第4話
その後、日比野君とは時々屋上で話すようになった。でも他の時間は相変わらず熟睡している。もっと話したいという気持ちはあるけど、やっぱり彼を起こすことはできなかった。
授業中も、先生の話が退屈になってきた時、私はついついノートに日々野君の顔を落書きしてしまう。でも私がうまく描けるのは日比野君の後ろ姿だけ。ぼんやりと斜め前を眺めると、そこには日比野君の背中がある。後ろ姿はとてもうまく描けるのにな。線が細くて頼りなさげなんだ。でも、本当は違う……。日比野君の本当なんて知らないのにそう思った。試しに今日は日比野君の顔を描いてみた。でも、まったく似てない。私の描く日比野君の顔は、実際よりもかなりかっこよくなってしまうから。
夏が近い。屋上ではもう太陽が暑かった。
「屋上で快適に過ごす方法だけど、秋から冬について考えるより、まず夏が問題だね」
顔の前でハンカチを広げ日光にささやかな抵抗をしながら、隣で背を向けてお弁当を食べる日比野君に言った。
日比野君はお弁当を食べている姿を見られるのがいやらしく、「食ってるとこ見るなよ。見たら噛みつくぞ」と食事中屋上にやって来た私を脅した。
「犬みたい」と言いながらも、私も日比野君が食べてる間はずっとフェンスの向こうの景色を見ていた。
「目一杯日焼けして『海の男っ!』みたくなりたい俺にとっては、こんなのはまだまだ序の口だけどね。それより、早瀬ってよっぽどここが好きなんだな。教室よかいい訳?」
「……」
日比野君はいとも簡単に聞いたけど、今の私にとっては少し複雑だった。私は立ち上がって遠くに林立するビルを眺めギュッとフェンスを掴んだ。
「……日比野君は、もうずっとこのままで過ごす? 日比野君には、友達ってそれほど大切じゃない?」
沈黙が長かった。でも、それはため息みたいな声だから大丈夫。ただの私の独り言で……
「悪い噂がメールで流れてるよ。早瀬さんがコタツのこと好きだってさ。いつもコタツのこと見てるし、ノートには憧れのコタツのイラストが超美男子に描かれてる! いつも屋上でラブラブデート……て、こんなネタあがってるけど、本当なの?」
ある日、森さんが校内では使用禁止になってる通信端末を片手に、突然こんなことを言ってきた。にわかにランチタイムが賑わったけど、私は冷静でいられない。
「私の所には来てないのにっ! いったい、そんなメール誰が送ったのよ!」
私は冗談とは思えないような声を張り上げていた。
「いつも大人しい早瀬さん」の姿ではなかったはずだ。
「やだ……何マジになってんのよ。ただの噂じゃない。ネタ元はわかんないけど、このメールってみんなのとこにだって来てるわよ……ねえ?」
と森さんは他の子達に同意を求めた。
「早瀬さん、きっとみんなに誤解招くような素振り見せてんのよ。変な噂流されるのがいやなら、態度をはっきりさせた方がいいんじゃない? じゃなきゃ、そのうちコタツ君とネコ娘なんて言われかねないわよ」
前田さんも過去のメールをチェックしながらそんなことを言った。
「何それ! ネコ娘ってさ?」
にわかに色めき立った森さんが私より先に前田さんに尋ねた。
「♪ネ~コはコタツで丸くなるぅ~……って歌があるでしょう」
「やだぁ~! それ、わりとうまいじゃん!」
どっと沸く笑い声。私は笑えない。そんなのちっとも面白くない。あなたも笑いなさいと強要されるような空気が息苦しくてしかたなかった。きっと日比野君のいる屋上では、こんな空気に押しつぶされたりしないはずだ。
――そして、その通りだった。
私の声は日比野君にちゃんと聞こえていたらしい。長い沈黙の後「友達は、大切過ぎて簡単には作れないんだ」という日比野君の言葉が私の背中に返ってきた。振り向くと、また彼は横になって目を閉じていたけど。
なんだか胸がジンとなった。学校での日比野君なんて、日比野君のほんの一部でしかないんだ。クラスの子が作り上げたコタツ君像。日比野君はそんなコタツ君のイメージを払拭しようともしないけど、彼はクラスのみんなが勝手に作って楽しんでるコタツ君像とはあまりにもかけ離れてる人だ。
「そんな日比野君の友達になれたら嬉しいんだけど」その声は私にしか聞こえない、私自身の今一番正直な声だった。
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