第6話
――朝の下足室で……ホラ、どうやって標的は決められたんだろうって、一人だから不思議でしょうがなかったよね。授業中もずっとそのことを考えるんだ。上靴の中に入っていたスズメ蜂の死骸のことをさ……。あの時、もし僕に報復があったらって……
背中に眼があるみたいだった。クスクス笑いが聴こえた気がしたんだ。僕には見えていたんだ。僕の様子を奴らは固唾を呑んで見つめていた。僕は何もなかったように上靴を逆さにしてスズメ蜂の死骸を落した。そのときに奴等の中では僕が弱虫だって、決定されてしまった。
もし僕に、そのとき強さと力があったなら、そんな決定は下させなかった。
笑える! 今の僕なら笑える! こんなことして、馬鹿な奴らだよ! て。
「誰? こんなことして。犯人は無事でいられると思ってるのかな? 今日したこと、一生悔やませてやるんだ……」
僕は恐ろしいくらい怨念を込めてそんな言葉を吐いていた。知らなかった。いじめられてることに、こんなにも恨みを募らせていたのか?
でも、今の僕には力があるから、これでいいんだ。力がないと思って標的に選んでしまった奴らが悪いんだ! 力があるということは強いってことだ! 誰も逆らえない程に!
「チェッ、偉そうなこと言ってくれるよな。どうせ一人じゃ何もできねぇくせによっ!」
肩をいからせた生徒がロッカーの陰から面倒臭そうに出て来ると、数人の取り巻きもついてくる。よく知ってる面々。
いつもなら、きっと僕は怯えるでもなく、怒るでもなく、無表情でいたんだ。それが僕にとって最大の虚勢だったから。
「何ニヤついてんだよっ!」
いじめグループのリーダー格が苛立たしげに声を張り上げる。
「一人じゃ何もできない……そう思いこんでくれてるんだ。光栄だよ。とんだ勘違いをしていてくれてさ。自分達の愚かさを恥じることになるんだろうな」
僕は制服の襟を捉まれているのに余裕綽々といった感じで相手の眼を見据えていた。
それで「雨よ降れ!」と内心で唱えていた。
雨が降り出しても、他の生徒は何とも思っていないようだった。僕だけが、おかしくてしょうがなかったんだ。ついでに雷も鳴らしてやるか、ドレミの音階で。ほら、鳴ったろ!
「たくっ、むかつく奴だぜ。おい! 誰かハサミ持ってこいよっ」
「ハサミか……いいねぇ」
「何だとっ!」
「ハサミで僕の髪でも刈ろうってのかい? 悪いけど、僕はそんなに優しくないからね。さっき君言ったよね、僕が一人じゃ何もできないってさ。だけど、僕はね、今の僕は……」
何かあった。ここで僕は何かを思い出さなくちゃいけない気がした。何だろう? それは何だったんだろう?
探しもの。それは『特別な力と強さ』だったはずなのに……何かがまだ無くなったままな気がする。
〈同じものを……見つけたんだよね〉
頭の中で、不意にそんな言葉が弾けた。……同じ? 何が同じなんだろう? 僕は一瞬混乱した。
でも、奴の握ったハサミが光った瞬間、僕は他の何かなんてどうでもよくなった。
「お前なんか、自分の握ったハサミに襲われればいい!」
僕は叫んでいた。
奴の握っていたハサミが一旦奴の手から離れて宙に浮き、方向を変えた。
「な、何だよ! このハサミっ!」
奴は情けない悲鳴をあげる。僕はそんな声を聴いて壮快だった。
ハサミはシャキシャキと音を立てて奴に襲いかかる。逃げてもハサミは追いかけてくるんだ。力尽きるまで走るがいいさ。
「違うよ! そんなの、ボクの探していたものじゃないよっ!」
僕の中に、一条の閃光みたいな言葉が飛び込んで来た。後ろを向くと、びしょ濡れになった見知らぬ少年が柱に凭れて激しく肩を上下させていた。
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