第2話

「何か……気味が悪いよね」

 突然背後から声をかけられ、ビックリした僕は鞄を両手で抱き締め、壁際に跳びのいた。心臓がドキドキして呼吸が変になった。

「ごめんよ、驚かせちゃって」

 僕とは違う学校の制服を着た男子生徒が立っていた。まだ幼い顔をしていた。僕と同じ中一かもしれない。

 僕は彼が人間だったのでとりあえず一息ついた。

「い、いや……僕、いつだってビクビクしてるから」

 何を言ってるのかわからない。冷静さは取り戻しているつもりだったけど、声は動揺を隠せない。それに、この言葉は僕にしてはあまりに素直過ぎる。

「ホントにごめんよ」

 童顔の彼は、顔の前で手刀を切って謝った。僕をビクビクさせる類の人間じゃないことは、彼の纏う雰囲気でわかる。だから、たどたどしくだけど尋ねる気になった。

「ここに……何か用があったの?」

「いや、別に……ただ、何んとなくだよ、何となく」

 彼がにこやかに応えたので、僕は小さく笑える余裕を取り戻した。

 すると、彼もにこやかに微笑み返し、僕に手を差し出した。

「ボクは夕島光ゆうじまひかる。東中一年。よろしく」

 それはどこかで夢見た光景に似ている。物語では、戦士はそうやって名乗りを上げるものだった

「僕、暮林晃くればやしあきらって言うんだ。南中一年」

 僕らは握手をした。どこかぎこちなく笑い合いながら。

 僕と光は少し話し合って扉を開けることに決めた。光は自ら扉を開けて僕より先に中に入った。それはまるで、ドラゴン退治に洞窟に入るみたいな気分であり、光は僕より先を行く勇者さながらだ。

 中は薄暗い小部屋だった。部屋の四方には黒いカーテンが張り巡らされていて、その中央に白い椅子が二脚並べて置いてあった。椅子の両側には精緻な細工を施した蝋燭立てがあり、青く燃える蝋燭の炎だけがここでは唯一の明かりみたいだった。

「どうか、扉を閉めて頂けませんか? 逃げて行きますから」

 重く垂れ下がった黒カーテンの向こうで澄んだ女性の声がした。

「今、逃げるって言ったよね?」

 光が背中越しに小声で僕に尋ねた。

「ああ言った。何が逃げるって言ったの?」

「わからない。聞こえなかったよ。最初に何か言葉があったかい?」

 僕は扉を閉めながら考える。声は「逃げる」と言ったが、何が逃げるかは言わなかった。



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