第4話
――僕は、キャンバスに向い合っている少年を見た。右手に鉛筆を持って、じっとしていた。その少年の足許に陽が差していて、部屋全体が白く見えた。たくさんの声が聴こえてきた。その少年は何もかも諦めたというように「もういいよ」という言葉を繰り返していた。きっと、優しい子なんだ。彼は優しい子なのに、周りがそれを許さないんだ。だから、そのキャンバスには赤い色鉛筆で酷い言葉がいっぱい……いっぱい描かれてあって……
そして、彼がゆっくりと顔を上げると、それは……光?――
「……つッ!」
僕はクロールでも泳ぐように、一瞬、両手で空を掻いていた。何かに躓いてつんのめったらしい。僕の鼻先に湿った地面が迫った……が、寸前で止まった。
「危機一髪! ……思ったより、重い、ねっ……と」
勢いよく背中側に引っ張り上げられた僕は、間一髪地面から引き離され、その場に尻もちをついた。どうやら、足取りもおぼつかない夢うつつ状態で僕はさっきの部屋を出たらしかった。
振り向けば、光が壁に凭れて、出てもいない汗を拭うポーズをとっている。
「探しもの、いっぱい吸い込んでやったよ」
光は笑っていた。陽は完全に落ちていたが、表通りのパチンコ屋の派手なイルミネーションのせいで、さっきよりも光の顔がはっきりとしていた。
「探しものって何だったの?」
僕は膝を払いながら立ち上がった。そのまま僕らは表通りに向かって歩き始めていた。
「同じものなんじゃないの? 暮林君とさ」
「そ、そうか……」
それは特別な力と強さ! ……なんだろうか?
僕はキャンバスと向い合っていた少年の背中を思い出して、ふと足を止めた。
「どうかした?」
「いや、べつに。すっかり遅くなっちゃったから、叱られるかな、と思ってね」
赤茶色の扉は本当にあったか、と訊きたかったのに、口にした言葉は関係のないことだった。
「叱られる……かな、やっぱ」
光の笑顔というのは不思議だった。どうしてか僕まで笑いたくなる。きっと、僕の笑顔と光の笑顔は似ているんだ。鏡の前に立ってみた時の、あの、どこか傷々しい笑顔なんだ。そんな笑顔を見せる光の気持ちが、僕には想像できるような気がした。
「なんだかボク、暮林君のことずっと前から知っているみたい」
「僕もそうなんだ。何て言ったらいいかわからないけど……夕島君を知っている気がする」
そう、ずっと前から。
「暮林君は家に帰る気なんて全然ないみたい」
「夕島君だって、僕と会った時から今日は家出をするんだって決め込んでいたじゃないか」
僕は冗談のようにそんな言葉を吐いていたけど、とても冗談にはなりえない言葉だと言ってから気付いた。だからといって何の確信があった訳でもない。
「ど、どうして? ……いや、違うな。ボクも知ってるんだ。例えば……暮林君が生まれてからのこと全部、とかね。……でも、知ってるっていうのとは違うな。想像できるんだよ。どこまでも」
「実は、僕もなんだ。その時、夕島君が何を思っていたかとか、そんなことまでね」
それはまるで思い出を共有しているように!
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