2017.7〜8

 7月下旬。家に戻ることはないだろうと父に知らされていたにも関わらず、母はまた家に帰って来た。


 もはや理由は聞かなかった。きっと暗くて冷たい病院で1人残り短い時間を過ごすよりも、暖かい家に居たかったのだろう。それだけ、命のリミットが近づいているのだ。


 そしてやはりと言うべきか、前回の退院時とは違い、母はとても1人で歩いたりできるような状態ではなかった。

 リビングに専用のベッドを置き、食事は全てチューブを介して行われた。

 そして祖母にも来てもらい、基本的な面倒を見てもらっていることが多くなった。


 この時の僕も、現実を見ないフリ。受験勉強が忙しいなどと言ってあまり深いコミニュケーションは取らなかった。

 見せると約束した小説も、ずっと自分の部屋に置きっ放しだった。

 ただの怠慢だと言われればそれまでだけど、見せてしまったらそこで母親との繋がりが最後になってしまうような、そんな気がしたのかもしれない。


 8月に差し掛かると、母とはまともに会話することはほとんどできなくなった。

 ずっと痛みで唸っていて、話しかけても頷く程度が限界だった。

 この頃から、小説を見せなかったことを酷く後悔し始めた。自分でも見せなかった理由を上手く説明できないので、異様に苛立った。


 そして、『その日』がやって来た。

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