言の葉の陵
真夜中 緒
序章 古事記
女帝がその内にいます御簾の前には、うず高く書簡が積まれている。
それは竹簡や木簡ではなく、目の痛くなるほど白いなめらかな紙に、黒々と良い香りの唐墨で選り抜きの写経生達が清書し、銘木の軸に絢爛な錦の装丁を施した、美しい書簡だ。
安麻呂は手で着物の上から懐を押さえ、呼吸を整えて御前にまかり出た。懐のうちには古い木管が収まっている。それは焚付に使うような粗末な薄板に、乱れた走り書きの文字が記されている。
そのまま積み上げられた書簡の一番上の一巻を取り、するりと開く。
ここまで、ひたすらに歩んできた。
三代前の帝から
比売田の大刀自、銀鈴、劉、サキ、阿礼。
失われた人々の声は、言葉は、いつでも安麻呂の内にある。
もう一度、息を整える。
「臣安万侶言さく、夫れ混元既に凝りて、気象未だ效れず…」
かつての阿礼のような朗々とした声ではない。
老いた安麻呂の声は、幾分掠れがちで震えている。それでも精一杯声を張り、高らかに読み上げる。
読み上げる安麻呂の内に多くの思いがよみがえる。
愛したこと
憎んだこと
悲しんだこと
痛みも、熱も、全身の熱の全てひくような衝撃も。
やり遂げたのだという高揚感よりも、間に合ったという安堵の思いが強かった。
最初、阿礼と二人で始めた
阿礼はそれを墓と呼んではばからなかった。
今、こうして積み上げた書簡が墓だというのなら、絢爛な
言葉という生き物の亡骸を、拾い上げ、埋めるように、ひたすらに書き取り組み立てあげたのが、この多くの書簡だった。
各地の伝承を集め、この国の成り立ちをつまびらかにした書簡は、帝と帝の治めるこの国に光栄をそえるだろう。ちょうど歴代の巨大な御陵が、誇らかに旅人を見下ろすように。
「…今に照らして典教を絶えむとするに補はずということなし。」
安麻呂は遂にその書を帝に献じた。
後の世にいう
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