第13話
コンビニの扉が開くと、そこには賀代が立っていた。
「あ、シン君…」
賀代は驚いた表情で僕の方を見た。
僕は突然の出来事に動揺した。
「か、か、か、賀代ちゃん!ちょっとね、函館まで旅に行ってきてさ、今帰る途中なんだよ!」
賀代は微かに笑った。
白川さんの家で会った時とは違い、冷たい感じはなかった。
「こんなところで立ち話もなんやから、コーヒーでも飲みに行かへん?」
奇妙な感じがした。
もう挽回の機会はないだろうと諦めていたからだ。
いや、挽回もなにも、僕は賀代の機嫌を損ねるような事は何もしていないのだから、この前の冷たい態度こそがむしろ変だったのだ。
きっと賀代は女性特有のサイクルで機嫌が悪かっただけなのだ、と、脳天気な僕はそう考えることにした。
賀代のお気に入りの喫茶店。
田舎町の店らしからぬ洒落た佇まい。
向かい合わせに座る。
賀代の笑顔が、心の中の暗雲を吹き飛ばし、陽の光を満たしてゆく。
「タバコ吸ってもいい?」
僕は、ああ構わないよ、と促した。
灰皿には、コーヒー豆の出がらしが敷きつめてある。
「ウチ、この灰皿が好きなんよ。」
そう言いながら、まだそれほど吸っていないタバコの先でコーヒー豆の出がらしをつついた。
タバコを吸う女が嫌いということはない。むしろ、タバコを吸う女は陽気で親しみやすいことが多いから、そのこと自体は気にもしない。
しかし、賀代に限っては、愉快ではない気持ちがなくもなかった。
女がタバコを吸うのは男の影響である。
賀代は今までどんな男と付き合ってきたのだろう?
煙の向こう側にその人影が見えるような気がしたから。
「シン君は、どの露天風呂が一番好き?」
「そうだな~、やっぱりセセキ温泉が一番好きだなあ。海が見えるしね。」
「シン君、どんだけ海が好きやねん。戸崎さんが言ってたで。あいつは海ばかり見に行ってカッコつけた男やねんって。」
「いやあ、カッコなんてつけてないよォ。確かに海は好きだけどね。で、賀代ちゃんはどの露天風呂が一番好き?」
「うちはニセコの雪秩父の露天風呂が一番好き。」
僕らは旅と温泉のことばかり話していたが、少しばかり黙ったあと、また賀代が話し始めた。
「ねえ、今度戸崎さんの所に行かへん?」
「行かへん?ってさ、戸崎さん今札幌じゃなくて美深だよ。」
「だから、美深に行かへん?」
「え?だって美深遠いじゃん?」
「言うほど遠くないやろ、行こう、行こう!」
「よし!行くとするか!」
賀代の住む町から美深町までは日帰りは出来ない。
もちろん僕はOKした。
予期せぬ偶然が、賀代と僕との間に新たな約束をもたらした。
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