第5話

 ――僕らはもう家には帰らないと決めた。今が、この時間が楽しすぎて、家に帰ることを忘れていたんだ。それで、僕らが走り去る夜の街の景色も、人も、全てが変わっていることに気がついていたのに、そのことがちっともおかしいと思わなかった。例えば、白い馬が高速道路を走っていたり、その馬に翼が生えて夜空に舞い上がっていっても、僕らは驚かなかった。ただその姿が綺麗だから、暫く見惚れていたりはしたけど。僕らは堅苦しい制服も脱ぎ捨てた。この初冬の寒空の下なのに、僕は白いTシャツとジーパンだった。光もデニムシャツに膝上丈のショートパンツという身軽な出で立ちになっていた。重いスクールバックも、重力に逆らってビーチボールのように軽々と振り回せた。そのまま夜空に放り投げたら、もう二度と落ちてはこなかった。

 そう、それはまるで魔法だった。夢の中の出来事のような、荒唐無稽な世界……

「ねぇ、晃、この調子なら、今夜は世界で一番美味しいディナーにもありつけそうだと思わない?」

「それなら光の大好きな、トマトが丸々入ったスープでうんと時間をかけて煮込んだ、特製のロールキャベツなんか食べてみたら?」

 僕らはもう名前で呼び合っていた。ずっと昔から知っている同士だと信じ込んでいた。光の好物は僕の好物でもあるはずだ。

 僕らは手近なレストランに駆け込んだ。オーダなんて必要がなかった。僕らが席に着けば、すぐ眼の前に今一番食べたい物が運ばれて来る。

「素敵だね、何でもボクらの思った通りだ!」

「何でもか……そうか、何でもなんだ!」

 僕が光の方を向くと、光も僕を見つめていた。その眼にひそんだ思いは僕の思いと同じものに違いない。

「そうだよ、晃……例えば、ボクは昨日までのボクじゃなかったりするんだ」

 僕たちが望んでいたことだって可能なんだ!

「僕らは、同じものを見つけたんだよね」

 僕はキャンパスと向い合っていた少年が光だったことに気がついた。鉛筆を握り締めて、その時の光は涙ぐんでいたんだ! きっと、僕と同じ思いを味わって……

 ひと通り食事が済んだ僕らは、既に決まっていたことのように、静かに眼を閉じた。





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