9章 精霊樹


   妖精さんのお家な木



お祖父様が大切になさってた

盆栽を形見分けされた。


いつの間にかお家が出来てて、

妖精さんが住み着いてる。






   海市、賑やかな蜃気楼



水上に浮かぶその街は

幾層もの楼閣のようだった。


沢山の船が泊まったり

離れたりして動いている。


色とりどりの幟が立ち

まるでお祭りのようで、


踊りの賑やかな音楽が

風に乗って聞こえてくる。






   花飾りの灯台と海蛇の女



いわおに絡まる蔓草のような

桟橋さんばしを上っていくと、


花で飾られた灯台があった。



<灯台よ、


そなたの孤独なぞ、

妾(わらわ)は知らぬ。


ただ、そなたの光が

妬ましい>



うねる波のずっと下の岩根で、

腰から下が海蛇の形をした女が、


そんな呪詛を吐いていた。







  陽の金と月の銀の瞳、

  琥珀の肌せし忌み姫



「これをみごと歌いこなせたなら、

なんなりと望みのものをとらそう」


領主は気怠げに座にもたれながら、

漆黒の衣を纏った痩身の吟遊詩人へと


難題を投げかけた。



彼は不遜な笑みに

薄い唇をつりあげ、


失われた曲を奏で

失われた詩を歌う。



領主は色を失い

言葉をなくした。




「さて、殿よ。

余興はこれくらいでよかろう。



われの望むは、

西の塔にある。


生まれたときより、

忌まれ隠されし姫。



右の瞳は陽の金、

左の瞳は月の銀、


射干玉の黒髪に、

琥珀色の肌せし、



聾唖ろうあの姫なり」




「ならぬぞ、

それはならぬ!」


領主は激高し

喚こうとした。




「すでに、誓約はなされた。

汝、あらがうことあたわず」


黒衣に身を包む

吟遊詩人は告ぐ。



呪歌は黒いくちなわのように

その座を這い上り、


領主を絡めとっていた。






空は昏い赤。

冥王の眼が、中天から見下ろす。


ジルーシャは霜にこごえるみたいに、

魔剣のつかを握りしめた。






落ち葉の中に残る葉脈が

少年と少女が手を取り合うような

そんな形をしている。



「君は誰、どこから来たんだ?」

「なにもおぼえていない」


「俺、臭くないか?」

「なんか匂いがする」


「……」

「でも、嫌じゃない」



(『豚飼いの子と冥王の娘』より)





「グモルクよ、汝に命ずる

あの少年を捜しだせ」



人狼は少女あるじの意図を

訝しみ凝視したが、


夕闇の中で垂れかかる髪に、

その顔貌は隠されていた。



(『豚飼いの子と冥王の娘』より)






魔法の本が開かれ、香炉の煙がくゆる。


魔道師が呪文を唱えると、めくれた頁から草花が生えだす。

咲きほころびた花は、無数の蝶となって舞い立つ。






   エイギュア・クルーズ(空ろな針)



遠眼鏡の中に古城が見えました。

それから目を離し、肉眼になるとただの岩です。


あそこに母様がいらっしゃるのでしょうか。

囚われの身でつらい思いをなさっておいでなのでしょうか。


舟はありません。

いえ、あったとしても、冥王に気づかれるわけにはまいりません。


泳いであそこまでいけるでしょうか。



(『豚飼いの子と冥王の娘』より)


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