第2話
退屈な毎日に少し変化が起こった。私は密かにコタツ君の観察を始めていた。でもコタツ君こと日比野君の変化はまるで種を植えてから芽が出る瞬間を見極めようとするぐらい難しい。彼の一日は授業を受ける意外は寝て過ごすだけだ。でも、唯一の不思議が二つ。まずその尋常でない居眠りと、昼休みになるといつも教室からいなくなるという点だった。
「ああ、その謎の一つならもうとっくに解明されてるわよ。昼休みになれば他の学級の生徒の出入りが多くなるじゃない。そしたらやたら騒々しくなるでしょう。有田とかうちのクラスの男子もコタツ君からかうの好きだしさ。そうなると、いくら万年寝太郎のコタツ君といえどもおちおち眠ってられないじゃない。だからしぶしぶ屋上に避難するわけよ。そこで、できるだけ日陰のベンチを独占して、やっぱり寝てるって話よ。あ、これ有田の情報だけど」
身振り手振りを交えて早口で喋る森さんを見ていると、時々外人さんと接しているような気になる。
「そ、そうなんだ。別に日比野君がイジメに遭ってるとかじゃないわけね」
ランチタイムの噂話の一環でコタツ君が少し話題になった。私の質問にいつもクールな前田さんが間髪入れずに答える。
「コタツはいつも寝てるし反応が薄いから、イジメがいがないのよ。あいつ神経ないって噂だし」
そ、そうなんだ……と思わず苦笑。
「本当に屋上にいるのかな?」
「じゃないのー、確かめたこと無いけどさ」
「今はまだ春でしょう。暖かいからいいけど、秋から冬にかけてはどうするんだろう? きっと寒くなると避難場所には適さないよね」
私はつい頭の中の疑問をそのまま口にしてしまった。
「早瀬はすぐに支離滅裂なことを言う!」と中学の友達にもよく指摘される。どうやら前田さんにも今の私の疑問は受け入れがたいみたい。
「そんなこと知ったこっちゃないわよ。興味ないし。知りたきゃコタツに聞けばいいのよ」
と普段以上につっけんどんな前田さんの返しだった。でも私は「なるほど! 直接聞けばいいんだ」なんて、至極納得したりした。
この日、私はお弁当を食べ終えると、いつものメンバーに適当な理由を言って教室を出た。昼食が済むと別にグラウンドに出ていくわけでもなく、そのまま噂話や恋愛談に雪崩込み、もしくはアイドルの話題やドラマの話になるのが常だ。でも、私は今そんな話に興味はない。
私の行き先は勿論屋上。なんだか、昔噂になった女子トイレの花子さんを確かめに行く時に似たワクワクがあった。だけど、日比野君はちゃんと実在するもんね。ただ、そこに本当にいるのか……
――噂は本当だった。でも、意外にも日比野君はそこで眠るどころか、食欲旺盛にお弁当を食べている。ひたすら食べることに集中しているようだった。しかも、驚くことに日比野君はベンチの横に置いた紙袋にお弁当を三箱も隠し持っていた。遠目だからおかずが何かはわからないけど、すごい量をすごい早さでたいらげて、日比野君は三台置かれたベンチの一台を独占し、腕枕をして横になった。これでコタツ君の謎がまた増えてしまった。しかし、どうしようか。日比野君に近づくにもきっかけがないと。「いい天気ね」なんて出し抜けに声を掛けるような芸当は私にはできない。自然な理由が思いついたらいいけど。
とりあえず、私は日比野君が眠るベンチの横に腰掛けてみた。そこで何か声をかけるチャンスを窺おうとしたけど、日比野君はかすかに寝息までたてて、本当に熟睡しているらしかった。そんな人を、無闇に起こせない。もともと、私はそれほど積極的でもないのだ。ベンチから離れ、屋上のフェンスの前に立ち、それとなく日比野君の眠るベンチの正面まで進んだ。そこで振り返って日比野君を確認すると、本当に、腹が立つほどよく寝ていた。
「悪い奴ほどよく眠る……って言葉があったような気がする」
私はおもいっきりため息をついた。
高校に入ったばかりの今の時期って、とっても重要なのだ。お弁当を食べるグループを途中で抜け出すのだって本当は勇気がいる。だって、明日もその席が空いてるとは限らないんだから。だから、しっかり確保しておかなくちゃいけないのに……
でも、私はそんなことよりも、日比野君の方が気になったのだ。だからここに来たのに……声をかける勇気がないなんて。
私はうちひしがれた気分で屋上を後にした。再び、教室の森さんたちのグループに入れてもらえるだろうか、なんて、すぐにそんなことを心配しながら。
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