第4話
「なんとかしたれよ。バカタレが……」
「……っ!」
青年は背後から頭をこつかれる。誰かと思えば……
「せ、先輩……。いつからいたんですか?」
「いつだっていいよ、んなことは……」
先輩は青年を押し退けて子供達の前に出た。一人たたずむひ弱な子の後ろで仁王立になる。
「お前ら……」
その声はまだ、子供達のビジュアルには届いていないらしく、先輩は無視されている。
青年は俯いて笑いを堪える。
先輩の片眉がピクピクと動いた。
「く……く……く……」
先輩が喉の奥から唸るような声を出す。すぐ前にいたひ弱な子が上を向いた。泣きだしそうな顔をしてじっと先輩を見つめている。硬直していたのかも知れない。
「クソガキィーーーッ!」
ヒイッと息を吸った状態で子供達は一瞬固まる。おもむろに全員の視線が先輩に向いた。
先輩は自分を見上げるひ弱そうな子を見て、おや? という顔をする。
「お前までそんな顔しなくていいんだぞ」
と言って、先輩は自分の腹の前にあったひ弱な子の頭をくしゃくしゃにかき回した。
「クソガキッつーのはお前らのことだぞ。オイ、そこの二人。二対一はどう考えても卑怯だ。お前らは揃いも揃って卑怯ものだ。二人もいるのに、二人で卑怯ものなんだぞ? 卑怯が二倍だ!」
「ちょ……ちょっと先輩、薮から棒に何ですか。驚いてますよ、子供達……」
青年が先輩を制するが、先輩は横眼で青年を睨み付けただけで、フンと顔を背ける。
憤然とした先輩を見て、青年は鼻息を荒げる闘牛を思い浮かべた。で、また背を向けて笑う。
「いいかクソガキ。卑怯というのはな、ゴーセンシに出て来る敵のことだ。それも敵の一番下っぱだ。ボス敵の後ろでピョンピョン飛び跳ねてる台詞のない奴だ。どーでもいい奴だ。わかるな。お前らはそれだ」
青年の手を握った二人の子供は沈黙している。その眼はじっと先輩を見据えている。まばたきもしない。下瞼にじわりと涙が溜っているようだ。
「先輩。もういいですよ。そんなムキになってどうするんですか」
青年の言葉を無視して先輩は続ける。
「二人もいて同じ物の見方しかできんなんて馬鹿だぞ。おい、そこのイガ栗頭。お前はその帽子が一緒じゃないと何もできんのか? そこの帽子もそうだ。二人で一人を負かしてみたところで、所詮お前らはただの弱虫、卑怯者だ。自分たちだけでそうやって勝ち誇った気でいても、闘う以前に負け犬だ! 卑怯者はどんな弱っちい相手よりも下だ! 最底だ!」
先輩はまくし立てるように言って、ひ弱そうな子の肩にポンと手を載せた。
青年は子供達の手に込められた力を感じて下を向いた。二人とも顔を真っ赤にして一文字に唇を結んでいる。先輩の言ったことをどこまでわかっているのか知れないが、卑怯者攻撃がかなりショックだったらしい。子供達はもう先輩とは眼を合わさずに、何もない虚空を睨み付けている。
青年が不安気な眼差しで先輩を見遣る。
先輩はニッと笑ったようだった。
はて、と青年は首を傾げた。
「さあ、どうする? あいつらすっかり元気がなくなったぞ。半殺しにするか? 皆殺しにするか?」
先輩は昔話の古典的フレーズを口にした。
ひ弱そうな子の眼がバッと見開かれる。
「俺はこいつの味方だからな。お前達も遠慮するなよ。口喧嘩なら負けんぞ」
帽子の子供がちらりと先輩を見上げる。そして青年を見上げる。最後に友人と顔を見合わせて、頷く。
「……ヨシちゃんは、子供じゃんか。僕らも子供なのに、お兄ちゃんもう大きいじゃない。ズルいよ。お兄ちゃんだって卑怯じゃん……」
おどおどとしていながらも、帽子の子供がはっきりと先輩に告げた。
「お前達にも味方がいるだろうが? そうやってしっかり手を握ってるだろう?」
子供達は青年をじっと見上げて握った手を解いた。
「この人、お兄ちゃんに一目置いてるから駄目だよ」
ちゃんと意味を理解しているのか、一知半解なのか、帽子の子供は難しい言葉を使った。ひ弱そうな子に負けず劣らず、意外に頭のいい子供のようだ。
「そうだよ! ゴーセンシ・ブルーがレッドには逆らえないのと同じなんだよ、きっと」
友人が唇を尖らせた。
青年が苦笑している。
「ねぇ」と帽子の子供が青年のコートの袖を引っ張る。
「なんだい?」
「あのお兄ちゃんと喧嘩してさ……勝てる自信ある?」
青年はその子供のあまりに真剣な眼差しに暫し言葉を失い、視線を漂わせた。右を向けばその友人も同じ眼差しで見上げていた。
「困ったな……」
小さく呟いて、しょうがなく青年は空を見上げる。飛行機雲はもう無くなっている。あの空の奥、いったいどこまでが青い空なのだろう、と、関係ないことをふと思い、独り言のように呟く。
「無理……だなぁ」
子供達からは青年の形のいい顎だけが見えている。何を見ているのだろう? と、とりあえず青年と同じように空を見上げている。
「……無理ってぇ? やっぱり負けるぅ?」
「負けるぅ……?」
「うん……絶対に勝てない」
青年は、子供達も一緒に空を見上げているのを知らない。
「どうしてぇ?」
「どしてぇー?」
「どうしてって……どうしてかって、言うとね。だって、あの人はさ……ゴーセンシ・レッドだから」
青年はふっと下を向き、子供達を見る。
「ん? どうしたんだい? 何見てるの?」
「お兄ちゃんが見てたヤツ」
帽子の子供が言った。
「僕が見てたもの?」
「お兄ちゃん、何見てたぁ?」
その友人がまだ空を見上げたままで言う。
僕の見てたものねぇ……と青年は考えながらもう一度空を見た。一体、何を見ていたのだろうか。
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