第12話

早朝、誰も目を覚まさぬうちに、白川さんの家を後にしようとしていた。


「シンちゃん、もう帰るのか?」


戸崎さんだけが起きていた。


「ちょっと用事を思い出したから、悪いですけどもう帰りますね。」


本当は用事なんてない。


「また海を見に行くのか?まあいいよ。気をつけてな。あ、何か賀代ちゃんに伝えたい事はないのか?」


「いえ、別にないですよ。それでは、また旅の空の下で会いましょう!」




そして、逃げるように帰ったあの日から、10日あまりの時が過ぎた。


僕は極力人に会わないようにして過ごしていた。


ひとりでラーメンの有名店に行ったり、札幌近郊の温泉に行ったりして気を紛らせていたのだ。


家に帰ると、缶ビールを数本空けてベッドに横たわりながら天井をぼんやりと見上げ、考え事をする。


「こんな暮らしをするために北海道に来たのかな…」


つい独り言を漏らしてしまう。


そして、やはり頭をよぎるのは賀代の事である。


「一緒に温泉に行ったのは、本当に夢だったんだろうか…」


たまたま早く目覚めた朝、賀代と待ち合わせをしたあのバス停に行ってみようと飛び起きた。


ランドローバーは雪煙を上げながら中山峠を駆け抜ける。


札幌から1時間半ぐらい走っただろうか、バス停の前に着いた。


やはり幻でも夢でもなく現実だったのだ。

夢のような現実をほんの少しの間味わったのだ。


それだけでも充分に楽しかったじゃないか。

自分で自分にそう言い聞かせた。


そして、帰り道に飲む缶コーヒーでも買おうかと、近くのコンビニの駐車場に車を停めた。

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