第四章 アリアドネの暗号(11)
「お、中井! 久しぶりだな!」
本部テントでパンフレットをもらったところで、声を掛けられた。振り返ると、よく日に焼けたスポーツマン体形の男――
「落合、久しぶり」
「お前、変わらねぇなぁ」
「そっちだって」
就職したところで趣味が変わるわけでもなし、オフの服装は学生時代と同じだ。土日だけで落とすのが面倒になって、派手なネイルは控えるようになったけれど。
「今日は? 後輩の展示でも見に来たの?」
通行人の邪魔にならない場所まで移動しながら、中井は落合を見上げる。
「それもある。あと、高野が帰って来たって聞いてな」
「うん。私も。高野に会いに来たの」
「じゃあ、一緒に行って驚かせるか?」
にかりと笑う落合に、中井は「だね」と同意する。
「今の時間だと、部室かなぁ」
「けど、もう正会員じゃないだろ」
「名誉会長だって」
「四年のときだってそれほど顔出してなかったんだぜ。今は関わってないんじゃねぇ?」
「そかな? うーん、連絡してみよっか?」
中井がスマホを取り出すと、落合は首を振った。
「驚かせてやりたいよなぁ」
背後のステージで軽音楽部の演奏が始まる。わっと響く音と歓声に思わず振り返ると、見たことがある顔を見つけた。
「あれ? 柘植?」
「え? 柘植ってあの? ああ、本当だ。なんであんな格好してんだか。似合ってるけどさ」
アイドル研がミスコン参加者のプロデュースを始めて、最初の参加者が柘植南だ。広場の反対側に彼女を見つけた。袴姿に大きな紫色のリボン。今はもう人ごみに紛れてしまってわからない。
中井は自分の目を疑う。しかし落合も認めた。他人の空似だろうか。
「あいつも大学に残ってたのかよ。そういえば、牟礼も未だに学部生だってよ。あいつ留年しまくってたもんな」
「ちょ、待ってよ。知らないの?」
「何が?」
「牟礼の留年の原因って柘植が交通事故で亡くなったからだよ」
「えっ? え、じゃ、さっきの。えっ?」
落合は真っ青になって慌てる。
「幽霊?」
茗子の居場所はわからないけれど、隼人はサークルの展示に行けば連絡が取れるんじゃないだろうか。茗子を驚かせることを諦めきれない中井と落合は、先に隼人を捕まえようと「都内散歩研究会」の展示教室に向かった。
三人は都歩研で知り合ったと中井は聞いていた。南が亡くなったあと、茗子は都歩研に行かなくなったけれど、隼人は変わらず参加し続けていた。
講義棟の建物に入ると、独特のひんやりした薄暗い廊下がとても懐かしい。
「この雰囲気は大学にしかないよな」
落合も感慨深そうにしながら、しかし深呼吸なんてし始めるから全く情緒がない。
都歩研の展示教室に客は誰もいなかった。受付に男女二人の学生が座っていて、特に話すでもなく、女子はスマホを弄っていて男子は本を読んでいた。
在学中も隼人目当てで何度か足を運んだけれど、相変わらず地味な展示だ。適当に流し見してから、受付に座っている学生に話しかけた。
「牟礼隼人に会いたいんだけど、どこにいるかわかる?」
すると、女子の方が「デートです」と答えた。
「デート?」
南の幽霊と楽しそうに模擬店を回る隼人を想像しそうになり、中井はこめかみを押さえた。
「じゃ、高野茗子は? こっちに来ることある?」
「いえ、ほとんどないですけど」
首を振ってから、女子学生は机の上に置いていたスマホを取り上げる。
「高野さんは知りませんが、牟礼さんなら連絡取れますよ。何か伝えましょうか?」
「ううん、大丈夫。高野の連絡先は知ってるから」
「とりあえず、アイドル研、行ってみるわ」
落合と二人で断って、女子学生に礼を言う。
ずっと黙って座っていた受付の男子学生が「スタンプラリーやってます」と差し出したチラシを受け取って、二人は教室を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます