第四章 アリアドネの暗号(9)

「大正ロマンで!」

「はいからさんだよ!」

 美以子と詩以子に着付けてもらったのは、紺色の矢絣の着物に臙脂色の袴。元々着る予定だった人の編み上げブーツが遥のサイズに合っていたのが幸いだった。黒髪ロングのウィッグをかぶせられ、ヒントの一つになる大きな紫のリボンを結ぶ。

 鏡の前に立たされて、我ながら姉そっくりだと苦笑いする。

 美以子と詩以子も、茗子から聞いたのか、驚いていた。

「こういう格好するとお姉さんに似てるんだね」

「ま、私たちほどじゃないけどね!」

 服飾サークルの部室を送り出されるとき、「合言葉は『おめでとう』だから」と教えてもらった。

 何がおめでとうなんだろう。多少疑問に思いつつ、そのときはそれほど気にしなかった。


 都歩研の展示教室に戻ると、ドアの前に里絵奈と美咲がいた。

「ただいまー」

「あ、遥。おかえりー」

「また春の遥に戻ってんの?」

「春の遥って」

 里絵奈の言い方に笑いつつ、「大正ロマンだから黒髪だって」と遥はウィッグの端を摘まむ。

「それよりなんでここに固まってんの?」

「今ちょうど、紗那さんの義弟おとうとさんが来たとこ」

「ほんと?」

 開いているドアから中を覗き込むと、紗那と隼人と、紗那の義弟らしき少年がいた。ドア近くに作られた受付に優莉が座っている。

「こちら牟礼隼人さん」

「はじめまして」

 紗那の紹介に隼人が会釈する。

「あのね、私たち、お付き合いしてるの」

 紗那がそう言うと、少年は言葉をなくした。

「…………は?」

「だからね、付き合ってるの」

「付き合ってる? なんだよそれ。まじで? 聞いてねぇよ。てか、いつから?」

「昨日」

 紗那は少し困ったように笑う。

「昨日? 昨日って昨日?」

「そう、昨日ですよ。僕が碓井さんに付き合ってくださいってお願いしたんです」

 隼人が横からフォローすると、少年はうつむいて拳を握りしめた。

「なんで、そんな。昨日って……俺なんかずっと。俺は……」

 ドアの外で遥たち三人は、「ついに告るの?」と顔を見合わせた。

 しかし、少年はきっと顔を上げ、紗那を睨むと、

「俺は認めないからなー!」

 大声で叫んで、教室から走って出て行ってしまった。

 隣を駆け抜けていった少年を見送って、遥たちも教室の中に入る。

「はー、なんだか想像してたのと違った」

 優莉が嘆息するのに、遥たちも同意する。

 紗那の話から、策を弄して紗那を囲い込もうとしている印象を持っていたけれど、実際に会ってみたら全然違った。

 学校で義姉ができたことを言いふらしたり、一緒に帰ろうと誘いに来たのは、単純にうれしかったからなんだろう。

「どうしますか?」

 隼人が紗那に聞く。途方に暮れたような表情で立っていた紗那は、はっと隼人を振り返って頭を下げた。

「すみません、義弟が失礼なことを」

「全然かまいませんよ。お役に立てましたか?」

「はい、ありがとうございます」

 二人を見ていた優莉が、紗那に声をかける。

「ね、せっかくだから、ミスコンの準備が始まるまで隼人先輩と模擬店回ってきたら? 先輩、時間ありますか?」

「大丈夫ですよ」

 隼人は微笑んで、紗那に手を差し出す。

「じゃあ、行きますか?」

「え……」

 戸惑う紗那の手を、隼人は自ら掴む。

「お祭りですから、楽しまないと」

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