其の六
「
私はロールケーキの皿を持って彼女に訊ねる。
「コンビニに行ったりします?」
先程も思ったのだが、彼女が出してくれたお茶菓子は、コンビニのロールケーキなのだ。
彼女は急に下を向いて「行ったりします」と呟いた。
「日用品と食料の買い物以外で楽しみにしているのです。ロールケーキを買うことを。だって、ロールケーキおいしいんですもの! 甘味は正義です……いいえ、小悪魔です! ……じゃなくて、やっぱり正義です!」
彼女は両手でこぶしをつくり、ぐっと力を込める。
「月に一度の楽しみを、私がもらってしまってもいいんですか?」
「良いのです。おいしいものはシェアしましょう」
「ありがとうございます。呉葉さん、本当にロールケーキが好きなんですね」
「はい。……変でしょうか?」
彼女が言うには、先代の“呉葉”は、経済発展してゆく日本を目の当たりにして「文明の利器を取り入れずに昔からの生活を続けた方が良いのか」と悩んでいたのだそうだ。
文明の利器に頼ると“呉葉”の力が出せなくなると思っていたらしいが、ごくたまに紅茶を淹れて、どこかから頂いたカステラを食べていたことがあったらしい。
しかし、力が衰える要因にはならないとわかり、後継ぎである彼女には「伝統に従うか、文明の利器を取り入れるか」選ばせてくれたのだそうだ。
「ごめんなさい。真音さんにこのようなことをお話ししても、迷惑なだけなのに」
「いいえ、迷惑じゃないです」
「ごめんなさい。私も少々悩んでおりましたもので」
彼女の悩みは、大なり小なりだれしもが一度は抱えるものだ。些細なものなら私にだってある。
「呉葉さんの悩みとは比べ物にならないくらい小さいですけど、私も感じることはありますよ。熱い日にエアコンを使うか、使わないか、とか」
「そうです! そういうことなのです!」
彼女は同意してくれた。
“呉葉”というものは本来であれば、私とは住む世界が違う存在だ。
私が想像するに、“呉葉”は先代から受け継がれたものがたくさんあって、それを次の世代に伝えなければならないのだろう。そうすることでこの地を守ってきた、という部分もありそうだ。
私は彼女に訊いてみた。
「もしも後を継ぐ人ができたら、呉葉さんはその人にどうしてもらいたいですか? 伝統に従う生活をしてもらいたいですか? それとも、便利なものも取り入れてもらいたいですか?」
「そうですね……」
彼女は外の青もみじの木を眺める。
「先代の“呉葉”に教えてもらった伝統のみを教えます。文明の利器を取り入れるかは、次の代の“呉葉”の自由です。しかし、“呉葉”の伝統はそのまた次の“呉葉”に継がれてほしいものです」
彼女は、少々悩んでいたと言っていた。
しかし、答えはすでに出ているようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます