第28話

「散らかっててごめんな。」


賀代はそう言いながら僕を部屋に入れた。

一瞥しただけで、女の独り暮らしではないことがわかる。


「今からご飯作るからな。楽にしてテレビでも見てて。」


楽にしててと言われて、楽にしていられる心境ではない。


たけしが突然帰って来たらどうする?

それは結構まずいことじゃないか?


いや、まあいいか。

ボロボロに殴られたとしても、命までは取られまい。

いろいろ考えても仕方がない。

その時はその時だと開き直ることにした。


トントントン、と賀代が料理する音が聞こえる。

見るでもなくテレビを見て、楽に過ごしてるふりをする。


「ハイっ!カレーライスの出来上がり!」


「おいしそうだなあ。いただきまーす!」


札幌に引っ越して来てから、外食とコンビニ弁当ばかりの食生活だったから、賀代の手作りのカレーライスがとても美味しく感じられた。


「どう?おいしい?」


「うん、すごくおいしいよ。」


恋人同士でもないのに2人きり、1つ屋根の下で女の手作りの料理を食べているのは、何とも言えぬ妙な気分でもあった。


「ごちそうさま!とてもおいしかったよ。」


「良かった…。」


食器を片付けたあと、賀代はベッドの棚に揃えてあるCDを探っていた。


「ウチの好きな音楽をシン君にも聴かせたいな。ちょっとCDが見つからないから、探すの手伝ってくれへん?」


賀代はベッドに横になりながらCDを探していた。


これは普通なら、男と女になるタイミング以外の何ものでもない。


しかし僕は誘いには乗らなかった。

賀代の心の内が読めたからだ。


賀代はきっと、賀代自身の物語を自分の手で終わらせようとしてるのだ。


ならば僕は、賀代とたけしの物語のラストシーンに登場する端役だったのか?

そんなのはあまりにも惨めすぎる。


「見つからなかったら、なんでもいいから。」


そういうと、賀代はもともとCDがある場所をわかっていたかのように


「あ、あった。今聴かせるから待っててな。」


そう言ってCDラジカセで音楽をかけた。


音楽と、沈黙の時間。


二人はただ黙って音楽を聴いていた。


そして、賀代は誰に言うでもなくポツリと言った。


「タケちゃんとシン君を足して2で割ったような人がいたらいいのに…。」


こんなことを言われたら、どう答えるのが正解なのだろう?


僕は何も言わずに黙っていた。


外が暗くなってきた。


「もうそろそろ帰ろうかな。」


「もう帰るん?あ、シン君仕事してるんやったな。気をつけて帰ってな。」


玄関の灯りをつけて、外まで見送りに来てくれた。


「じゃあ、またな。」


賀代はそう言ったが、もう二度と会うことはないだろうという予感がした。


「じゃあ、またね。寒いから家に入っていいよ。」


「大丈夫。見送らせて。」


僕はゆっくりと車を出した。

ミラーには手を振る賀代が映っている。


もう、ブレーキを5回踏むことはなかった。


賀代がミラーから消えた。

なぜか涙が溢れてきて止まらなかった。

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