黄昏時のカラクリ箱

十笈ひび

第1話

 僕は図書室が好きだ。放課後の図書室に僕はよく居る。この窓際の席は僕の特等席と言っていい。僕はそこで白いページに夕日が落ちるまで本を読み続けていた。もし、夕日が落ちてこなければ、僕はここでいつまでも本を読んでいたかも知れない。誰も、僕の肩を叩いてはくれないから——


 最後の場面を想像しながら名残惜しく本を閉じた。

 ついさっきまで、僕の名は〈勇者ライ〉だった。ライはちょうど僕と同じ年の少年だった。だから感情移入はしやすく、彼の見ている世界が僕にはありありと想像できた。

 そして、その僕はとても強く逞しかった。

 いつものように読みかけの本を書架に戻して図書室を後にした。

 続きがどれほど気になっても、僕が図書室で本を借りることはなかった。一つの物語を読み切るまで、放課後は何日も図書室に通う。物語は終わっても、僕は終わらない。終れないのだ。だから、僕はずっと図書室に通い続ける。

 僕は弱虫でいじめられていた。それに対抗する為の一番大事なものが、僕にはない。

(それは特別な力と強さ!)

 そんな声が物語の中から聞こえて来るように僕には思えた。

 図書室には何でもある。僕の欲しいもの、いっぱい……


 空が薄いピンクに染まる頃に、僕は学校の坂を下っている。

 いつも遠回りをして家に帰る。せせこましい繁華街の裏路地をまっすぐに突き抜け、最初の曲がり角を右に曲がる。

 本当は左に曲がらないと家には帰れない。でも僕は今日は右に曲がってみた。

 今日だからそうしたという訳でもなかった。何日も前からそうしようと思っていて、決行日がたまたま今日だっただけだ。

 そこは、さらに入り組んだ路地の奥に入っていく小路になっていて、突き当たりはほとんど光も差し込まないような袋小路だった。

 すでによく見知った街のようで、実は何も知らないということらしい。ただ少し道をそれただけで目にする、初めての光景。

 でも、さすがに行き止まりの先へは行けないので、踵を返そうとした。この先は化粧タイルが所々剥がれた、ただの壁……僕の眼にはそう見えたから。

 でも……『本当にそうだったのか?』と自問する声が僕の内側で起こった。僕はもう一度振り返った。

 振り返ってみてハッとする。こんなにも僕の眼は当てにならないものなんだろうか。どうしてただの壁に見えたのだろう。そこには赤茶色の扉があった。

『君は来るべくしてここに来た。ようこそ少年。さあ中へ』

 と書かれた黒い貼紙まである。

 蛍光塗料で書かれてあるのか、その字はぼんやりと青白く発光しているように見えた。




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