第3話 蝶との接触 

月曜の朝、パートが終わったら、駅で俺を待っているように、それと午前中は誰が訪ねて来てもドアを開けるなと伝えて家を出た。

出社すると課長は

「具合はよくなったか?無理するなよ」

と心配してくれた。昨今の景気の悪さで、昔のように忙しくはないが、うちの部署は少数の為、他の部署よりは休むということに抵抗があった。

俺は有給を1年で多くても2日程度しか取得せず、年によっては全く取得しないこともあった。そんな俺が2日連続で休んだので、本当に具合が悪かったのだと思ってくれたらしい。

 中西は、出社してくると直ぐ、一服に行こうというサインを送ってきた。喫煙所で日課のコーヒーを飲んだ。

『で、何があったの』

朝の空気と不釣合いな煙を吐き出しながら中西は尋ねて来た。絶対に口外しないことを約束してから俺は中西に今回の件を話した。中西は酷く動揺していた。マジで、マジで、を繰り返しては、俯いていた。始業の予鈴が響いたところで、喫煙所を出た。中西に話したところで何も前進しないことは分かっていたが、誰かに話せたことで、俺は少し気が楽になった。

帰り際のことだった。中西がまた一服のサインを送ってきた。終業時間が近いこともあり、喫煙所には誰も居なかった。

『レンちゃん、俺いい事思いついたよ。その犯人から来たメールに違う人の依頼メールを送ってみたらどうだろう。きっとコンタクトできるんじゃないかな?』

「そんなの簡単にいくかな?向こうだって馬鹿じゃないだろ。囮だってばれるよ」

『だから、ばれてもいい携帯から連絡してさ。今はプリペイド携帯があるじゃない。そっから連絡してダメなら、それまで、何か連絡してきたら儲けもんでしょ』

やってみる価値があるように思えた。中西は自分がやってもいいと言ってくれた。だが、俺は自分でやってみるといって、礼代わりにコーヒーを奢った。

帰りにプリペイド携帯を探しに行こうと思ったが、沙希が駅で待っていることを思い出し、いつもの電車に乗った。駅に着くと、買い物袋を下げた沙希が待っていた。買い物袋を前カゴに入れ自転車を押しながら一緒に帰宅した。付き合っていたころ、よくこうやって自転車を押して一緒に歩いたことを思い出した。まだ『沙希さん』と呼んでいた頃だった。沙希は、俺の在籍する部署に派遣社員として来た。人当たりの良さと、容姿の良さで直ぐに職場に馴染んだ。派遣されてから、3ヶ月位経った時、沙希は別の部署の平沼という男と付き合っていた。平沼は、俺の3歳年上で社内では、プレイボーイと思われていた。周囲は、また平沼に持っていかれたと嘆いている者もいた。俺は俺で、別の会社に彼女がいて、沙希をキレイだとは思ったが、恋愛的な感情はまるで持っていなかった。ある日の飲み会で偶然隣どうしに座った時に初めてまともに話をしたと思う。酒に酔っていたのか沙希は、えらく饒舌で平沼について色々と愚痴をこぼしていた。別の女性の影が常に見え隠れしていて、自分が彼の何番目なのかと思うようになったと言った。俺はその場では、君が一番だなどと励ましていたが、それほど感情は入っていなかった。同じ頃、俺は自分の彼女とすれ違いが多く、合コンに行っては別の女を探し始めていた。要は乗り換えようとしていた。沙希と隣に座った飲み会から、一ヶ月くらい経った時駅のホームの端で泣いている沙希を見かけた。事情を聞くと自分は、平沼の5番目だったと言っていた。話を聞くと言って2人で居酒屋に行った。時折涙交じりに話す沙希を見ているうちに俺は沙希に心引かれた。下心も多分にあったが。それからちょくちょく2人で飲みに行くことがあった。バレンタインの時に、手作りのケーキを作ってきてくれた。だがそのケーキが箱を開けた時に、酷く崩れていた。ケーキが崩れた理由を一生懸命に弁明し、『こんなの食べれないよね』と言って箱を閉じようとする沙希の様子が何とも、愛しくその場で抱きしめ〝好きだ〟と告げた。それから3年付き合って、結婚し4年が経過した。付き合っている時、俺はアパートに住んでいて、こうして並んで帰ったのを懐かしく思った。結婚を機に沙希は派遣を辞め、パートの仕事をしている。フルタイムで働いていては家事が疎かになるという沙希からの提案だった。去年、小さいながらも建売の一戸建てを購入した。後は子供ができれば、まさに絵に描いたような幸せな家庭だと理想通りに進んでいる自分の未来予想図を俺は誇りに思っていた。まさかこんな事件が自分達に起こるとも思っていなかった。


家に着くと沙希は、勤めているスーパーで買ってきた食材を冷蔵庫に入れ、着替えに2階へ上がった。俺は風呂の準備をした。降りて来た沙希は、洗面所から話かけてきた。

『この前のさ、思い当たる人が1人いるんだよね』

「えっ?誰?」

『市村って女の人なんだけど』

市村という名を聞いたことがあった。確か、沙希と同じスーパーで働いている人で、店長が沙希を贔屓にしていると妬んでいるということを前に沙希が話していた。それは、市村の完全な思い込みに過ぎないのだが、周囲にはそう話していて、何度か嫌がらせされたとも聞いたことがあった。俺は女の職場ではよくある話だとしか思わなかった。何度か見たこともあるが、そこまで悪い人には見えなかった。

「あのスーパーのおばさんか?」

『そう。あの2週間前に、勤務のシフトのことで揉めたことがあったの。私と市村さんが同じ日に休む予定だったんだけど、店長がどっちか出勤して欲しいって言ったの。ほら先週の土曜日で法事があった時』

先週の土曜日は確かに、沙希の親戚の法事があって、パートを休んでいた。

『ちょうど、店長と3人になった時にその話になって、市村さんが友人と食事に行く約束があるから無理だと言ったんだけど、法事と食事じゃ法事の方がウエイトが違うって言って一蹴しちゃったの。市村さんはブツブツ言っていたけど、その場では了解したみたいだったの。でもね、夕方に、市村さんが自分も急な法事ができちゃったからやっぱり無理だって言い出したの。そしたら店長は、じゃあ家の人に確認しても言いかな?って言い始めて、私も嫌だったから、最悪出勤してもいいですって言ったんだけど、店長は、渡部さんは休みでいいです。市村さんに出てもらいますからって言ったの。そしたら、市村さんは、良いわね若い人は、何でも色気で解決できて!って言って出て行っちゃて、結局先週の土曜日は出勤してたみたいなの。しかもその土曜日に市村さんの家の人が店に来ちゃって、しかも店長がレジで対応してさ。いつもお世話になっています。とか言って話出してさ、で法事の話も出ちゃって結局法事が嘘だったこともばれちゃったみたいなの』

俺たちは、話しながらキッチンに移動して座った。

「でもそれで、そんなに恨むか?」

『違うの、市村さんはもう直ぐ50歳になるけど独り身で、店長が好きだったみたいなの。だから、店長に嫌われることが凄く嫌みたいで、でも今回のことで自分が嘘つきだって思われた事が相当ショックだったみたいだって他のパートの人が言ってたわ。でね、その話をした人が、渡部さんまた何か嫌がらせさせないように気をつけてねっていってたの』

「その嫌がらせがこれかよ」

俺は、違うと思っていた。なぜなら、恐らくこういう類の裏仕事の依頼料は、そんなに安いものではない。パートをしているおばさんが簡単に払えるとは思えない。大体、この手の裏社会に接触することも容易ではない気がした。

『それがさ、あの日で市村さんお店辞めたみたいで、今日行ったらいなかったの。理由をそれとなく他の人に聞いたんだけど、先週の土曜日のことが原因でしょ、って言うの。何かあまりにも日があってるから』

確かに、日にち的にはあっているのが引っかかった。

「わかった。俺が確認してみるよ」

と言って、食事の支度を始めた。沙希はどうやって確認するのかとか言っていたが、心配しなくていいとだけ言っておいた。眠る前にも、もう一度沙希は、市村のことをどうやって調べるのか尋ねてきたが、俺は考えがあるから、沙希は色々悩まず早く日常を取り戻せと言った。もう少し詳しくちゃんと話をしてやればよかったと、寝際に思ったが、さして方法もはっきりしてないことを相談しても、かえって頼りなさを強調させるだけだと思った。

このところ夜中に目を覚ますと沙希は決まって起きていて、トイレに行ってたとか、風の音がうるさくてとか眠れないことを隠そうとしていた、その度に、俺は沙希に腕枕をして髪を撫でてやった。きっと、今でもあの日の記憶が蘇ってしまうのだろうと、俺は沙希の心中を察した。


翌日、俺は昼休みに2台のプリペイド携帯を購入した。最近は、これを使った犯罪が増えているからと、身分証の提示を求められたが、さすがにここまで調べないだろうと俺は免許証のコピーを取らせた。

午後さっそくトイレに入り、1台から例のアドレスにメールを打った。

〈〈また、依頼をしたいです。連絡とれますか?〉〉

いかにも以前に依頼をしたことがあると匂わせる文面にした。もう1台からは、市村を装うメールを打とうと思ったが、立て続けに2件送るのは変に思われると思いやめておいた。

暫く仕事を疎かにしていたこともあり、今日は残業をしなければならなそうだった。沙希には、友達と食事をするようにメールを送った。

夜7時半ころ仕事の目処がついた。何度かプリペイド携帯を見たが、返信はない。俺は再びトイレに入り、もう1台のプリペイド携帯からメールを送った。

〈〈この前は、どうも。今度はまた別の人をお願いしたいのですが。市村〉〉

市村が本名で依頼していることに賭けた。その可能性は低いとは思ったが、他に思いつかなかった。


翌日、帰りは駅で待っているように沙希に伝え出社した。駅で、直ぐに2台の携帯に電源を入れて、新着メール受信のボタンを押した。すると、最初に送信した携帯が受信を始めた。鼓動が早まった。まさかこんなに早くコンタクトできるとは思っていなかった。メールには

〈〈当サイトは会員様専用となっております。御用の方は、以下のURLにアクセスし、会員登録して下さい〉〉

と書いてあった。しかも、返信されたアドレスは送った先とは別のアドレスだった。自分の携帯ではフィルターにかけている迷惑メールの類かと思ったが、このケータイのアドレスは昨日作ったもので、しかも1件のメールを送っただけである。どこからか情報が漏れたとも考え難い。どうせ悪質なサイトだったとしても、所詮プリペイドだからと俺はURLをクリックした。すると『こちらは会員登録ページ』と書かれ、氏名、住所、電話番号、生年月日、クレジット番号と詳細な書き込み欄が羅列されていた。思わず舌打ちをした。無理と承知で、何も入力しないまま、登録ボタンを押した。すると、『入力情報エラー』と表示された。だが、下の方に小さく『狂喜の蝶』と書いてあった。確かにアドレスの中にも、Kyokiという文字が含まれている。もう1台のプリペイド携帯で、インターネットを開き、『狂喜の蝶』と検索をかけた。127件ヒットした直接トップページに移動できる項目は無く、半分が同じ会員登録ページに移動するもので、残りは地方の風俗の店のようであった。だが、1件だけ『狂喜の蝶』について雑談しているチャットページがあった。

^^結構安いから、気にいらない奴端から依頼しちゃおうかな

^^任務遂行も早いしね

^^でも、キャパが無いっていう噂だよ

^^確かに仕事人は、1人だって話だし

^^俺も雇ってくれないかな~

^^現場のビデオも売ってくれるんでしょ

^^それ頼むと結構高くなるみたいだよ

^^まじで!俺なら高くても買うけどね

^^会員料が高いよ。あのサイト

書き込みのIDから3人で話をしているようだが、この書き込みで止まっていた。書き込みも最近ではなく去年の8月だった。

出社すると、中西が一服のサインを出した。

『なんか進展あった?』

「ああ、さっそくプリペイドのやつでメールを送ってみたんだ。そしたら、狂喜の蝶っていうサイトから会員登録するように返信がきた」

『狂喜の蝶?なんだそれ』

「でも、サイトに登録するには、結構な個人情報を入力しないとならないんだ。クレジットカードの番号まで」

『デタラメで入力してみたら?』

「でもな」

『いいじゃん、とりあえずやってみれば』

「何か変な奴が入ろうとしてるって気付かれないか?」

『そんなに、ITに詳しい奴らだとは思わないけどな。女襲って儲けてる奴なんて。あっごめんそういう意味じゃないよ』

中西は、本当に申し訳なさそうな顔をした。

「とりあえずやってみるよ。気にするな」

中西の肩を叩いて喫煙所を出た。会議中も、そんなことばかり考えていた。会議の流れが、俺にフィリピンの工場に出張してもらおうという話になっている事にはっとした。しかも新規モデルの量産立上の名目で1ヶ月という話だった。俺よりも、製造から行く方が妥当だと反論したが、技術部長の一言で決定してしまった。これまで過去にも海外出張はあったが、今はとても行ける気がしなかった。仕方なく課長に、沙希におきた事情を話した。課長は盛んに警察に協力してもらえと言ったが、脅迫のメールが送られてきたことを話すと黙ってしまった。結局3日間だけもということで話はついた。別の技術者が中国から向かうから、それまで繋いで欲しいということだった。俺は沙希を実家に戻すことを想定して、承諾した。


帰りのホームで俺は、プリペイド携帯を開き、『狂喜の蝶』の会員登録ページに接続した。メールアドレスと電話番号をこの携帯にした他はデタラメに入力した。名前は田中弘とした。登録ボタンを押すと、『会員登録ありがとうございます。こちらから会員様専用URLを送信します』と書かれたページが開いた。数秒後、『会員様専用URL』と記されたメールを受信した。添付されていたお客様IDを打ち込み会員専用ページに移動した。先ず目にしたのが、月額15万円という文字だった。決済される心配がなくてほっとした。見出しは、『依頼』『実績確認』『問い合わせ』の3項目だけだった。もちろんサイトの運営者に関するものは無く、品の無い色をした蝶の画像が貼りついているだけだった。『依頼』をクリックすると、直ぐにクレジット決済をして下さいという内容が現れた。戻って『実績確認』をクリックした。すると、そこには女性の苗字と、住所の市まで記載されたリストが現れた。苗字の横には、『済』か『待ち』がならんでいた。苗字は50音順に並んでいた。手が震えた。渡部を調べる為に画面の下へスクロールさせていいものかと悩んだ。しかし、意に反して指は画面はスクロールさせていた。

『渡部・○×市・済み』

電車がホームに入り、乗り込む客の波に俺は1人取り残されていた。慌てて電車に飛び乗ったが、『済み』の文字の横に、クリックできる『NEW』の文字が点滅していたことが気になった。恐る恐るクリックすると、事件の翌日沙希のメールに届いたあの画像がアップで表示された。近くにいた女子高生が、小さな声で最低と言っているのが聞こえた。下品な画像を見ている変態に思われたのだろう。俺はお構いなしに、画面に視線を戻し『問い合わせ』をクリックした。

『誰が依頼したか教えろ、お前もそいつも殺してやる』

と入力した。返信されて来なくても関係なかった。兎に角やつらにこの気持ちをぶつけたかった。本当に沙希は強姦されてしまったのだ。どうしても信じ切れなかった俺は、物事が具現化する度に、焦燥しこみ上げる怒りの矛先を探していた。だがこうして、実行犯に近づいていることに興奮している自分もいた。

沙希は駅のベンチにちょこんと座っていた。俺の表情が硬かったせいか、沙希は

『仕事忙しかった?』

と聞いてきた。そんな沙希の顔を真っ直ぐ見ることができず、俺は沙希のバックを持った。

帰りながら、来週3日間海外に出ると伝えた。沙希は今までのように、

『今回は短いんだね』

と言い、うっすら笑みを浮かべた。

「本当は行くべき時じゃないのは分かってるんだけど、ごめんな。その間、沙希は実家へ戻ってよ」

『そうだね。ありがとう』

家に着く頃には、すっかり日が暮れていた。

風呂に入っている時だった。沙希が電話が鳴っていると教えにきた。しまった、プリペイド携帯の電源を切るのを忘れていたことを思い出した。

「あとでかけ直すから、ほっといていいよ」

そういって、シャンプーを流した。すると直ぐに沙希が戻ってきた。もう続けて3回も鳴っているよ。急用なんじゃない?」

俺は、まさかあのサイトからの電話ではないかと思った。そこそこにシャンプーを流すと、体もまだ濡れたまま、リビングにむかった。聞いたことのない着信音がまだ鳴っていた。沙希は掛けてあったスーツの方を指してから、シンクに向き直った。やっぱり、プリペイド携帯だった。着信表示は、非通知設定だった。俺は沙希の様子を伺いながら電話にでた。

「もしもし」

『こちら、狂喜の蝶です』

肉声ではない声だった。何か機械を通して声を変えていることは分かった。

「はあ」

『お客様のクレジットカード番号が間違っているようですので至急確認して頂けませんか』

「何のことですか?」

『惚けないで下さい。渡部さん』

脇に冷たいものが流れるのを感じた。なぜ俺の苗字を知ってるんだ。

「とっ惚けてなんていない。大体俺は渡部じゃない!」

『こちらは、渡部さんに殺してやると脅迫されています』

「知らない。間違いだ」

俺は電話を切った。電源も切った。沙希は俺の方を見ていた。

『何?間違えなの?』

「ああ、分けわからないよ」

『その携帯は?替えたの?』

「これは、あの~会社から支給されたんだよ」

『そうなんだ、じゃあ番号教えておいてよ』

「これ、プリペイドなんだ、だから頻繁に番号が変わるらしいよ」

『ふ~ん、でもいいじゃん。都度教えてくれれば』

「そうだな、じゃあ」

そういうと、沙希は自分の携帯を持って近づいてきた。その時、沙希の携帯にメールの受信音がなった。沙希は、ごめんと言ってメールを確認した。表情が変わり、俺に携帯を見せてきた。

〈〈旦那さんは、悪い人だね。痛い思いをするのは、沙希ちゃんなのにね〉〉

『何これ、蓮次が悪い人ってどういうこと?もう嫌だ私怖い』

沙希は、床に座り込んだ。

「違うんだ、沙希聞いてくれ」

俺は、プリペイド携帯を使って調べたことを沙希に説明した。どうして、相談をしてくれないのかと、沙希は怒っているようだったが、理解してくれたようだった。しかし、状況が悪過ぎる。もう一度警察に相談しようと沙希に提案した。沙希は、泣きながら

『そうだね。仕方ないね』

と呟いた。


翌日、午前中の休みを取り、警察署に行った。話の概略を話すと刑事課ではなく、生活安全課に行くように言われた。女性の私服警官が、応対してくれた。メモしてあったアドレスや、サイトの名を教え、電話が掛かってきたことを話した。女性警官は、沙希の事件の時に担当した林田を呼んできた。

『奥さんどうですか。あっ目の方はすっかり良さそうですね』

沙希も俺も、何だか気まずさがあり、林田の方をあまり見なかった。女性警官が、先に話したことを手短に林田に伝えた。

『渡部さん、後はこちらでやりますから、危険ですからもう勝手な行動はやめて下さい』

「えっあの・・お願いします。兎に角沙希の安全を確保したいのですが」

『そうですね。夜間ご自宅周辺のパトロールを増やします。で、今回のようにネット系犯罪が関係しているとなると、結構厄介でして、多くは海外サーバーを使用している為、容疑者の特定に非常に時間がかかる場合がございます。うちの専門部署が対応しますが、くれぐれもご主人ご自身で行動は避けて下さい』

「わかりました。何か防御策はないのでしょうか?」

『そうですね、防犯カメラをご自宅につけるとか、2重ロックのドアにするなどは手軽ですね。あとは奥様が極力お1人にならないことです。そうは行ってもですね、この類の連中は、そうそう人前には出て来ないです。仕事さえすれば、あとは決して尻尾を掴まれないように息を潜めます。電話やメールもあくまで脅しでしょう。ただ油断はできませんので、何かあればまた連絡をして下さい』

「プリペイド携帯でなぜ個人が割り出せるのですか?」

『今や政府や警察のサーバーにも侵入される時代です。ネットワーク回線に繋がっているコンピューターに入ったデータは、誰が何処で見ているか分かりませんからね。やはり手書きの書類に限りますよ』

沙希はずっと下を向いていた。

『そうだ、奥様、今回の件もありますから、先週の被害届を今日作成しましょうか?今日は女性の刑事が居ますから、それなら話易いでしょう』

沙希は頷いて、林田に3階の部屋に連れて行かれた。女性警官は、心配しないで下さい。大丈夫ですよと俺に励ましの言葉をかけてくれた。

1階の待合ベンチに腰掛けていると、昼頃沙希が戻ってきた。後ろには事情聴取をしたと思われる女性刑事が付き添っていた。まだ若い感じの刑事で、赤羽だと名乗った。沙希も何度もお辞儀をして警察署を後にした。沙希はそのままスーパーのバイトへ向かい、俺は、会社に向かった。

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