第16話 やまかわ先輩

 気付いたら山川先輩と遊びに行く日になっていた。直前になるまで記憶の片隅にさえ思い出すことがなかったものだから、最近の私は多忙を極めていたに違いない。そんな感じの毎日だっただろうかと振り返ってみると、起きたら会社に向かって、仕事が終わったら諸々の買い物を済ませて家に帰り、そしてラグやマルと遊んで一日が終わっているだけである。

 何も忙しいところはない。

 ひょっとすると、一人の時間がなくなったという事実が、私に少なからぬ負担を与えているのかもしれなかった。家族ほど親しい人間と一緒にいることがストレスになるのだとしたら私は最早、社会生活不適合者どころじゃなくなってしまう。

 だから、なんだか、悔しくなってしまった。

 閑話休題。

 そんなことより、今日は先輩とのデートを楽しもうじゃないか。薄暗い不安や陰鬱な感情は心の奥底へ仕舞いこんで、ヤなことは全部ゴミ箱に捨ててしまおう。その方が明日を、今日を、笑顔で過ごせる気がするからね。

 私は基本、ポジティブな人間だと思うし。

 集合場所は前回、金城さんと集まった駅の銀時計がある所だった。初めてこの駅に来た頃は金時計の存在しか知らず、待ち合わせた友人が一向に現れないことを不思議に思っていた。

 今ならわかる。金と銀、音に変えてみれば相当に親しくてわかりにくい存在なのだということが。ゴールデン時計とシルバー時計にしてくれれば……と考えても見たけれど、あまりにもダサいのでやっぱりこのままでいいや。

 私一人の意見に左右されるほど、社会って脆弱じゃないんだろうし。

 遅刻するのは後輩として申し訳がないので十五分ほど早く集合場所へ出て来てみたけれど、山川先輩の姿は見当たらない。ま、当然のことである。休日に仲の良い相手と遊ぶ時まで時間を気にして体裁を気にして、息苦しい生活なんてして貰わなくて結構だ。正直、三十分くらいなら毎回のように遅刻してもらっても構わないくらいである。他人に甘いと言われていた夜羽さんは、社会人になっても相手の行動に対して非常に寛容なのでした、まる。

「…………」

 でも、暇なことは確かだ。

 柱にもたれて、山川先輩を待つことにした。行き交う人々は私に一瞥をくれることもあるけれど、大抵は私という存在が見えないかみたいに足早く歩き去っていく。知らず他人から遠ざけられているという自覚のある私にとって、人混みとは孤独であることを再確認する場所でもあった。

 くそぅ、今日くらいはラグが私の隣にいて、しつこいくらいに話しかけてきて欲しい気分だぜ。

 ふぅ。

 今日は白いワンピースを着てきた。腰まわりにベルトが付いていて、ぎゅっと引き締めると身体が細く見えるようになる奴だ。しかもこのベルトには、スカートが想像以上のところまで捲れてあられもない姿になってしまうのを防ぐ効果もある。世の男性的にはあまり嬉しくない機構だろうけれど、女の子的には安心して可愛い格好が出来るのでありがたい。

 ワンピースを選んだ理由としては、そろそろ時期的に着られなくなってくるかもと危惧していたし、箪笥の栄養分になってしまう前に誰かにお披露目したかったのもある。金城さんと遊びに行くときもこの服を着てみようかと思い悩んでいたのだけれど、あんまり気合を入れた格好をするのも恥ずかしかったのであった。……んまぁ、どっちにせよ褒められたし、悪い気は全然しないのだけど。

 あと、走り始めてから体型とかを気にするようになって、ちょっとでも可愛く見えるような服はないだろうかと考えた結果このワンピースになったのである。ふふ、痩せていればほとんどの服が似合って見えるものだと知って、以前よりは可愛らしい服を着ることに対する抵抗がなくなったのだ。ラグみたいな美人やマルくらい可愛い子になれば、何も考えなくてもお洒落が向こうからやってくるようになるんだろうけど。

 残念ながら私は、その領域には達していないのであった。

 携帯を弄る趣味もなく、俯く人々に紛れて一人だけ前を向く。新幹線に乗り込む人々を横目に、駅の売店へと目を向けてみる。そこで売られているのは地元の人間にとっては何の変哲もないお土産ばかりで、そのラインナップを遠くから物色していたら歩いてくる山川先輩の姿が確認できた。

 彼女は真っ白なシャツとデニム、という組み合わせだ。髪は後ろに結い上げていて、そのシルエットだけを眺めれば普段の彼女とは印象が違う。超格好いい男の子が髪を伸ばしましたと言われても、確かにそうかもしれないと思ってしまうレベルだ。

 はへー、美人は本当に何を着ても似合うんだなぁと一人で感心してしまった。マルあたりに言ったら、共感してくれるだろうか。

 彼女も私に気付いたようで、片手を挙げて近寄ってくる。ここは後輩である私の方から挨拶をしよう。

「おはようございます!」

「おはよう、新堂さん。今日も元気ね」

「へっへっへー、昨日も走ってましたから。一時間も!」

 半分は散歩だけど、そこは見栄のために黙っておこう。

 ニコニコと笑っているだけで、私の能天気さが山川先輩にも伝染したみたいだった。彼女は微笑みながら私を褒めてくれた。うむ、痩せるために走っていただけなのだけれど、努力を褒めて貰えるというのはいいものだ。

「そうそう、走り始めた頃は歩いているのと変わらない感じだったのが、今は普通に走れるようになったんですよ」

「良かったじゃない。冬になる頃には、マラソン大会に出られるかもね」

「いや~、そこまで走り込むつもりはないんですけど」

 うへへ、笑いがこみあげてくるぜ。

 このまま立ち話をしていても時間が流れていくだけだし、それではあまりに勿体ない。早速、先輩と連れ立って映画館へ向かうことにした。駅の周辺を先輩に連れられて歩きながら、そういえばこの道は前回金城さんと遊びに来た時に通った道だなと思ったりもした。

 如何せん友人が少ないから、誰かと一緒に過ごした時間を忘れるほど記憶がすり減ったりはしないのである。

 そこから少し歩いて、予想していた通り金城さんと一緒に見に来た映画館にやって来た。ただし上映中の映画ラインナップには微妙な違いがあって、前回は広告の張ってなかった映画の告知がされたりもしているようだった。

 先輩にどの映画を見たいかを尋ねられて、特に何を観ようか考えてこなかった私はこう答えた。

「これは見たことがあります」

「あら、そうなの」

「はい。……ちょっと前にも、この映画館に来たので」

「金城君と?」

「えっ。なんで分かるんですか」

 唐突に同僚の名前が出て来て吃驚した。

 どこからその着想を得たのか、山川先輩に物申そうと目を向ける。すると、彼女は何でもないと笑って受け流してしまった。いや、ちょっと。

「どうして分かるんです?」

「何の話かしら」

「先輩がさっき言ったことですよ。私、金城さんと遊びに行ったこと誰にも言ってないし」

「だって貴方たち仲よしだもの。金城君があなたのこと、悪く思ってないのは傍から見れば歴然としているし」

「うーん……」

 本当にそうだろうか。そして、金城さんが私のことを悪く思っていないとして、果たしてそれで私達が一緒に遊ぶような仲だと言う話にどう繋がっていくのだろう。もし恋人同士なら、もしくは互いに相手のことが気になっているなら休日に一緒のところへ遊びに行っていてもおかしくはないのだけれど。

 金城さん、別に私のこと好きじゃないだろうなって、そういうことを思った。

 ようは、自信がないのであった。

 唸っていると、山川先輩が不思議な顔をした。パセリを食べられないラグを見るときのマルみたいな顔だ。悪意はまったく感じられないけど、ちょっとムカつく表情だ。

「それじゃ新堂さんは、金城君のこと嫌いなのかしら」

「そんなことは、ないですけど」

「少なくと否定的な感情を持っていないのなら、好きって言っちゃえばいいじゃない。好きって言葉に、あんまり重い意味を持たせちゃダメよ」

「でも――うーん……」

 他の男性に比べれば金城さんは魅力的だ。きっと、世の女性達が理想像として掲げる存在には遠いけれど、それでも格好いい人だろう。でも、だからと言って、あんまりポンポンと好きな相手としてあげたくないのである。あと、話の流れ的に男性として好きかどうかを聞かれていたような気がするのに、いつの間にか友達として好きかどうか、みたいな軽めの話になっている。

 どっちだ。

 でも、それを尋ねた瞬間に、私が金城さんのことをどう意識しているかが山川先輩に伝わってしまうわけで。

 それはちょっと、恥ずかしかった。

 これ以上ボロを出してしまう前に、と見たい映画を選ぶことにした。私が適当に指を差した先は、ここ数日中に公開されたばかりの恋愛映画だった。適当に選ぶとこんなことになってしまうんだなぁ、と他人事のように笑いながら上映を待つ。係員に誘導されるままに以前とは違うスクリーンへ足を運び、山川先輩と隣同士の席についた。

 映画の内容については、特に語るところもない。ごく一般的で、普通であることが売りの作品だった。ただ、途中から主人公の俳優が金城さんに見えて、そしてヒロイン役をしていたテレビでよく見る女優さんに、似てもいないのに私を重ね合わせてしまった。映画中盤、誰にも知られてはいけない恋仲になった主人公達が、ひっそりと唇を合わせるシーンでは恥ずかしくて見ていられないほどだった。

 これはもう、病気みたいなものだ。初心な女の子じゃあるまいし、と彼氏がいたこともない私は一人悶々とする破目になって、関係ないことを考えながら映画を見ていた。

 映画を見終わった私は、ひとりポツンと呟いた。

「恐ろしい映画だった……」

「そうかしら? 普通の映画だったように思うけど」

「いーや、あれは恐ろしい映画でした。間違いありません」

「……主演の子、金城君に似てたけど」

「似てませんよ。もー!」

 もぬもぬとした、妙な気分を吹き飛ばすためにボーリングへ行こう、と先輩に提案してみた。ワンピースでボーリングかよ、しかも君はサンダルを履いているじゃないかと自分で自分にツッコミを入れることになったけれど、靴下が会計のすぐ隣に売っていたし、そもそも靴は貸し出しのものを使わなければ競技場に入ることが出来ないシステムになっていたはずだ。

 うん、大丈夫だ。

 ワンピースが捲れても、ちゃんと短パン履いているし! 

「いや、ダメでしょ」

「あうっ」

 先輩から愛のデコピンを受けてしまった。

 怪我をしてはいけないし、そもそも動きやすい服装か否かという話になると、確かにワンピース姿でボーリングしているとシュールな絵面になってしまうだろう。それに高校を卒業して以来というもの、一度もやっていないのである。当時もほぼほぼガーターしか出なくて、最後の一投で念願のスペアが出てはしゃいでいた記憶があった。先輩の前で恥ずかしい成績を見せることにもなるし、と結局は諦めることになった。

 あぁ、あと、ボーリングをすると翌日に腕が攣るというジンクスもある。お仕事に影響があるといけないので、やっぱり今回は止めておこう。

 さて何をしようかと、話は振出しに戻る。私も山川先輩も特に趣味と呼べる遊びがなく、一体何をして時間を過ごそうかという話になった。山川先輩は料理――お菓子作りかな――そういうものが趣味だったことを思い出して、何か、それっぽいものを考える。

 休日に、後輩と一緒に調理器具を眺める先輩の姿を想像してみる。

 あんまり楽しくなさそうだった。

「それで、どこに行きたいか決まった?」

「えっと、えっと。それじゃ安牌ということで」

 最終的に、二人して服を見に行くことになった。映画館を離れて駅へと戻り、駅ビルにある十数階建ての店舗を覗きに行くことにしたのである。普段、一人だったら絶対に入れないような店にも先輩と一緒なら入ることが出来た。美人がいて、その人に付き添ってきただけですという体をしていれば何処にだって行けるような気がするのだ。

 これが付き人理論と言う奴である。私が、今作った。

 適当なことを考えながら、先輩と一緒に色々な店を見て回る。華やかな世界と、おしとやかで落ち着いた空間とを行き来した。時々、服飾だけではなく室内にあつらえる調度品を販売、展示しているところも覗きに行った。目玉が飛び出るくらい高いけれど、それでも欲しくなるようなお洒落で高品質な家具が並んでいた。すごいなー、これ。どんな人が買っていくんだろうか。オークで作ってますと書かれても、私の頭にはイノシシ頭の獣人しか出てこないのに。

 最後に立ち寄った、私も気合を入れれば変えそうなお値段の店で試着をすることになった。まず先輩に彼女好みの服を選んで、実際に着こなしてみせて貰ったが、美人はどれほど質素な服も似合うんだなーといつもの感想が出て終わってしまった。店員さんも美人相手には特にこれといって自分の意見やら流行の商品を押し付けたりすることはないようで、先輩が試着しても「美人だし何着ても似合うだろ」みたいに攻撃的なオーラを噴き出してさえいた。

 うーむ、この流れで私もセンスを見せなくちゃならないのか。

 逃げようかな。

 先輩と店員さんが何やら横文字でお喋りしている横で、私はコソコソと陳列された服の隙間に潜り込もうとしていた。あんまり高級そうなところだと、そもそもハンガーに服が掛けていなかったり、複数枚の服がドサッと集められていなかったりするので私がこうして隠れる場所すらないのである。

 やー、量販店が一番だよなー、と丁度真横に来ていた服のお値段を確認する。い、意味が分からないほど高価だった。就活のためと言って購入したリクルートスーツくらい高い。あんまり高くて、入社してしばらくはあのスーツを着ていたくらいには高かった。

 ……うーん、なんでこの服だけ、他の商品の十倍のお値段なんだろう……誤植かな。校正者として誤植には厳しいですぞ、私。

「あ、こんなところにいた」

「ひぇっ」

「新堂さんも試着しましょ。大丈夫、試着室を覗いたりはしないから」

「そういう問題ではないような気がするんですが」

 ぐにに、逃げ道は何処かにないだろうか。さっきまで先輩と話をしていた店員さんが何処に行ったのだろうと周囲を見渡してみる。他のお客さんと喋っていて、私に助け舟を出すことはしないようだ。

「先輩はさっきの服買うんですか」

「んー、今回は見送る予定だけど。それがどうしたの」

「あれ、私も着てみたいなって。似合うかどうか分かりませんけど」

「そうなの。いいわ、ちょっと待ってて」

 先輩は凛とした表情を和らげると、シュッと音を立てて消えた。あまりに早く歩き去ってしまったものだから残像しか視界には残らなかったけれど、なんとなく、彼女が拳を握りしめていたようにも見えた。

 ひょっとして怒っただろうか。センスを誤魔化そうとしているからなぁ。

 ものの二分と経たずに戻ってきた先輩は、先ほどまで彼女が試着していたらしい服をそっくりそのまま持ってきてくれた。礼を告げていざ試着室へ向かう。実際に着てみると、なんだか少年っぽい見た目になった。カッターシャツに女性用ジーンズを着ているだけで、先輩はすごく格好よかったのにな。私の場合、シャツの丈は長いのに胸元がキツいし、ジーンズも僅かに裾を引き摺りそうでアンバランスに見えてしまうようだ。先輩の方が私よりも幾分か身長も高いし、その影響もあるかもしれないな。

「んー、先輩ほど格好よくは着られませんでした……」

 照れ笑いをしながらカーテンを開く。一瞬、無表情になった先輩はゆったりと手にしていたスマホを私に向かって掲げると、無言のままパシャパシャと写真を撮り始めてしまった。

 えっ。

「な、何。どうしたんですか」

「写真が撮りたくなって。いや、これは撮らなくちゃいけない部類の姿だから」

「そ、そんなに変なんですか」

「そんなことないわよ」

「でも雰囲気がいつもと違うし、先輩、なんか表情筋もぷるぷるしてるから」

 本当に変じゃないですか? と先輩に上目遣いでお伺いを立ててみる。

 彼女は眩暈を起こしたかのようにフラフラと後ずさりをしたかと思うと、急に抱き付いてきた。ラグに比べると豊かではないけれど、それでも大人の女性だなって感じる抱擁感に私の中のオヤジ成分が癒されている。息が苦しくなるほど顔を胸に押し付けられて、ようやく顔を離せたと思ったら先輩は興奮したように目を爛々と輝かせていた。

 あれ、なんか、この流れ。

 どこかで体験したような気がしなくもないぞ。

「な、なんでしょう、この状況は」

 恐る恐る尋ねてみると、普段のクールな印象からは考えられないくらい弾んだ声が先輩の口から漏れだしてきた。

「すっっっっっごい可愛い。抱きしめたいくらい」

「も、もうハグしてますやん」

「もっとギューってしたいの」

 言いながら頬をすり寄せてくる。突然の流れに驚いて、あー、なんというか。

 これ、いつもの流れなのか。

 私はどうも、美人から妙な好意を持たれる傾向にあるようだ。ラグみたいなラブパワー全開の求愛表現とはまた違った印象を受けるけど、質としては似たようなものだ。これはアレだ、女の子がキュートでラブリーなクマのぬいぐるみを見つけたときに抱く好意みたいなものだろう。それが私に向けられているみたいだった。

 取り敢えず、試着は済ませた。購入するのは次回以降にするとして、今日はこの辺りで場所を変えよう。そう思って試着室に戻ると、先輩も入ってきた。やや、それはダメですよ。

「何してるんですか」

「サイズがあっているか、気になったから。ね?」

「大丈夫です、そのくらいのこと、小学生じゃないんだから自分で出来ますって」

「でも、どうしても気になるのよ」

「問題ないです。覗かれてると着替えられないんで、どうか出て行ってください!」

 このままじゃダメだ。そう思って咄嗟に泣き脅しをかけることにした。目に涙を浮かべる上質な演技は出来ないけれど、心優しき人の良心につけこむくらいわけないのである。

 先輩、と彼女の手を握って懇願する。心惹かれた人形が誠心誠意真心を込めたお願いをしてきたのなら、それを断れる人がいるはずもないだろう。先輩が可愛いもの好き――というと私が可愛いように思われるから語弊があるけれど、ともかく心惹かれる要素があるのは確からしい――に弱いのは意外だった。

 ならば、それを利用させて貰うまでである。

 先輩は迷っていたようだけど、私が「先輩のこと、好きじゃなくなっちゃいます」と呟いて見せたら数秒も掛からず出て行く覚悟を決めてくれた。だけど最後に、と彼女にハグする許可を請われてしまった。

 どうして現代人は、すぐに誰かを抱き締めたがるのだろう。

 私も他人のことを言えない節があるけれど、それにしたった不思議だよね。

「仕方ないですね、一回だけですよ」

 念を入れて約束をしてから、彼女の腕に抱かれた。ラグと違って、やましいことを考えているわけじゃないのだろう。ただ猫かわいがりしてくるだけの先輩がいて、しかしラグのことがある私はどうにも素直に彼女からの好意やら愛情やらを受け取ることが出来ないのであった。

 試着していた服を元の場所に片付け、店を出る。

 その頃には先輩もすっかりいつも通りになっていて、むしろ数分前までの自分に恥じ入っているようにも見えた。

「ホント、さっきはごめんなさいね」

「いいですよ。私の友達でも、暴走する子いますし」

 勿論、ラグのことである。先輩は顔を赤くして、申し訳なさそうにもじもじしていた。ふふふ、意外と可愛いところもあるじゃないか。

 慣れてくると、同性から向けられる好意ってのも案外悪くないものだな。

 先輩は恥ずかしそうに下を向いたまま、私にある提案をしてきた。

「お詫びという訳ではないけれど、ご飯くらいご馳走させてくれない?」

「いいんですか。私、容赦なく奢ってもらいますよ」

「いいわよ。今なら、なんだって食べさせてあげるから」

 先輩のパンツが食べたい! とか、そういうバカなことを言っても許されるだろうか。なんてことを考えながら、私は山川先輩と一緒にハンバーグを食べに行くことを決めるのであった。

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