第7話

 翌日のクラスでコタツ君とはキレやすい生徒の代名詞になり、ネコ娘とは支離滅裂天然ボケボケ少女の代名詞だった。

 森さん、前田さん、有田のヤツがこのクラスではかなり幅を利かせてることがわかった。後の生徒は磁石にくっつく砂鉄みたいなものだった。

 私と日比野君は完全にシカトの対象になってたけど、私はそれを自由だと感じることができた。

 昼休み、私はもう教室にはいない。

 屋上は、日陰にあるベンチに腰掛けても、既に暑さを凌ぐには限界だった。でも、私は今日も屋上にいる。

 お弁当は日比野君と背中合わせで食べなきゃと思っていたのに、意外にも彼は今日は私に背を向けることなく、私の前に自分のお弁当箱を置いた。

 いつか見たように、きっかり三箱分あった。うち一つを取り出した。

「よかったら、これ食ってみるか?」

 何が入ってるのだろう、と興味津々で覗きこんだら……

「これって……もしかして?」

「ちょっと形悪いけど、豆腐だよ」

 ……。と、豆腐?

「……実はさ、俺んち豆腐屋なんだ。んで、毎日弁当の中身はおからやら厚揚げやら白あえやらって、前日の売れ残りばっか詰め込んでさ……そんな大豆製品ばっかで埋め尽くされてる弁当って恥ずかしいだろ? それに、ヘルシー過ぎて幾ら食っても満腹になんないんだぜ。まいるよ……」

 と皮肉な表情を浮かべながら日比野君は続ける。それは、日比野君の思いがけない告白だった。

「俺が入学してすぐに、親父が倒れちまったんだ。……今も、入院してるよ。店は休む訳にはいかないし、他に人も雇えないから、母ちゃんが一人で頑張るって言うんだけど、いくらなんでも一人じゃ大変だしな。毎朝俺も手伝ってんだ。でも、四時起きってのがかなりこたえるんだよ……」

 日比野君はそう言って肩を押さえながら首をグルッと回した。日比野君の尋常じゃない居眠りの原因はこれだったのだ。

「日比野君のお父さんは大丈夫なの?」

「うん……まあ、だいぶ回復して元気にはなったんだけど、半身が効かなくなってさ。リハビリとか受けてるけど、どれだけ回復するか……」

 日比野君は神妙な顔で遠くを眺めた。

「高校ってさ、思うほど為になんなくて、わりとくだらないなって思ったんだ」

「……」

「先生だって中学のときよりやる気ねーみたいだし、友達なんてさ……。別に辞めたって、悔いも残らないだろうって」

「日比野君……高校、辞めるの?」

 日比野君はずっと遠くを見たままだった。

 私はいつものように呑気に彼の言葉を待てなかった。その瞬間には私の中でいろんな思いが駆けめぐっていた。人はほんの一瞬にこんなにもたくさん考えられるのかというほどに。

「おい、早瀬、もしかして泣いてるのか?」

「泣いてないよ!」

 人前で泣く訳がないじゃんと笑ってみたけど、どうしてかその笑顔には抵抗がある。それに、本当に私の両目は涙で一杯だった。まばたきすると、涙があふれ出した。私は慌ててぬぐった。そんな様子を日比野君は黙って見ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る