Aの大学処世術

Take200

この話はある程度フィクションです


 私は大学3年の夏に高校時代の友人と飲み会を行った.

 日頃,連絡は取りあっていたが,お互い大学も学部も違うし,バイトやサークルもあるために会う時間は全然作れなかった.そこで,ほぼ最後のチャンスということで友人が計画したワケである.


 今回は8人を呼んだそうだが,2人欠席の計6名での飲み会であった.まあ全員他大学ということを考えれば集まったほうであろう


 待ち合わせ場所は駅の改札前であった.私たちは全員が集まってから店に着くまでは昔話に花を咲かせていた.予測通り,約束の時間に全員が集まることは無かった.

 そして,10分ほど話しながら歩き,なんの変哲もない(ただ安い)飲み屋に入った.


 まずはもちろん全員ビールを頼んだ.つまみの話題は大学時代の話がメインとなった.といっても単位がヤバイとかサークルはどこそこに入っていて忙しいとか,他愛もないものである.学部学科は違っても,大学生という身分に大差はないということだろう.


 ただ,単位の話となると少し切実な面も出てくるものである.私も,その時点で成績は開示されていなかったが,少し危ない科目があったので,皆の気持ちは痛いほどわかった.


その中でも,Aだけは単位の話になっても涼しい顔をしていた.


 Aは某有名大学の文学部に入学していたのである.6人の中で唯一の文系学生である.詳しい学科は忘れたが…

 その彼はどちらかというと理系科目が得意であり,入試前は苦労して文系科目を勉強していたくらいであったので印象に残っていた.


 私は,話を振るつもりで

「Aは何ともないって顔しているけど,もしかして今までずっとフル単かよ?」

冗談交じりで聞いた.


 Aは少し申し訳なさそうに

「うん,ちょっとした裏技があって,良くはないけど今まで一度も単位は落としたこと無いよ」


 彼は高校時代はまじめであったため,授業をキチンと聞いていたのでしょう.

他の友人が

「まあちゃんと授業は聞いてんでしょ?」と尋ねると,


Aは当然かのように

「いや,申し訳ないけれど大学は1年間で50日も行ってない!」


 私たちは,そもそも一年間でどれくらい大学に行っているのか指折り確認をしてしまった.


 しかし,単純計算で一か月に15日しか大学に行かなかったとしても100日は余裕で超えるはずである.


「え…どういうことなの…?」

 A以外の全員が尋ねた.


 Aは

「まあ,○○サークルに入っていることが前提なんだけどね…」

 と言いつつ説明を始めた.


「まず,サークルでは取得単位リストが配られるわけ.その中で楽単が書かれているんだけど,重要なのはここからなんだ.」


 私たちは黙ってAの話を聞いていた.


「まず1年から4年生混合のチームを組まされるんだ.その中で,全員で相談してリストに沿って授業を組むんだけど,実はそれらは出席を取らなかったり,マル付けでOKな授業なんだ.授業は4日間で22単位取るようにするんだ.」


私はまだぴんと来なかった.Aは続けて


「そして,一か月に一度の担当を決めて,その週は全部の授業に出て,チームの全員の出席も付けてあげるんだ.そして1か月のうち,4日間で11個の授業に出るんだけど,その際にノートと共に音声の録音もするんだ.」


 私を含めほぼ全員がやっと察してきた.


「んで,テスト1週間前に各自担当の日のノートのコピーを持ち寄って配布するわけ.そして一冊にまとめて,不足分は録音を聞くんだ.そしたら1か月に4回大学行くだけで授業の単位が取れるんだよ.」


 今まで黙って聞いていた一人が

「でもさ…テストってノートだけじゃむずくね?」

と尋ねると


 Aは

「リストはちゃんと考慮してあってさ,ノートさえ完璧ならばOKな授業と,例年全く同じ問題を出すから過去問をやりゃ大丈夫な授業しかないんだ.」


 私は

「えーでも空いた時間何してんの?」

と尋ねた.


「まあ大体バイトか遊び,余裕があったら旅行だね.でも4年生になったらさすがに就活は頑張るよ.卒論も原稿用紙に数ページ書けば大丈夫だから,秋まではずっと国家公務員の勉強とSPIの勉強をしてりゃいいんよ.公務員なんてまさに点数勝負だし,就職なんて大手ならばSPIの点さえよければ何とでもなるしね.」


「公務員なら地方上級とか市役所は受けとかないの?」


また私が聞くと,


「地方上級と市役所はやめておくよ.一次試験に高得点で受かっても面接で普通に落とされるからな…練習にはなるかもしれないけれど,結果が出るのは大体国家公務員よりも後だしね…」


「そもそも今の大学に入ろうとしたのは,兄貴に4年間ほぼ遊んでいられるって薦められたからね.だから無理して勉強して○○文学部に入ったわけ.まあ,結局結果がすべてで途中経過なんて問われないしね.」


 この話をしている間,僅かながら楽しい雰囲気が消えかかっていたので,他の友人がスマホゲームの話をし始めた.意外と全員がやっていたのでその話題でラストオーダーまで盛り上がった.

 飲み会は3時間で終了し,その後は全員でボーリングに移行して終電間際まで遊んでいた.


全員と別れ,私も最寄り駅についた.アルコールを摂っては自転車に乗れないので,私は最寄り駅から徒歩で家に帰っていた.


 空には久しぶりに星が見えていたが,それよりも私は考え事をしていた.私の先輩たちは平日のほぼ毎日大学に行き,研究室に行ってデータを取っている.継続した記録ではないと理論的な結果の証明は難しいからだ.そして,何度も試行してから卒論を書き始めようとしている.就活はその間をうまく活用して,少しずつやっているのだろう.


この先輩たちの姿はほぼ私の未来の姿といっても過言ではない.


 一方のA君は,4年になったら秋まではずっと就活を行えばよいだけである.試験勉強を行う時間もたっぷりとある.

 私は残念ながら自頭はよくない.もし,彼らに打ち勝つにはよっぽど効率の良い勉強法をしなきゃダメだろう…


 A君もちょっと変わってしまった.そう考えているとふと,

「勝てないな…」

私は独り言をつぶやいてしまった.


深夜なのか夏ながら少しの肌寒さを感じつつ,私は家に急いだ.

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