第4話 ヘイト・マイセルフ

 私が目を覚ますと目の前には虎太郎と対峙する君の姿があった。そういえば私は虎太郎に殴られて――。でも何故ここに君がいるのだろうか。まさか、君が私を助けに来てくれるなんてことはあるのだろうか。その直後にごつっという鈍い音が響いた。もしかしたら君も虎太郎に殴られてしまったのかもしれない。大人しい君のことだ。きっとそうに違いない。だったら早く介抱してあげなきゃ……。半ば義務感を感じながら痛む頬を抑えて体を起こすと、信じられない光景が目に飛び込んできた。背の高い誰かが虎太郎の胸ぐらを掴んで壁に打ち付けているのだ。学年で一番の荒くれ者を止められる者がいることに驚いた。しかもその誰かは怯える虎太郎の顔面を容赦なく何度も殴っていた。その誰かはぞっとするほど残虐な笑みをこぼしながら尚もその手を止めようとしない。虎太郎相手とはいえ、流石に度が過ぎている。そして遂に虎太郎の意識が飛ぶと、その誰かは狂ったように笑い声を上げた。もう止めなきゃ。

「あのっ」

 止めようとして私は思わず固まった。違う、そんなはずはない、そんなはずは……。その「誰か」の顔は、紛れもなく君の顔だった。君は血だらけの拳を高くあげてまだ殴ろうとしている。私は必死にその腕を抱き留める。

「もうやめて、もういいの」

 咄嗟に出た言葉はまるで自分よがりな言葉だった。君の動機が私だと限定している証拠だ。さっきの笑い声から自分以外の起因が強いばずだというのは分かっているはずなのに。いざというとき、人は頭が働かない。

 私の言葉を聞くと、君の不気味な笑みは一瞬で消え、君の目には急に涙がたまり始めた。刹那、君は身を翻して外へ向かって走っていってしまった。

 君はどうしちゃったんだろう。私は言いようのない不安に駆られた。見てはいけないものを見てしまった。誰が言ったわけでもないが、そんな気がした。いつも大人しかった、優しかった君があんなに残忍になるには、そうなるだけの理由があったに違いない。でも、そうだったとしてもあの姿が君だとは、私の思考がどうしても認めなかった。

 私は君に聞きたいことが山ほどあった。何が君をそんなに追いつめたの?何か理由があるなら、できる限りそれを取り除く手伝いをしたかった。夜中、何回も何回もSNSでメッセージを送って、それでも反応がないから電話も何回もかけた。でも帰ってくるのは冷たい留守番音声ばかり。途中眠くなって何回も突っ伏したけど、君が苦しんでいる姿を想像すると目が冴えてしまった。

 日付が変わるまで、私のスマホは微動だにしなかった。いい加減私も諦めて、君の行動の理由を考えはじめた。君は話しかけづらい人ではあったけど、あんなに暴力的じゃなかった。し、他人が苦しんでるのを見て快感を得るような、そんなひねくれた人じゃなかった。逆に、予想もしてなかった優しさを見せてくれもした。大人しくて優しい人を残虐にする理由。やはり虎太郎のいじめが度を過ぎていたのだろうか。しかし、昨日聞いた限りじゃ君はそんなことを問題視していなかったし、むしろそれがさも当たり前かのようだった。すると、何か弱みを握られていたのだろうか。でも、あそこまで何も話さなければ、というか無視されていれば、握るような弱みもないように思える。あと考えられるとすれば、何らかの刺激で残虐な性格に変わってしまったか、だ。だが、私が止めたとき、キミは悲しそうな顔をした。ということは一時的なものだったということになる。

 ――考えれば考えるほど深みにはまっていく。

 気付けば、もう夜は更けきって丑の刻を回っていた。

 ――明日のために予習しなきゃ。私が勉強できないなんてことになれば、クラスが上を下への大騒ぎになってしまうだろう。だって、誰もが私を「完璧」だと崇めているのだから。

 と、ここまで考えて、私はもう一つの可能性に気付いてしまった。君が私と同じように本当の自分を偽っていたとしたら――。

 もし、あの大人しい君が君でないのなら、他に君の性格があることになる。他人と付き合うのが嫌で、無理に他人と話そうとしないという話はよく聞く。でも、実際接してみて、君は意外に気さくで明るい人だった。少なくともそれは君の素の性格だと私は思う。そして、虎太郎を殴っていたあの残忍で暴力的な君も、意識的に作り出せるものじゃない。そして、その後に見せた悲しそうな顔。きっと自分の中で葛藤してるんだ。優しい君と、残忍な君。私もそう。周りに思いっきりちやほやされたい、もっと完璧な人間になりたいという私と、自由気ままにだらだらと生活したいという私。条件は多少違うかもしれないけど、根底は同じだと思う。そうだとすれば、君を助けられるのは同じ境遇の、同じ悩みを持っている私しかいない。きっと自ら脱することができずに、誰かに君は助けてもらえるのをずっと待ってるはず。そう、私と同じように。

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