第21話 やくそく2。

 自宅に帰って読書に励むと言う金城さんと別れて、私達は音ゲーコーナーへと足を運んだ。それはいいのだけれど、私は音ゲーがよく分からない。正直な話をすると、メダルを入れて遊ぶ以外のゲームはほとんど分からないのである。

 ゲームセンターはメダルを買って遊ぶところだという認識しかないので、仲子が忙しなく指を動かしてハイスコアを叩き出しているところをみても、すごいなぁくらいの感想しか出ないのであった。

 それから小一時間遊んでから、私達はゲームセンターを擁するショッピングモールの、フードコートへと足を運ぶことになった。お好み焼き屋か、ハンバーグを食べるか、それとも中部地区にしか存在しないとまで言われたマイナーなラーメンを食べるかと考えてみる。席を取ってすぐにうどん屋へ並びに行った仲子が帰ってくるのを待ってから、私はラーメン屋へと向かうことにした。

 いつだって、最後は食べ慣れたものを選ぶのが一番賢いやり方なのだ。

 ふたりでお喋りをしながらのお昼ご飯を食べ終えた後、私達は喫茶店へと向かうことにした。そうする段階になって気が付いたのだが、このモールからラグたちが働いている喫茶店までは徒歩で三十分近い距離がある。果たしてそれだけの距離を、我が友人が歩いてくれるだろうか……。

 あ。

 今日は自転車に乗って来たのだから、そんな心配をする必要などないのだった。

 頭を抱えていると、なんだか面白いものを見つけたような顔で仲子がこちらを覗き込んでいた。

「どったの」

「いや、別に」

「まー、夜羽のことだからなー」

 何を考えているか分からないとでも言うつもりだろうか。心外な。

 ともあれ自転車を取りに戻り、喫茶店へと向かうことにした。

 歩いて行った時はそれなりの距離に感じたのに、自転車に乗って、しかも隣に友人がいると言う状況では随分と近いものに思えた。喫茶店の隣にある古本屋は、今日も閉まっているようだけど。うーん、ラグたち、最初はこっちで働く予定だったのになぁ。何かあったんだろうか、と首を傾げる。

 金城夫妻が喫茶店から離れている間は、誰も切り盛りする人がいないわけだし。そう考えると、案外当然のこととして飲み込めてしまう事実であるということも、なんだか物悲しいものであった。

 喫茶店の中を覗いてみると、マルやラグ以外にウェイトレスとして働いている人はいないようだった。ふむ、だから毎日のように出勤しているわけか。果たして休みたいときに休めるのだろうかと不安になったけれど、アルバイトなんだしその辺りは気楽に構えておいた方がいいだろう。

 いざとなったら、ふたりを連れて引っ越してしまえばいいのである。たぶん。

「どうしてこの喫茶店なん? お洒落だけど」

「んー、色々ありまして」

 旧友からの質問に対してお茶を濁すことを決めた私は、そのまま店内へ入ることにした。まさか、飼っていた犬と猫が人間になったという話も出来ないし、彼女達の様子を見に来たとも言えないだろう。

 だが入店した直後、困難に直面することとなった。

 マルが、にこやかな笑みを浮かべて私達の元へと駆け寄って来たのである。

「いらっしゃいませ。おふたりですか?」

 満面の笑みだった。

 真夏の太陽並みに眩しい笑みだった。

 思わず恥ずかしくなってしまうような笑みで、コクコクと頷いたまま彼女の案内についていく。席について、注文をするときにはまた彼女を呼ぶことにして。旧友は、そんな私のことをニヤニヤと眺めていたのであった。

「なんだね、店員と知り合いなのか」

「ちょっとね」

「はーーー。社会人になってから、夜羽も色付き始めたんだなぁ」

「その口で言うのか」

「ん? 私は昔からこうだったろ」

 そうだった。

 髪の毛の色も、多分本人的には控えめなのかもしれない。赤と緑の多色に染め分けた髪のどこが控えめなのかと問いただしたいところだが、気分的には昔から妙ちきりんな色合いだったのだろう。意味が分からないぜ。

 そして、赤い縁の珍妙なメガネを掛けているだけでも人目を引くと言うのに、彼女の服は黄色で統一されていた。周囲からの視線も痛いのだけれど、どうしてくれるのだろうか。ふぅ。

 メニューを斜め読みして、何か美味しそうなものはないかと調べてみる。特に食べたい、飲みたいと思うようなものはなかった。強いて言えばスパゲッティに手を出してみたいのだけれども、お昼ご飯を食べた後にそれはヤンチャ過ぎるだろうと思って手を引っ込めることにした。

 私の胃袋は無限大の広さを持っているわけじゃないのだ。

 あ、胃袋で思い出した。

 そういえば何処かの国の神話で、永遠に空腹感から逃れられない呪いに掛けられた人がいたような気がする。金銀財宝を常識とは比較できないほどに蓄えていた裕福な王様だったのだけれど、女神との約束を守らなかったが故に呪いに苛まれることになったのだ。彼は手元にあった財のすべてを投げうっただけではなく、自慢にしていた美しい娘たちまで手放して食料に替えてしまう。

 最後は自身の身体を貪ることで果ててしまった、という悲劇的な物語だった。

 一応の救済措置として、身売りされてしまった王の娘たちだけは女神が助けたと言う話もあるのだけれど、それでもこの物語は恐ろしい。心の貧しさによって富も貧しくなると言う訓示を神という人間の理解を超えた存在を利用することで表現しているのだ。

 裕福とは言えないまでも、そこまで困窮した生活を送っていなかっただけ、私は幸せと言えるのだろう。誰かに呪いを掛けられるようなことをした覚えもないしね。マルやラグと平穏無事に暮らせる毎日に感謝をしなければなるまい。

 ……ていうか、エプロンを着たマルは可愛いかったな。小柄な体躯が店内を動き回ると、彼女が通った後にうっすらと光差す道が出来るようだった。あのエプロンがいいのかもしれない。家でもしてくれないかなー。

 無理だろうか。うーむ。

 マルに注文を取って貰った後しばらくお喋りをして、ラグが運んできてくれたコーヒーに口をつける。普通に仲子と話を続けていたらいつの間にか一時間が過ぎていて、あまり長居してもいけないからと席を立つことにした。

 喫茶店を偵察した結果は上々といったところだろうか。マルは色んな人から優しくされているようだし、ラグも周囲の男性の視線を節操なしに集めてしまっているようだった。まぁ、喋らなければ本当に美人だからな。多感な高校生や大学生男子が視線を奪われてしまうのも当然といえよう。

 ちゃんと仕事をしていて、座っているだけでお給料が発生する謎空間じゃないと言うこともはっきりしたし。会計をする時、御釣りを渡すためとは言え手にしっかりと触れてきたラグの根性には恐れ入った。

「よっし、晩御飯も食べに行くか。なにがいい?」

「ラーメンに決まってるだろ! 餃子とセットだ!」

「元気だなぁ」

 特にすることもなかったから、かな。

 高校の頃は朝八時に集合してから、夜の八時までぶっ続けでカラオケをしていたこともあるくらいだ。その頃のことを考えれば、別段難しいことでもないのだろうし。

 うーん、難しい話だ。

 颯爽と乗り込んだ自転車のペダルを意気揚々と漕ぐ友人を見て、変わらないなぁ、と思う私であった。

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