其の五
申し訳ありませんでした、と彼女は頭を下げた。正座をしているから、土下座のような格好である。
私は
「まずは“
彼女は居住まいを直して一呼吸置いた。
「
彼女はかなり表現をぼかしているが、言わんとすることは私にもわかる。
アクションシーンのように跳躍したり、どこからか刀を出したり、幽霊のようなそれを退治したり、魔法のように移動したり……私はしっかり目撃している。
「“呉葉”は、そういう普通でない存在です。誰にもお話しにならないで下さいませ。もしもそのようなことがあったら、わたくしはあなたを頭からむしゃむしゃと食べてしまいますゆえ」
子どもに「静かに」と諭すように、彼女は唇の前に指を一本立てる。その動作が様になっていて、うらやましくなってしまう。
「“呉葉”とは、わたくしの本当の名ではありません。名もなく行き場のなかったわたくしは、先代の“呉葉”に拾われて、“呉葉”の後継として育てられました。“呉葉”はわたくしで3代目になります」
「3代目……なんか、かっこいい」
私は馬鹿正直に、思ったことを口に出してしまった。
「先代は恰好良かったですよ。
彼女は遠い目をして、
「初代は武士に殺されたことになっています。先代のお話では、人であった初代は絶命したのちに、今のわたくしのような“呉葉”となり、この地方を陰から守るようになったのです」
どう、と風が動く。
青い葉がはらりと下り、サイドに結った彼女の髪に止まった。
この日本家屋の周りの木は、杉や
「わたくしも一応は、この地を守る“呉葉”です。まだまだ未熟なもので、今は亡き先代の足元にも及びませぬが」
私は頭の中で彼女の話を整理する。
彼女は人間とは違う存在の“呉葉”というもの。
“呉葉”はこの地域(長野県か)を守るもので、彼女で3代目。
彼女は言わないけれど、“呉葉”は神様か、民間信仰で神格化した妖怪のようなものだろう。
「本日の昼前、わたくしは
私はぞっとした。まるでテレビの怪談特集だ。
「わたくしは
「そんなことないですよ。呉葉さん、私のことを助けてくれたんですね」
私は幽霊を100%信じているわけではない。かといって、ないがしろにしているわけでもない。
しかし、トラックが暴走していたことも、はねられた私がここに瞬間移動(?)したことも、彼女の話と統合すると有り得ないとは思えないのだ。
現に、不可解なそれも見たし、彼女の術も見ているから。
「そういえば、あの幽霊のようなものって、何だったんですか?」
「真音さんはご存知なかったのですか。この山の近くは、江戸時代くらいに殺人事件があったのですよ。花嫁の結婚を良く思わない人達が、花嫁を連れ去って首をはねたのです」
それがそれだったのか。またもや怪談を聞いてしまった。
「あの花嫁の残された思いは強過ぎます。空気を
彼女は、ふうと溜息をついた。
「この家の周りは人里とは異なる世界のようになっております。花嫁は近づくことができませぬので、ご安心を」
彼女はコーヒーカップを両手で包み、コーヒーをこくこく飲んだ。
私も、ぬるくなったコーヒーに口をつける。
コーヒーの風味は落ちていなかった。
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