」
「布団おばけー!」
……なんて、光一と三希に言われるけれど、寒いのが悪いんだ!
私だって、友達と一緒に紅葉狩りに行ったり、雪合戦や雪だるまを作りたい。
秋と春は、まだまだなんとか頑張って外出することはできるけれど、今みたいなもうすぐ雪が降るかもしれない冬の時期は自分の部屋から出るのも嫌になってしまう。
あーあ。私だって、光一と三希と一緒に雪遊びしたいのになー。
コンコン。
扉を叩く音が聞こえた。
「はーい」と、返事をすると部屋に入ってきたのはお父さんだ。
「おやおや。また、部屋に戻るように言われたのかい?」
「うん、そーだよー」
「あの子たちも困ったものだねえ」
「それは……、私が寒いの苦手なのが悪いし」
「いやいや。寒いのが苦手なのは、なにも悪くないよ。暑いのが苦手な人だって、いるんだから」
お父さんはベッドの横に置いてある椅子に座ると、寝転んでいる私の頭をぽすりとなでた。うん、気持ちいい。
私はお父さんに頭をなでられるのが好きだけれど、光一と三希はそうじゃないみたい。最近、お父さんが頭をなでようとすると、走って逃げてしまうのだ。そんな時、お父さんは困ったような顔をするけれど、悲しそうな顔をしたことはない。
私なら、困った顔もさせないけどね!
「アカリはお母さんにそっくりだねえ」
「寒がりなところが?」
「ああ、そうだよ。お母さんも、夏以外はカーディガンやポンチョ、コートやジャケットに、アカリと同じように毛布を被っていたからね」
「そうだっけ?」
確かにお母さんも、私と同じで寒いのが苦手だ。けれど、私はお母さんが私のように毛布を被って暖房の効いた部屋に閉じこもる姿なんて見たこともない。
夏とか、暑い日以外は長袖の服を着ている似たもの母子な私とお母さんだけれど、お母さんは寒い日でも元気に買い物に出かけていくのだ。
私みたいに家から一歩も出ないのとは、大違い。
「お母さんも、光一を産む前はアカリみたいに毛布を被って暖房の効いた部屋から出ようとしなかったよ?」
「えええ……。ほんとにぃ?」
なんて言うか、信じられない。
「本当だよ。毛布にくるまって全く動かないから、冬の間はイモムシさんって呼んでいたほどなんだ」
「……それはちょっと」
父さんは嬉しそうに言うけれど、イモムシさんなんて呼ばれたら、私は悲しくて泣いちゃう。多分、きっと。
お母さんはイモムシさんなんて呼ばれて、それでよかったのだろうか。……うん、聞かなかったことにしよう。お母さんの名誉のために。
「そうだ、お母さんってどうやって寒さに強くなったの?」
「うん? そうだねえ……、雪が降るまで
「えっ……」
寒さが苦手なのに、寒い外に出ていたのか、お母さん。って言うか、南美橋ってここからじゃ川沿いの道を歩かないといけないから、寒さで凍えるんじゃ……。
嫌そうな顔をする私を見て、お父さんはニッコリ笑う。
「別に、アカリもやれとは言わないよ。ただ、お母さんは運動不足だったからね。赤ちゃんを産むには体力が必要だから、頑張って毎日歩いていたんだ」
「そっ……、か。そうなんだ」
「うん。いやあ、お母さんったら、最初は毛布を被ったまま外を歩いていたんだけどね。近所の子に不審者だーって言われてから、頑張って布団を被らずに外に出られるようにしていたなあ」
アッハッハ。と楽しそうに笑うお父さんだけど、さっきから扉の向こうにお母さんがいることに気づいていないんだろうなあ。
扉を少しだけ開けて部屋の中をのぞき込んでいるお母さんの顔は、笑っているけれど怒っているような感じがする。うん、きっと怒っているんだろうなあ、お父さんに。
頑張れ、お父さん。
「あーなーた!」
あ、お父さんが少しビクッとした。驚いたんだね、きっと。
「おや、お母さん。どうかしたのかい?」
「どうしたと思う?」
「ううん、僕には分からないなあ」
怖い。怖いぞ、お母さん。
お父さんがおびえているぞ。……笑顔だけど。
冷や汗をダラダラ流しているお父さんは、椅子から立ち上がってお母さんの前に立った。
「………………ごめんなさい」
そして、礼儀正しく床に座って、お母さんに土下座をした。
なんて言うか、お父さんもうちょっと頑張って!
「うふふ、分かってるならいいのよ~。もう、あの時のことはアカリに言うつもりなかったのに……」
「そうなんだ」
「ええ、そうなの。だから……、光一と三希はあなたのことを理解してあげられないんだけれどね」
お母さんは困ったように、リビングのあるほうを見る。
リビングではきっと、今も光一と三希が楽しくゲームをしながらお菓子を食べているんだろうなあ。
「私はアカリと同じ体質だし、お父さんは私の体質のことをよく知っているから、アカリが寒さに弱いのも分かってくれているわ。ただ、光一と三希、アカリには私が冬は毛布にくるまって暖房の効いた部屋に引きこもっていたことを言っていなかったから、光一と三希は分からないのよねえ。アカリの体質が」
体質とは言っても、ただただ寒さに弱いだけだ。
お医者さん曰く、適度な運動が必要だから、外に出てしっかり歩けば治るらしい。
でも、なんか嫌だ。
運動が苦手で、光一と三希にどれだけ運動音痴とバカにされたか……。
くやしい。でも、寒いから外に出たくない。
ううん、堂々巡りだ―――――!
「うふふ、困ってるわねえ」
「お母さんにそっくりだね、アカリは」
「お・と・う・さ・ん♡」
「すみません」
あ、お父さんがまた土下座した。
いつまでやってるんだろ。足、しびれないかな?
「お母さんは、どうやって毎日歩いたの?」
「そうねえ……」
帽子、オーケー!
ジャケット、オーケー!
スニーカー、オーケー!
手袋、オーケー!
お母さんから預かったお守り、オーケー!
「よし、行ってきます!」
ここから南美橋まで、歩いて三十分。往復で一時間ぐらいの距離だ。
お母さんから預かったお守りは、赤い飾りのついたかわいい簪。これは、お母さんが南美橋まで毎日歩いていたころ、お父さんから布団の代わりに持ち歩けと手渡されたものらしい。
大事な思い出の簪なのにお母さんが私に預けてくれたのは、私もお母さんと同じようにしっかり南美橋まで歩いて、家にしっかり帰ってこられるように願掛けのようなものだとか。
お母さんは、この簪が布団の代わりになるわけないのにねーとか言っていたけれど、それでも毎日大事そうに持ち歩いていたとお父さんが言うのだから、お母さんにとって、この簪はお守りのようなものなのだろう。
だから、私のお守りとして持たせてくれた。
うん、頑張らなきゃ。寒いけど!
光一と三希に見つかるのは恥ずかしいので、光一と三希がおつかいに行っている間に外に出る。
外は相変わらず冷たい風がチクチクと刺してきて、今すぐにでも家の中に入りたいほどだ。
でも、いつまでも寒い寒いって言ってたら光一と三希に嫌われちゃうから、我慢しなきゃ……。
「行ってらっしゃい、アカリ」
「気をつけて行くんだぞ」
「はーい!」
こうして、私は寒さに弱い私に打ち勝つための一歩を踏み出したのだった。
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