第3話

 ──青年の変身ポーズを見て子供達が小首を傾げる。

「やっぱりゴーセンシ・レッドの変身ポーズが一番いいな。ブルーはあんまり人気ないよ。いつも落ち込んでるから……」

 と帽子の子供が言う。

「そうだよ。そのくせ女の子大好きだから、イエローが励まさないとやる気出さないし、レッドが怒らないと本気で戦わないんだもん」

 と、その友人が。

 青年はどこか自分のことを言われているようでこそばゆくなった。先輩に怒られながら変身ポーズの猛練習をさせられたのは、ほんの一週間前のことではなかったか。

「お兄ちゃんはまだ新米だからなぁ〜」

 青年が照れ臭そうに言う。

「うん。それは知ってる」

「え?」

「だって、ゴーセンシ・レッドもホワイトもブラックもイエローもみんな大学生なのに、ブルーだけいつも高校の制服着てるもん」

「そうだよ。ブルーはね、“リュウネン”してるんだよ」

「そうそう。だからいっつも落ち込んでるし、すぐにいじけるんだ。最初の頃なんて歌もヘタだし楽器もできないしで、五人揃っての必殺技も使えなかったんだよ! ……ねぇ、タクちゃん」

「うん。ずっとダメダメだったブルーが最近やっと音楽に目覚めて、実は一番歌が上手いことがわかったんだ。それで、ちゃんと五人揃って戦えるようになったの」

 青年は唖然とする。先輩から大まかな内容を聞かされてはいたが、この子供達の言っている特撮ヒーロー物の番組をまだまともに見たことがなかったのだ。そういう複雑な事情になっているなんて知る由もない。

「留年……ね。きっと、ゴーセンシ・ブルーはこれから活躍するんじゃないかな、ハハハ」

 さすがに青年も苦笑する。もしかして先輩が言う、ブルー役をやりたがる奴がいなくて何度もバイトの学生が変わる、という理由は、まさかここにあるんじゃなかろうか。

「あ……コウちゃにタクちゃんじゃない?」

 新たな声が青年と子供の背後から起る。

「よぉー! ヨシちゃんじゃん」

「よーっ!」

 子供達が言う。

 塾の帰りか何かだろうか、その子は手提カバンを下げている。

「何……してるの?」

 ヨシちゃんと呼ばれる子供は、何かに怯えているかのようにビクビクとしている。その様子が青年にもわかる。ひ弱そうなその子は青年とは眼を合わさない。

「このお兄ちゃん、ゴーセンシ・ブルーなんだって」

「だってぇー」

 ひ弱そうなその子とは対照的に、青年の手をとるこの子供達は元気だ。

「知ってる人なのぅ……?」

「ううん。知らないよ。でも知ってるよ。テレビで見てるもん」

 ひ弱そうな子は目だけを動かし、チラリと青年を見る。

「テレビのゴーセンシ・ブルーはもっと……もっと、面白い顔してたよ。その人みたいに……キレイな顔の人じゃ、なかった……」

「でもバッチくれたよ」

「くれたー!」

 と二人はバッチを見せる。

「知らない人から物もらっちゃいけないのにっ!」

 俄然その子は勢いづいた。舞台の上で、やっとスポットライトを独占した脇役のように。

 子供たちは暫く何も言えなくて、ただ視線だけでひ弱そうなその子を非難した。

 赤い帽子をかぶった子供が口を開いた。

「ヨシちゃんはそんなだから嫌われるんだもんね」

 もう一人が相槌を打つ。

「そうだよ。もう遊んでやらないもんね。みんなにも言ってやるんだ」

 完全に子供達の間の論点が擦り変わってしまっているようだった。青年もわかってはいるが、今はただ、成り行きを見ていたいという好奇心が先行していたので、口を挟まないで見ている。

「だって先生が言ったことだもん! お母さんも言うよっ。そんなことする子は悪い子だもん! 僕だって先生に言いつけてやるんだ」

 その子はひ弱そうでいて、一人で立派に応戦していた。でもその顔は涙を堪えている様子で、鼻の頭をまっ赤にして、どこか苦しそうに歪んでいる。

「そんなの知ってるよっ! でもこのお兄ちゃんはいい人だから先生が言ってた人と違うもん」

「そうだよ。違うよ!」

 ひ弱そうな子は表情に涙ぐましい虚勢を窺わせ、笑ってみせる。

「こ、コウちゃんも、タクちゃんも知らないんだ〜……そ、そういうの、て……ぼ、僕知ってるんだもんね。……え、えっとね、先生の言ったことをちゃんとリカイしてないって言うんだよ。……ちゃ、ちゃんとリカイしない子はね……ち、知能指数が低いんだもんね……う、牛の脳みそと同じなんだ、から」

 どうやらひ弱なその子は知能で勝負と言いたいのだろうが、そんな彼の言い分は青年の手を掴んだ子供達には全くの無力だった。

「えっ? な〜にぃ〜? なんか言った〜? ねぇ、タクちゃん。ヨシちゃんが何か言ってるよ」

「うん。そうみたい。何か言ってるぅ」

「アレって何語なんだろうねぇ。僕、わからないや」

「きっとヨシちゃん人間じゃないんだよ。僕テレビで見たことあるよ。人間と同じかっこうしてるんだけど……」

 子供達はお互いに顔を近付けて囁き合う。でも、しっかりとひ弱そうな子には聞こえるように。

「あのね、ヨシちゃんはきっと宇宙人なんだよ」

 絶妙な間を挟み、二人の子供はさもおかしそうにお腹を抱えて笑いだす。この子供達にはひ弱なその子が今どんな立場にあるかは関係ないのだった。ただ、素直でないものは嫌いなのだった。お互いの共感を味わおうとしない子供は嫌いなのだった。一人と二人。二人で一人に対するのは卑怯だとは思っていないようだった。自分たちは二人で、相手は一人であっても対等に腹を立たせる存在に値している。二人分腹を立たされているから、一人も二人も関係がない。子供達にしては同じだという観念がある。ただ、それはこの二人組の子供達の意見であって、ひ弱なその子はそういう訳にはいかない。彼は今、一人の無力さを否応無しに思いしらされているのだが、それに気付く余裕は彼にはない。それに、まだ彼はそれほど利口でもなかった。ただ、彼は彼なりに、その瞬間には持てる力を振り絞ったのかもしれない。

「牛は何も言えないんだよ! 口を動かしてばかりで何も脳がないんだぞ! だからああやって人間に追いたてられてるんだ! コウちゃん達なんてカチクと同じなんだから!」

 随分なことを言うな、と青年は思っている。天使(?)の喧嘩というのはお互いに残酷さのなすり合いだったりする。大人から見ればそんなところだろうか。

「はーい、はーい」

 急に赤い帽子の男の子が手を上げる。

「はい、コウイチ君」

 と、その友人がいかにもという風に親友を指す。

「口を動かしてばかりいる脳無しのよい例を僕は知っています」

「ほうほう、それはどんな例ですか?」

「ほら見てください先生。そこにありまーす。さっきからこれがうるさくて僕困ってるんでーす。休み時間になってもまだ給食たべてるこれでーす!」

 もう立っているのも辛そうなその子の横で、赤い帽子の子供が上下に拡げた手をヒラヒラさせ、間延びした声でそんなことを言った。

「ほうほう、これですか。ムムム、それは難しい問題ですぞ」

 その友人は生えてもいない髭を撫でるふりをした。

「きっとこれは壊れてしまっているんだよ。もうなおらないよ」

 そぉーなんだ! そうなんですよ! と二人の子供は大きく頷き、また顔を見合わせて爆笑した。

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